5-3
◆夜明け前、日が昇るかなり前から、空はうっすらと明るくなります。
藤堂は小高い丘の上で腹這いになりながら、腕時計を覗き込んだ。発光塗料で緑にぼんやりと光る針は、午前三時四十分を示していた。
双眼鏡を目に当てると、最後にもう一度、共和国の陸上船を観察した。
昨日の夕方、まだ日の光が残っているうちにも観察をしたが、陸上船はまったく見た事がない型だった。大戦前の陸上船を修復したものではなく、現代の技術で造られているように見えた。
乗組員は、二十名程が確認できた。船の大きさに比べ、この数はかなり少ない。
今もブリッジには明かりが灯っているが、人影はやはり見えなかった。
「見張りが、見当たりませんね」
同じように隣で双眼鏡を覗く宝田が、小さな声で尋ねた。
「見張りらしき人物はいます、ブリッジに一人と甲板の前後に一人ずつ――あそこと、あそこです」
二人の間で、同じように腹這いになったかえでが指をさした。
「ですが、先程からまったく身動きをしていませんので、居眠りをしているものと思われます」
藤堂達は、かえでが示した辺りを双眼鏡で覗いた。確かに、黒い人影らしきものが見えた。
「――よし、そろそろ時間だ。戻って準備をしよう」
二人に声を掛けると、藤堂は腹這いのまま少し下がり、真っ暗な丘を中腰で下った。
丘の下の岩陰に設営した宿営地――ウォーカーの下部に、テントを吊下げた簡単なもの――に戻ると、発見されないように絞った明かりの下で、雪華と裕司が撤収の準備をしていた。
前日の夕方に陸上船を発見してから、ここで見張りをしながら十分に休憩する事ができたので、裕司の状態も目に見えて良くなっていた。
「じゃあ、最後に手順の確認をしよう」
藤堂は総勢五人の小さなチームを、明かりの下に座らせた。
「潜入するのは、俺と宝田と裕司君、そしてかえでだ。雪さんは、ウォーカーで待機。子供達を救出したら、橋を渡るまでは止まらずに進む。敵が追いかけてきたら、事前に打ち合わせた通り。これだけだ」
藤堂を見つめる、四つの顔がうなずいた。
「――じゃあ、行こうか」
◇
宝田は、大滝村守備隊で借りた防弾ベストを、裕司に着せながら言った。
「作戦中は、必ず俺の後ろにいるように。何かあったら、とにかく逃げろ……いいか?」
「はい。分かりました」
裕司は、素直にうなずいた。
宝田もうなずくと、自分の防弾ベストを装着した。藤堂も自分の防弾ベストを着用しながら、宝田を眺めた。ベストを着終えた宝田は、短機関銃の動作チェックをしている。
「宝田――」
藤堂は、宝田に目配せをしてテントを出た。間をおかず、宝田が後に続いた。
少し離れた所にある、もう一機のウォーカーまで歩くと、藤堂は腕を組んでその脚にもたれた。宝田は、無表情のまま藤堂の前に立っている。
「……作戦の前に、聞いておきたい事がある」
「はい、何でしょうか?」
「昨日、お前は裕司君の操縦で、橋を渡らせただろう――あれは、お前がいなくても、彼が一人で渓谷を越えられるようにか?」
「……どうして……そう、思われたのですか?」
「お前は……妙に他人との関わりを、持ちたがらないよな。何というか、自分の中で線を引いて、それ以上人を寄せ付けないようにしている……。それが、裕司君に対しては、様子が違うようだ」
「いいえ、自分は特に――」
言いかけた言葉を、藤堂は右手をあげて制した。
「いや、いいんだ。〈人と関わりを持つ〉、それ自体は悪い事ではないからな。俺が気になるのは……うーん……」
藤堂は、顎をかきながら少し間を開けた。
「宝田……お前の役割は、裕司君を守り、子供達を救い出す事だ。そうだな?」
「……はい、そうです」
「だが、それには重要な条件がある――」
藤堂は宝田の肩に、手を置いた。
「――誰一人欠ける事なく、それを成し遂げろ――もちろん、お前が欠ける事も許さん」
「少佐……ですが、少佐。自分は……本当は……自分は……っ」
宝田は、何かを言いかけて口を閉じた。いつもは感情を表に出さない宝田が、激しく動揺している。
「――難しく考えるな、宝田。お前は目の前にいる、助けを求める人達を救え。そして――俺は、みんなを守る。それぞれの、役割だよ」
藤堂は、宝田の肩をぽんぽんと叩いた。
「はい……。わかりました、少佐」
そう返事をする宝田は、少し表情が和らいだように見えた。
「……藤堂少佐。この戦いが終わったら……ご相談に乗っていただきたい事があります」
「うん、分かった。戦いが、終わったらな」
敬礼をする宝田に、答礼しながら藤堂は後ろ姿を見送った。
ウォーカーの脚にもたれながら、頭をかいた。
(これでよかったのだろうか?)
藤堂は、自問自答をした。もっと上手い聞き方があったのではないか、違う切り出し方があったのではないか……。藤堂は首を振った。いいや、宝田には何か悩み事があるようだが、話してくれると言った。今はそれで良しとしよう。
「――少佐さん」
不意に、藤堂の頭の上から小さな声がした。藤堂が見上げると、ウォーカーの操縦席から申し訳なさそうな雪華の顔が覗いた。
「ああ、雪さん」
「すみません。盗み聞きをするつもりはなかったのですが、私――こっちのウォーカーの地図にも、帰る時の目印を書き込んでおこうと思って――」
「いや、いいんだ。こっちこそ悪かったね、気を使わせてしまったようで」
「いえ、そんな……あのう、少佐さん……」
「ん、なんだい?」
雪華は身軽に操縦席から飛び降りると、藤堂の前に立った。
「……私は、何もできなくて。だから、待っています……ここでみんなが、無事に帰ってくるのを。がんばってくださいね!」
「ありがとう。必ず、皆で帰ってくるよ」
「はい!」
雪華の大きな笑みにつられて、藤堂も思わず微笑んだ。