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銀のコイン ―陸上戦闘艦「黄龍」起動―  作者: くまかご
5 それぞれの役割……
19/43

5-3

◆夜明け前、日が昇るかなり前から、空はうっすらと明るくなります。

 藤堂は小高い丘の上で腹這いになりながら、腕時計を覗き込んだ。発光塗料で緑にぼんやりと光る針は、午前三時四十分を示していた。

 双眼鏡を目に当てると、最後にもう一度、共和国の陸上船を観察した。

 昨日の夕方、まだ日の光が残っているうちにも観察をしたが、陸上船はまったく見た事がない型だった。大戦前の陸上船を修復したものではなく、現代の技術で造られているように見えた。

 乗組員は、二十名程が確認できた。船の大きさに比べ、この数はかなり少ない。

 今もブリッジには明かりが灯っているが、人影はやはり見えなかった。


「見張りが、見当たりませんね」


 同じように隣で双眼鏡を覗く宝田が、小さな声で尋ねた。


「見張りらしき人物はいます、ブリッジに一人と甲板の前後に一人ずつ――あそこと、あそこです」


 二人の間で、同じように腹這いになったかえでが指をさした。


「ですが、先程からまったく身動きをしていませんので、居眠りをしているものと思われます」


 藤堂達は、かえでが示した辺りを双眼鏡で覗いた。確かに、黒い人影らしきものが見えた。


「――よし、そろそろ時間だ。戻って準備をしよう」


 二人に声を掛けると、藤堂は腹這いのまま少し下がり、真っ暗な丘を中腰で下った。

 丘の下の岩陰に設営した宿営地――ウォーカーの下部に、テントを吊下げた簡単なもの――に戻ると、発見されないように絞った明かりの下で、雪華と裕司が撤収の準備をしていた。

 前日の夕方に陸上船を発見してから、ここで見張りをしながら十分に休憩する事ができたので、裕司の状態も目に見えて良くなっていた。


「じゃあ、最後に手順の確認をしよう」


 藤堂は総勢五人の小さなチームを、明かりの下に座らせた。


「潜入するのは、俺と宝田と裕司君、そしてかえでだ。雪さんは、ウォーカーで待機。子供達を救出したら、橋を渡るまでは止まらずに進む。敵が追いかけてきたら、事前に打ち合わせた通り。これだけだ」


 藤堂を見つめる、四つの顔がうなずいた。


「――じゃあ、行こうか」


 ◇


 宝田は、大滝村守備隊で借りた防弾ベストを、裕司に着せながら言った。


「作戦中は、必ず俺の後ろにいるように。何かあったら、とにかく逃げろ……いいか?」

「はい。分かりました」


 裕司は、素直にうなずいた。

 宝田もうなずくと、自分の防弾ベストを装着した。藤堂も自分の防弾ベストを着用しながら、宝田を眺めた。ベストを着終えた宝田は、短機関銃の動作チェックをしている。


「宝田――」


 藤堂は、宝田に目配せをしてテントを出た。間をおかず、宝田が後に続いた。

 少し離れた所にある、もう一機のウォーカーまで歩くと、藤堂は腕を組んでその脚にもたれた。宝田は、無表情のまま藤堂の前に立っている。


「……作戦の前に、聞いておきたい事がある」

「はい、何でしょうか?」

「昨日、お前は裕司君の操縦で、橋を渡らせただろう――あれは、お前がいなくても、彼が一人で渓谷を越えられるようにか?」

「……どうして……そう、思われたのですか?」

「お前は……妙に他人との関わりを、持ちたがらないよな。何というか、自分の中で線を引いて、それ以上人を寄せ付けないようにしている……。それが、裕司君に対しては、様子が違うようだ」

「いいえ、自分は特に――」


 言いかけた言葉を、藤堂は右手をあげて制した。


「いや、いいんだ。〈人と関わりを持つ〉、それ自体は悪い事ではないからな。俺が気になるのは……うーん……」


 藤堂は、顎をかきながら少し間を開けた。


「宝田……お前の役割は、裕司君を守り、子供達を救い出す事だ。そうだな?」

「……はい、そうです」

「だが、それには重要な条件がある――」


 藤堂は宝田の肩に、手を置いた。


「――誰一人欠ける事なく、それを成し遂げろ――もちろん、お前が欠ける事も許さん」

「少佐……ですが、少佐。自分は……本当は……自分は……っ」


 宝田は、何かを言いかけて口を閉じた。いつもは感情を表に出さない宝田が、激しく動揺している。


「――難しく考えるな、宝田。お前は目の前にいる、助けを求める人達を救え。そして――俺は、みんなを守る。それぞれの、役割だよ」


 藤堂は、宝田の肩をぽんぽんと叩いた。


「はい……。わかりました、少佐」


 そう返事をする宝田は、少し表情が和らいだように見えた。


「……藤堂少佐。この戦いが終わったら……ご相談に乗っていただきたい事があります」

「うん、分かった。戦いが、終わったらな」


 敬礼をする宝田に、答礼しながら藤堂は後ろ姿を見送った。

 ウォーカーの脚にもたれながら、頭をかいた。


(これでよかったのだろうか?)


 藤堂は、自問自答をした。もっと上手い聞き方があったのではないか、違う切り出し方があったのではないか……。藤堂は首を振った。いいや、宝田には何か悩み事があるようだが、話してくれると言った。今はそれで良しとしよう。


「――少佐さん」


 不意に、藤堂の頭の上から小さな声がした。藤堂が見上げると、ウォーカーの操縦席から申し訳なさそうな雪華の顔が覗いた。


「ああ、雪さん」

「すみません。盗み聞きをするつもりはなかったのですが、私――こっちのウォーカーの地図にも、帰る時の目印を書き込んでおこうと思って――」

「いや、いいんだ。こっちこそ悪かったね、気を使わせてしまったようで」

「いえ、そんな……あのう、少佐さん……」

「ん、なんだい?」


 雪華は身軽に操縦席から飛び降りると、藤堂の前に立った。


「……私は、何もできなくて。だから、待っています……ここでみんなが、無事に帰ってくるのを。がんばってくださいね!」

「ありがとう。必ず、皆で帰ってくるよ」

「はい!」


 雪華の大きな笑みにつられて、藤堂も思わず微笑んだ。



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