第一章 テイルとエレナと二人の正体 第八話 それぞれの正体 前編
出発から少しの間、テイル達は川のある方向に向けて走っていた。
そして川のある場所まで辿り着くと今度は川に沿って走り始めた。
途中でそのことを不思議に思ったエレナが、
「どこに向かってるんですか?」
と尋ねてきた。
それにテイルは、
「まだ魔王軍の本隊がどこにいるかわからないからね。調べてもらってる間に夜ご飯にでもしようかなぁ、ってね♪」
と答えた。
その答えにエレナが、
「夜ご飯、ですか?」
と聞き返した。
するとその瞬間エレナの方から、
「グキュウ」
という音が聞こえてきた。
その音がした瞬間、エレナの顔が真っ赤になった。
それにテイルは、
「あはは!もう少ししたら夜ご飯だからちょっと待っててね♪」
と言うとティンクに、
「ティンク、もう少し飛ばしてくれる?エレナさんがお腹空いたって」
と言ってスピードアップを、と促した。
その声にティンクが、
「了解!」
とばかりにいななくとさらにスピードを上げて駆けていった。
その後しばらく川沿いを走っているとだんだん川幅が広くなってきた。
そしてある程度の川幅になったところでテイルが、
「うん、そろそろ良いかな?」
と言うとティンクに、
「オッケー、ティンク。この辺でいいよ」
と声を掛けた。
テイルの言葉でティンクが走るのを止めてゆっくりスピードを落とし、
完全に止まったところでまずはテイルが降り、次にエレナがテイルに抱き抱えられるようにして降りてきた。
そしてテイルとエレナが降りたところでティンクも元の妖精の姿に戻った。
するとそこでテイルが、
「さて、どっちを先にするか…。まあ調査を頼む方が先かな?」
と口にした。
それにエレナが、
「調査を、頼む?調査って何のですか?」
と尋ねた。
それにテイルは、
「魔王軍本隊の現在位置の調査だよ」
と答えた。
するとその答えにエレナが、
「魔王軍の現在位置の調査…ってまさかティンクちゃんに頼むんですか?」
と尋ねた。
エレナの疑問にテイルは、
「ううん、違うよ。その手のことのスペシャリストがいるからその人にね」
と答えた。
その答えにエレナが、
「え?あの、その人どこにいるんですか…?」
と尋ねた。
それにテイルは、
「ああ、呼べばすぐ来てくれるから大丈夫だよ」
と答えた。
それにエレナが、
「へ?」
と一言発したあとテイルが、
「ちょっと下がっててね。じゃあいくよ」
とエレナに言った後、
「シャドウ!」
と声を上げた。
すると突然テイルの前方の空中の空間に歪みができたと思った次の瞬間、そこから全身黒ずくめの服の男が現れた。
そしてその男はテイルに跪くと、
「何でしょう?」
と問い掛けた。
それにテイルは、
「シャドウ、この付近に魔王軍第七艦隊のアーランド国攻撃部隊が潜んでいるはずなの。その場所がどこかを特定してもらいたい。出来る限り急いでほしいんだけど。頼めるかしら?」
と指示を出した。
それにシャドウと呼ばれた男は、
「諜報部隊も動かして良いでしょうか?」
と聞き返した。
それにテイルは、
「付近にいる諜報部隊は全て動かして構わない」
と答えた。
テイルの言葉を受けたシャドウは、
「了解しました。それでは」
と言うと現れた時と同じように空間の歪みに消えていった。
その一部始終を隣で見ていたエレナは思わずテイルに、
「今何が起きたんですか!?さっきの人誰ですか!?」
と半分パニックになりながら問い掛けた。
するとテイルは、
「んー…説明してもいいんだけどちょっと長くなるからねぇ…。あ、そうだ。だったらエレナさんに決めてもらおう」
と言うとエレナに、
「エレナさん、決めてくれるかな?これまでの様々な事の説明をするのが先か、ご飯が先か。ちなみに説明はかなり長くなるからね?」
と尋ねた。
その質問にエレナが、
「長くなる…」
と言った途端再び、
「グキュウ」
と音がした。
その瞬間またしてもエレナの顔が真っ赤になった。
その様子にテイルは笑顔を見せながら、
「ご飯が先っぽいですね。了解です♪」
と言うと食事の用意に取り掛かった。
まずテイルは枯れ木と枯れ葉を集めて一ヶ所にまとめ、それに火を着けると、
「ティンク、火の番お願いね」
と言ってティンクに焚き火の番を任せ、自身はエレナを連れて川に向かって行った。
川に着いたところでテイルは、
「よし、じゃあ魚捕りを始めますか」
と言った。
それにエレナが、
「魚捕り?魚釣りじゃないんですか?」
と尋ねた。
その質問にテイルは、
「うん、魚捕り。釣りだと時間かかるからね」
と答えるとエレナに、
「エレナさん、もう少し川下に行って川の中で待っててほしいんだけど…。それで流れてきた魚を捕まえてくれるかな?」
と指示を出した。
それにエレナは、
「流れてきた魚を捕まえるって…。それ…すごく難しいと思うんですけど…」
と答えた。
そんなエレナの反応にテイルは、
「うふふ。大丈夫だよ、エレナさんが思ってるよりも簡単だから。それじゃ始めるよ」
と言うと近くに転がっていた石を数個拾い上げると川に向かって適当に投げ始めた。
そして全て投げ終わると今投げた物より小さい石をまた何個か拾い上げると今度は狙いをつけて投げ始めた。
すると石を投げた場所から次々と魚が浮かんできた。
それを確認したテイルはエレナに、
「エレナさん行ったよー。お願いねー」
と声を掛けた。
テイルの声にエレナが、
「え?あ、はい、わかりました」
と答えると流れてくる魚を待った。
答えてから少し時間が経ったところで魚が流れてきた。
流れてきた魚は全て死んでいたため簡単に捕まえることができた。
そのことに驚いたエレナがテイルに、
「何をどうやったらこんなことになるんですか…?」
と質問した。
その質問にテイルは、
「ふふ、最初に投げた石で隠れている魚を追い出して、その魚を次に投げた石を当てて死なせたの。死んだ魚は水に浮かんで流れるからね。これなら簡単でしょ?」
と答えた。
その答えにエレナは、
「簡単ですけど…川を泳いでいる魚って狙い撃ちに出来るものなんですか…?」
と続けて質問した。
それにテイルは、
「普通は難しいんだろうけど…私は簡単に出来るからねぇ…」
と答えた。
その答えにエレナは、
「そ、そうですか…」
と答えるのが精一杯だった。
そんなエレナにテイルは、
「そろそろ良いかな?次いくよ?」
と言うと再び石を投げ始めた。
そしてテイルが石を投げ魚を仕留め、その魚が流れてきたところをエレナが捕まえる、という作業はしばらく続き全部で25匹魚を捕まえたところでテイルが、
「そろそろいいか…。エレナさん、終わりにしよう!」
と言って魚捕りを終わらせた。
そしてティンクが待っている場所に戻り捕ってきた魚をその場に置くと今度は、
「あとはキノコでも採るかな…?」
と言うと再びエレナを連れて今度は森の中に入っていった。
そして森のかなり奥の方まで来たところで、
「よし、キノコ採り開始!」
と言ってキノコの収穫を始めようとしたところでエレナが、
「ここからちゃんと元の場所に戻れるんですか…?」
とテイルに聞いてきた。
それにテイルは、
「大丈夫♪ティンクの魔力を目印に出来るからティンクのいる場所まで戻るのは簡単だよ?」
と答えた。
その答えにエレナは、
「そうなんですか…。あ、それともう一つあるんですけど…」
と言うと続けて、
「私、キノコと毒キノコの見分けが出来ないんですけど…?」
と尋ねた。
それにテイルは、
「それも大丈夫♪食べられるキノコか毒キノコかは匂いでわかるから」
と答えた。
その返答にエレナは、
「匂いって言われても…、全然わからないんですけど…?」
と返した。
それにテイルは、
「大丈夫♪私が確かめるから。私の鼻は犬の五倍ぐらい良く利くんだから。食べられるキノコか毒キノコかなんか一発だよ?」
と答えた。
その答えにエレナは、
「…はい?い、犬の、五倍…?じょ、冗談ですよね…?」
と聞き返した。
それにテイルは、
「…冗談だと思うなら今から探すキノコから毒キノコが見つかったらそれを一個持って帰って食べてみる?エレナさん法術師だし解毒法術も使えるでしょ?」
と言った。
テイルの発言にエレナは、
「使えますけど…解毒法術が間に合わない時もありますから危なすぎますよ…?」
と答えた。
エレナの答えにテイルは、
「じゃあ普通に食べられるキノコだけ採りますか…」
と言うと続けて、
「それじゃあ手分けして探しましょう。毒キノコか食べられるキノコかは私が判別するからさ」
とエレナに言った。
それにエレナが、
「…わかりました」
と答えそれぞれキノコ狩りを始めたのだった。
この辺りはキノコがよく採れるらしく十分ほどでそれぞれ十三個ずつ採ってきた。
そしてテイルはエレナに、
「じゃあエレナさんの採ってきたキノコの判別するね」
と言ってエレナの採ってきたキノコの匂いを確かめ始めた。
そして、
「これは大丈夫、これも大丈夫、こっちも大丈夫、これはダメなやつ…」
と次々に分けていった。
そして全ての判別が終わり、最終的に二十三個を食べられるキノコとして持って帰ることになった。
その帰り道もテイルが、
「ティンクの魔力はこっちの方から感じるね」
と言った方向にガンガン突き進んで行き、結果一切迷わずティンクの待っている場所まで最短距離で帰ってきたのである。
そして帰ってきたテイルは木の枝に魚とキノコを刺すとそれを焚き火の回りの地面に刺して焼き始めた。
しばらく待っていると辺りに香ばしい匂いが漂い始めテイルが、
「そろそろ良いかな…?」
と言って焼き魚と焼きキノコをそれぞれ一つずつ試食して、
「うん、大丈夫!さあ食べよう食べよう!」
と言われてエレナとティンクも食べ始めた。
そして食べ始めたところでエレナが、
「これ…こんなに焼いちゃってますけど食べきれるんですか…?」
と聞いてきた。
それにテイルは、
「あぁ、大丈夫だよ。私かなりの大食いだから」
と答えた。
その答えにエレナは、
「そうなんですか…?」
と言いながら焼き魚を頬張っていた。
隣ではティンクが焼きキノコ一個を丸ごと食べきり、「はふぅ…、お腹いっぱい…」
と言いながら大の字になって寝転がっていた。
その後エレナは焼き魚三匹、焼きキノコ三個を食べ、残りは全てテイルが平らげてしまっていた。
その様子を眺めていたエレナは、
「凄い…本当に全部食べちゃった…」
驚きの声をあげていた。
一方のテイルはまだ大の字のティンクを見ながら、
「相変わらず燃費の良いのはいいなぁ…。私は燃費の悪いことこの上無いったら…」
と呟いていた。
直後テイルが、
「ふぅ…」
とため息をついたあとエレナの方に向き直り、
「ではそろそろこれまでの色々なことの説明を始めましょうか」
とエレナに話し掛けた。
そしてエレナはそれに、
「あ…はい。お願いします…」
と応じた。
それを聞いたテイルは、
「とはいえ説明することが多すぎてどこから始めるのが良いのか…。これもやっぱりエレナさんに決めてもらうか…」
と言うとエレナに、
「エレナさん、どの説明から聞きたいか選んで欲しいんだけど良いかな?まずは私のことの説明かエレナさんのことの説明か。どちらか選んでくれるかな?」
と問い掛けた。
それにエレナは少し迷っていたが、
「…私のことからお願いします」
と答えた。
それにテイルは、
「それじゃあ今度は最初から順番に説明するか、それともショックの少ない話しから説明するか、これも選んでくれるかな?」
と再び問い掛けた。
それにエレナは、
「最初から順番で大丈夫です…。覚悟は出来ていますから…」
と答えた。
それを受けたテイルは、
「わかった、じゃあ始めるね?」
と前置きをして、
「まずはエレナさん、あなたの名前はエレナ・カトライアではありません」
と言った。
それにエレナは、
「……え?」
という一言を発した。
続けてテイルは、
「それにアーカス村で亡くなったエレナさんのご両親もエレナさんの本当のご両親ではありません」
と言った。
エレナは今度は、
「え?へ?え?」
と言葉を発した。
その発言からは混乱している様子がよくわかった。
その様子を見たテイルはエレナに、
「覚悟は出来てるって言ってたけど…大丈夫?」
と問い掛けた。
それにエレナは、
「え?あ…はい…大丈夫…です…多分…」
と答えた。
その答えを聞いたテイルは、
「じゃあ続けるね?」
と確認をして、
「ではまず、エレナさんの本当の名前から言いましょう。エレナさんの本当の名前は、『リューネルン・ライズ』と言います」
とエレナに告げた。
エレナはそれを確認するように、
「リューネルン・ライズ…」
と口にした。
そんな『エレナ』にテイルは、
「さてここで『あなた』に決めて欲しいことがあります」
と切り出した。
それに『エレナ』は、
「決めて欲しいこと…?」
と聞き返した。
テイルは続けて、
「あなたの名前を『エレナ・カトライア』のままにするか、それとも『リューネルン・ライズ』にするか。あなたが決めて下さい」
と『エレナ』に言った。
当の『エレナ』は突然のことに、
「私が…私の名前を…決める…」
と混乱しながら呟いた。
その様子を見たテイルは、
「まあ、私的には『リューネルン・ライズ』の方を選んでくれると助かるかなぁ…。これからの説明もしやすくなるし、今後助かる場面が多くなると思うんだよねぇ…」
と口にした。
テイルの言葉に『エレナ』は、
「え…?それって、どういうことですか…?」
とテイルに聞き返した。
それにテイルは、
「うーん…、どういうことも何もさっき言ったこと以上のことはないんだけど…」
と返答した。
その返答にしばらく考え込んだ『エレナ』はテイルに、
「…名前を決める前に一つ教えてくれますか…?」
と尋ねた。
それにテイルは、
「ええ、良いわよ」
と答えた。
テイルのその返事を受けて『エレナ』は、
「どうして私の本当のお父さんとお母さんは、私のことを捨てたんですか…?」
と尋ねた。
そんな『エレナ』の質問にテイルは、
「あなたの本当の両親はあなたを捨てたんじゃないよ。それよりも多分世界中の誰よりもあなたのことを愛しているはずよ?」
と答えた。
それに『エレナ』は、
「どうしてそう言えるんですか…?」
と尋ねた。
『エレナ』の問いにテイルは続けて、
「あなたの本当の両親はあなたを捨てたんじゃなくて、預けたの。そして、預けなければいけなかったのは、あなたの出生が関係しているの。決して預けたくて預けた訳じゃないのよ?」
と説明した。
その説明に『エレナ』は、「本当に、そうなんですか…?」
と疑いの声をあげた。
そんな『エレナ』にテイルはさらに、
「本当です。特にお父さんの方はあなたを愛していなかったらあの三人がアーカス村に来ることはなかったはずだから」
テイルの言葉に『エレナ』は、
「あの三人…ってロイさん、レンさん、アリアさんですか…?どうしてあの人達が…?」
と聞き返した。
それにテイルは、
「簡単に言うとあの三人はあなたのお父さんの部下だからよ。お父さんの指示であの三人はアーカス村にやって来た。あなたを保護するためにね」
と答えた。
その答えに『エレナ』は、
「私を…保護する…」
と口にしたあと、顔を下に向け黙りこんでしまった。
そんな『エレナ』をテイルの方も黙って見つめていた。
しばらくの沈黙のあと『エレナ』は何か言おうとして顔を上げた。
その時自身を見つめていたテイルと目が合った。
テイルのその目は『エレナ』が今まで見てきた様々な人達の、どれよりも澄んだまっすぐな目をしていた。
その目を見ていた『エレナ』に、
(この人の目は…嘘をついている人の目じゃない…)
という考えが浮かんできた。
そして再び下を向いて少し考えたあと『エレナ』は遂に、
「……わかりました。私はこれから『リューネルン・ライズ』の名前で生きていきます。テイルさん、改めてよろしくお願いします」
と自身の決意を口にした。
その答えにテイルは、
「ありがとうございます、リューネルンさん…うーん…少し長いな…」
と言ったあとリューネルンに、
「あの、リューネルンさんちょっといいかな?」
と尋ねた。
それにリューネルンが、
「…?なんですか?」
と聞き返したところでテイルが、
「『リューネルン』って名前は長いから『リュー』って省略していいかな?あとそれともう結構敬語じゃ無くなってるけど完全に敬語やめちゃっていいかな?そっちも敬語やめてもらっていいからさ。それと呼び捨てにしてもいいかな?これもそっちもしてもらっていいから」
と尋ねた。
その提案にリューネルンは、
「……ええ、良いですよ。慣れるまで少し時間がかかるかもしれませんけどそのうち慣れると思いますし…。あと私の方からの敬語と呼び捨ては…徐々にかわるよう努力します…」
と答えた。
リューネルンの返答を受けてテイルは、
「よっし、決まり!それじゃ改めて、これからもよろしくね、リュー♪」
と言って右手を差し出した。
そして差し出された手を握りながらリューネルンは、
「…はい、よろしくお願いします、テイル…さん」
と答えた。
そして握手をしながらテイルは、
「よし、それじゃ話しの続きを始めよっか」
と言って説明を再開するのだった。