第13話 平和の終わり
二人が帰った後、いつも通り魔法の特訓を終えた俺はアーリアさんとお茶を飲んでいた。
今日の特訓は中々に疲れた。
それは決して着替えてきたアーリアさんがずっと俺の方を見てもじもじしてたのを意識してたからじゃ無い、決して違う。
……いや、まあ確かにちょっと意識してたけどさ。
って違う違う、今日は魔法の無詠唱発動を試していたからだ。
俺なりに考えてみて、詠唱は確かに重要だが頭の中で唱える事で同じ効力があるのではないかと思い至った訳だ。
アーリアさんに無詠唱で発動は可能か聞いてみたら出来る事は出来るが、普通よりも魔力消費が激しいから試すのは余りお勧めしないとの事。
ふむ、可能ではある訳だ。
試しにやってみた。
その結果、無詠唱で発動出来た。
しかも驚いた事に詠唱した時と比べて体が軽い、つまり無詠唱の方が魔力消費が少ない事が判明した。
アーリアさんはその事に関しては興奮よりも驚きが勝った様で、呆然と俺を見ていた。
その後も色々な属性魔法で試してみたが結果は変わらず魔力消費は少ないまま、だが調子に乗って乱発したら単純な魔力切れでその場に倒れ込んでしまったが。
いやいや、本当に俺の魔法のスキルは一体どうなっているのやら、自分で自分がわからなくなってしまった。
けど新たな目標が出来た。
これからはなるべく無詠唱の練習をして、魔力量の増幅をメインに特訓に励もう!
「アルファンド君? お茶のお代わりは如何?」
「あ、ありがとうございます。 いただきます」
お茶のお代わりを貰い、カップに口を付ける。
そういえば最近気付いたんだけど、今使っているこのティーカップ。
帰る際に申し訳ないから洗うと言ったら慌ててアーリアさんに引ったくられ、『私が洗うから気にしないでいいのよ!』と必死の形相のアーリアさんに止められた。
俺としてはお茶をいただいてる訳だから後片付けぐらいはやろうと考えていたのだが頑なにアーリアさんは拒んだ。
いや、別にそれは構わないんだけどさ、こないだふと気になって帰った振りをして外から中を覗いたら俺の使っていたカップを片手に何やらもぞもぞとしていた……ベッドの上で。
何をしていたのかはわからない、もしかしてという予想が浮かんだが全力で振り払った。
まさか、魔法の先生であり尊敬するアーリアさんがそんな事する訳無いじゃないかと。
妙に艶かしい呻き声の様な声が聞こえたのも俺の聞き間違いだ。
そうと言ったらそうだ!
「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「えっ? あっ、い、いえ! 何でも無いです!」
「ふふっ、もしかして見惚れてたのかしら?」
「いや、その……」
気が付くとアーリアさんの顔を見つめていたらしい。
慌てて目を反らし、逃げ場となる窓の外へと視線を向けた。
「ん?」
そこである事に気付いた。
窓の外、遠くに見える村の外れの方が赤くなっていた。
おかしい、夕日にしては早すぎるし何よりあんなに揺らめく事は無い筈だ。
「アーリアさん、あれ」
「どれ?」
「あの外れの方、変に赤くなって……」
そう言って指差した瞬間だった。
赤くなっていた場所の手前、数件の家が突如爆音と共に紅蓮の炎に包まれたのだ。
「か、火事!?」
思わず叫んだ俺の言葉に、アーリアさんが椅子を倒しながら立ち上がった。
「アルファンド君! 剣を持ちなさい!」
「えっ!? ちょっと待って下さい! 何が起きてるんですか!?」
「あれはただの火事じゃ無いわ! 魔力を感じる!」
魔力だって? つまりあれは誰かが魔法を使って火事を起こしてるって事か!?
一体何が……!?
「ここだ! 突っ込め!」
突然、扉が何者かによって蹴破られた。
「うわっ!?」
扉の方を見ると剣を持った三人の男が立っていた。
村人じゃないのは一目でわかった。
見たことの無い奴らだ。
「見つけたぞ! お前が『白銀の魔女』だな!」
「な、何なんですかいきなり!?」
「ガキが一緒って事はあいつの言ってた通り、『白銀の魔女』で間違いねえな! てめえの首をいただきに来た!」
首、つまり殺しに来たって事か!?
何なんだよ一体! いきなり過ぎて思考が追い付かない!
混乱して動けない俺に、三人の内の一人が剣を振り下ろして来た。
「っ!?」
咄嗟に剣を抜き、鍔迫り合いになる。
「お前も金になるかわからねぇが殺しておくか!」
「このっ……!」
頭の中で詠唱する。
使うのは、風魔法!
「ウインドショック!」
俺の目の前で空気が渦を巻き、風の塊となって相手にぶち当たる……筈だった。
「ぬぅ!!」
咄嗟に剣を引き、自らに当たる筈だった風の塊を切り裂いた。
こいつ! 剣気を使えるのか!?
不味い、下手な魔法だと効かない!
「このガキも魔法を使いやがるのか! 面倒だ! 殺す!」
再び俺に剣を振るって来る男に、俺は焦って剣を構えた。
しかし防ぎ切れず、肩を男の剣が切り裂いた。
「ぐっ!?」
頭に痛みがダイレクトに伝わる。
切り裂かれた肩が熱い、初めての剣による傷。
その瞬間、とてつもない恐怖で頭が埋め尽くされる。
大賢者の魔法を防いだ時は、突然の事とは言え怪我も無く事なきを得た為余り現実味が無かった。
しかし、今は違う。
本当に殺しに来ている、死が直ぐそこに迫っている、その恐怖が俺の体から自由を奪う。
助けて……誰か……!
「空よ、風よ、汝の力を我らに与え敵を切り裂け、ウインドカッター!」
後ろから詠唱が聞こえ、魔法による風の刃が放たれた。
その刃は眼前の男と後ろにいた二人の男の首を意図も容易く跳ねた。
まるで噴水の様に勢い良く飛び散る鮮血で、目の前が真っ赤に染まる。
呆然と足元へと視線を落とすと、表情をそのまま固まらせた男の首が転がっていた。
「っ……うっ!」
胃から逆流してくる吐き気に耐えられず、その場に吐いた。
死んだ、目の前で、人が、こんな簡単に。
この世界は、前の世界とは違うと確かに説明された。
理解したつもりだった。
しかし、その現実をいざ目の前にするとやはり俺の認識は甘かったのだ。
「アルファンド君!!」
後ろからアーリアさんが俺の肩を掴む。
「ひっ!? ア、アーリアさん! 死んだ! 目の前で人が、死んだ!」
「落ち着きなさい! こいつらは恐らく盗賊の類いよ! ここまで来たという事は村が危険だわ!」
「盗賊!? で、でも死んで、血が!?」
「落ち着きなさい!!」
乾いた音と同時に、頬に鋭い痛みが走った。
「アルファンド君、子供にこんな事を言うのは酷だと思うけれど、殺さなければ貴方が死んでいたのよ!?」
「でも!」
「現実を見なさい! このままだと村が危険なの! 私と一緒に来て!」
無理矢理手を引かれ、死体をそのまま放置して俺は外へと連れ出された。
この日、俺はこの世界の残酷さをその身を持って思い知らされた。
平和や夢など、理想でしかないのだという事を。




