第四話『街灯の下の蜘蛛の巣』by無駄に哀愁のある背中
やっと一周終わりそう
八時少し過ぎから合コンに参加した。僕が参加した頃には男女ともに適度に酒が入っていて、僕がいてもいなくても関係ないものだった。八木とその大学のイケてる大学生の友人に混ざるのも申し分なかったので、端に座り誰とも話さずジンジャーエールを飲んでいた。下戸でなければ……、なんて思うけど、もしも飲めたとしても自分から動けない僕には関係がないんだろう。
酔った八木はやや……いやかなり厄介で、何にも出来ない僕をほぼ無理矢理、二次会に連れて行った。なんでも二次会のカラオケに長居することで終電で逃し、「このあとどうする?」と女の子に質問をするのが、この合コングループの作戦らしい。まあ、僕からすれば終電がなくとも徒歩で帰れるけど。又、カラオケボックスに着いた事には、なぜか男も女も一人ずつ消えて、四対四の合コンは三対三になっていた。まったく不純な奴らだと思いつつ、少し羨ましさはあった。
案の定、作戦は決行されたらしく、終電がなくなった時間に八木の男友達、今井という男があの質問をした。
「このあとどうする?」
これ以上いても雰囲気をぶち壊しにするだけのような気がしたので、僕はさっさと徒歩で帰ると言ってしまおうと思った。
「あの……」
「私は帰ります! 明日は朝からの用事はないのですが、昼からあるので。帰りは徒歩なので心配しないでください」
僕が言おうとしたタイミングでその場にいた女の子に先に言われてしまい、僕もそれに続いた。
「あの、僕も徒歩なので帰ります」
「ええ、宮野さん。帰っちゃうの? これから俺の家で三次会やろうと思ってたのに!」
「「賛成!」」
僕の発言は完全に無視され、八木の友人の今井は三次会の話をだし、その徒歩の女の子以外の女の子はほのかに赤く染まった顔で「賛成」と言っていた。すると、そのあと口を開いたのは意外にも八木だった。
「じゃあ、宮野さんと七海はここでお別れだな。七海、1時を回ってるからちゃんと宮野さんを送ってあげてな」
「お、おう」
その宮野さん(?)と二人で先にカラオケボックスを出た。外は通り雨があったようで、道路のアスファルトはやや濡れていた。夏の暑さとその湿気が体にまとわりつくような感じだった。
「あの、七海……さんでしたっけ?」
「ああ……はい。宮野さんでしたよね?」
「私はとりあえずB駅方面に歩くんですが、七海さんはどっちの方向ですか?」
「ああ、僕もそっち方向です!」
「じゃあ、途中までお願いします」
宮野さんは深く頭を下げた。僕も焦って頭を下げた。見ず知らずの女性と二人だけになるなんて初めてだった。彼女は派手で有名なA女子大学の生徒とは思えないほど、落ち着いていて同時に綺麗だった。横に並んで特になにも話さず歩いていたが、その横顔は綺麗だった。ただ、綺麗だった。
B駅付近になると、宮野さんは突然右に曲がり道沿いの公園に入って行った。僕は驚き、彼女を追って公園に入った。すると、彼女は公園の街灯の下辺りに立ち、上を見上げていた。僕が横に立つと、上を見ながら呟いた。
「やっぱり……」
僕も見上げると、そこには蜘蛛の巣があった。けれでも、当の持ち主の蜘蛛はおらず、代わりに水滴がついて公園の街灯に照らされキラキラ光っている。
「七海さん、私はこういう蜘蛛の巣が好きなんです。とても幻想的だとおもいません?」
「ああ、本当だ。幾何学模様で綺麗ですね」
「ねぇ、七海さんってどんな方なんですか? 最初にいなかったから、お名前とかちゃんと聞いてないので」
「ああ。まず、名前は七海慶って言います。あと……」
宮野さんと僕は公園のベンチに座り、お互いの話をした。自己紹介なんてものも高校生ぶりだったからうまくできたかはわからないけど……自分が理工学部であることだとか、高校はC高校だったとか、八木は高校からの旧友だとか、実は来る予定のなかった補充要員だったなんて話もした。宮野さんも自己紹介をしてくれた。宮野美葵さんは大学受験を経てなくて下の高校から上がってきたらしく、今回の合コンは友達(一次会で消えた女の子)にゴリ押しされて来たらしい。ちょっと似たような境遇だった。
「もうそろそろ二時になっちゃいそうですね! また、歩きましょう!」
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
すると、あいつが水面からひょっこりと顔を出し、自分の口から出た言葉は意外なものだった。それは僕にとって大きな一歩だった。
「あの、連絡先を交換しません?」
受動的だった自分が初めて、動いた。そうこれが僕と彼女が初めて一緒に見た雨上がりの蜘蛛の巣であり、そして僕の大きな一歩だった。