第二話『先輩の戯言』by鯉
ルーチンワークな今日を過ごす。毎週決まった時間にある講義に出て、毎週同じような話を右から左に聞いて、毎週同じ電車に乗って、毎週同じ時間に入れているシフトに間に合うか心配する。高校時代と変わったことは多いがそれは主に行先だけで、僕自身がとっている行動はほとんど何も変わらない。
僕だって、最初から『今度頑張ろう』を繰り返すつもりだったわけじゃない。最初に誘われたとき断ったせいで、次に誘われたとき行きづらかっただけなのだ。
八木は、人によってはとっつきづらく思われがちな見た目だが、人当たりはいい。基本的にいい人なのだ、誘われたらもともとあった個人の予定をずらすくらい、無理やりにでもする。僕とは違う、常に人のことを考えて楽しませようと努力しているからそれだけ交友関係も広くなるし人にも好かれる。それは例えば、僕の様なやつが未だに彼とつながりがあるのかを考えれば彼の人の良さがわかるだろう。
それと引き換え僕は……などと考えてうつになる前に、バイト先のコンビニにたどり着いてしまった。定型句のように挨拶を発してバックヤードに直行する。手早く服の上から制服を羽織る。ネームプレートをタイムレコーダーに通して胸ポケットの定位置につける。鏡で最低限の身だしなみだけチェックして店に出た。
一度仕事が始まってしまえば、無駄なことを考える暇はなくなる。
後ろのシフトに入っているバイトと交代して更衣室に戻る。遅刻してきたらしい先輩のバイトが着替えながら煙草をふかしていた。
「ごくろーさん。いつもいつも時間通りでまじめだな」
「どうも」
「たまにはサボってやろうとか思わねぇの?」
「あんまり」
「相変わらず面白みねぇなあ……」
今更、僕に面白味を期待されても困るし、あえて会話が弾まないような相槌しか返していないのだ。
「お前さ。どうせ俺がウザったくて仕方ないんだろ」
呆れた。なんて言い返せば無駄口をやめるだろうか。
「どうせ図星だろ。ああ、違うとか言わなくていいからな。俺にとっては俺の解釈が合っていようと間違っていようとどうでもいいし、お前が自覚しているのかしていないのかも興味ねぇから」
「そうですか」
鞄に荷物を詰め直す。少しの間、吸ったり吐いたりする音だけが聞こえた。
「お前、自分のこと嫌いだろ」
唐突に聞こえた次の言葉は、ほんのわずかの瞬間、僕の手を止めた。
「だったら何ですか」
「いや、別に。思っただけ」
「そうですか」
「嫌いな食い物があるなら食わなければいい。他人が嫌いなら近づかなければいい。けど、いくら嫌いでも自分とは距離を置けないんだよな。どうすればいいと思う?」
「……自分を好きになるか、諦めるか。どっちか」
「ちょっと違ぇな。好きになる努力をするか、そうでないか、だ」
「どう違うんですか」
「それぐらい、手前で考えろよ」
「…………」
「分かんねぇ奴だな、ヒントは能動と受動、だ」
そう言うと彼は煙草を灰皿に押し付け火を消した。音を立ててパイプ椅子を机に押し込むとそのまま更衣室を出ていった。
僕は一人、残される。
「わざわざ何の話だよ、全く」
小声でつぶやき、鞄を背負って忘れ物がないか見て、それから更衣室を出た。
時刻はちょうど、7時半になるところだった。




