第56話 決着?
降り下ろした模擬剣は、倒れるジュリの顔の直ぐ真横に突き刺さった。
「っ……うっ、うぅっ……!」
目を見開きながら、ジュリは恐怖感と自分が無事だった事への安堵から静かに嗚咽を漏らし始める。
外した、いや違う、寸前のところで軌道を無理矢理変えたのだ。
背中に感じる暖かさに振り向くと、エミリアが震えながら俺にしがみついていた。
「エミリア……?」
「ア、アル……こんなの、駄目……」
「どうして? こいつはエミリアに酷い事を……」
「駄目なの、アルにそんな事して欲しく無い、いつもの優しいアルに戻ってよ……!」
震えるエミリアが口にした言葉を聞き、俺の中に満ちていた感情が消えて行った。
降り下ろした模擬剣を引いてジュリへと視線を戻した。
手加減無しで蹴り上げた顔面は赤黒く腫れ上がり溢れる涙と鼻血でとても直視出来ない程に痛々しい有り様、腕や足の素肌が見える所は殆ど痣だらけ、恐らく防具で隠れているが体中も同じ様に痣だらけの筈だ。
更に鼻を突いたのは独特のアンモニア臭、余りの激痛と恐怖からジュリは失禁していた。
先程までの威勢の良さが嘘の様なその弱々しい姿に、何だかもうどうでも良くなってしまった。
溜め息を一つ溢し、倒れるジュリに近付いて手を伸ばした。
「っ!? うぅっ……!!」
その瞬間、俺を恐怖に満ちた目で見て怯えるジュリ。
動かない体を無理矢理動かしながら、俺から逃げようと必死になって後退りする。
「もう何もしないから、無理に動かない方が良い」
俺の言葉を聞いてジュリは怯えた表情はそのままに、動くのを止めた。
それを確認して俺はジュリの体に手を翳す。
「ヒール……」
先程エミリアに使用した時よりも多く魔力を込めヒールをかける。
淡い光に包まれるとジュリの顔の腫れと体の痣が跡形も無く消え、更にクリーンの魔法を使い顔の汚れと失禁による汚れを無くす。
最初に会った時と同じ姿に戻ったジュリだが、怯えた目は変わらずに俺を見つめている。
その姿を見て、エミリアが俺の後ろから動き、ジュリへと近付いた。
「だ、大丈夫……?」
「あ……!」
ジュリは立ち上がると俺とエミリアに向かって深く頭を下げる。
「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……!」
エミリアはともかく、俺に対してまで頭を下げる必要なんて無いとは思うけどな。
エミリアに視線を向けると、エミリアは何かを訴える様に一度頷くとジュリへと口を開いた。
「あの、私が偉そうに言える立場じゃないけど、私はもう気にして無いから、だから頭を上げて?」
「でも、私はあんたに……」
「気にして無いって言ったでしょ? それに、私が弱いのは本当の事で、貴女が言った事が正しいのはわかってるから」
「そ、そんな事無い! 私は、ちょっと強いからって調子に乗って、この人と一緒にいるあんたに嫉妬してただけで……」
ぽたり、ぽたりと、ジュリの足下に雫が落ちて染みが出来る。
「だけど、私は何もわかっていなかった……私は強くなんて無い、現に手も足も出ずに私は負けた。 それなのに、私は……!」
後悔か懺悔か、ジュリは泣きながら頭を下げ続ける。
「……言っておくけど、ただ強ければ良いってものじゃ無い、大切な人を守る為、俺はそう考えてるだけだ」
「大切な人を、守る……?」
「俺は別に自分が強いだなんて少しも思って無い、逆にまだまだ弱いと思ってるくらいだしな、だけどエミリアやアーリアさんを守りたいって思ってるから、負けたく無いって必死になってるんだよ、だから自分の為だけに力を使う奴に負けるつもりは無い」
これはレイドから教えて貰った教訓の様なものだ。
レイドはいつも俺に剣を教える時に言っていた。 自分の為だけに剣を振るうな、大切な人を守る為に振るえ、それがいつか自分を強くする、と。
レイドは剣を持つ時にフィオナを、そして俺を守ると心に誓い振るうと言っていた。
守りたいという思いの強さがレイドの強さなのだとわかった俺は、いつか自分に出来る守りたい人の為に強くなると決めたんだ。
ただ、エミリアにしろアーリアさんにしろ、俺の方が助けて貰っているから何とも言えないけど。
俺の言葉に、ジュリはただ呆然と俺を見つめている。
その目に、先程までの恐怖は込められていない、込められているのは羨望……いや何か違う、熱の籠った目で俺を見つめていた。
まるで宗教の信者が崇拝する神を目の前にしたかの様な……良くわからないけどそんな少々危ない目をしている。
「……何?」
「アル様……」
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
今こいつは何と言った? アル"様"って言ったか?
「な、何だよ急に!? 俺はお前に様なんて呼ばれる事はしてないだろ!?」
「そんな事無い!! 貴方は強いだけじゃなくてとっても優しくて、上手く説明出来ないけど……とにかく貴方はただの新人冒険者なんかじゃない!! 尊敬するに価する素晴らしい人なの!!」
何を言ってるんだ!? 逆に俺は恨まれる立場の筈なのに、尊敬に価するだって!? おかしいだろ!?
混乱する俺の手を取って両手で包む様に掴んで来るジュリ。
そのまま俺を見上げながらじっと見つめて来る。
隣にいるエミリアはどこか面白くなさそうに頬を膨らませ、周囲にいた野次馬の冒険者達は俺達を見て小声で何かを話していた。
どうして、こうなった?




