第二部 「最速」
―――暑い
世間は完全に冬を迎えていた
―――熱い
だが、私には冬の寒さなんて分からない
なぜなら、私は常に燃えていたから――
第二部 「最速」
私は速さが欲しかった
誰にも超えられない"最速"が欲しかった
だけど、事故で両足が動かなくなった私には到底無理だった
そんなある日私は魔法使いと出会った
その魔法使いは動かなくなった両足に"最速"を与えてくれた
その時、まだ、私は知らなかった
その魔法使いは"悪魔"だったことを
===========
この日、公演を終えた噺家はいつもどうり散歩に出ていた
外は完全に冬だった
街には雪が降り積もり肌を刺すような寒さの中人々が言ったり来たりしている
いつもと変わらぬ散歩の風景
ただ、先ほどから付いて来る人影を除いて
冬では考えられないような薄着で顔が隠れるほど深くフードを被っている
一見、亡霊のような雰囲気の人物が付いて来ているのだ
噺家は人目の無い路地裏に入った
少ししてから付いて来ていた人影が現れた
その姿は観れば観るほど亡霊のように生気が無く
その亡霊周りには陽炎が揺らいでいた
「私に何か用?」
「――――」
返答は無い
「あなたは人間?」
「――――私は」
亡霊の周りの陽炎が一層揺らいでいく
「―――私は――怪物だ」
途端、亡霊は一瞬にして燃え上がった
だが、火だるまになった亡霊は倒れる事無く此方へ襲いかかって来た
その動きはまるで動物のようで
そのスピードも軽く人間を凌駕していた
『炎上する怪獣』
それはいくらか前から騒がれていた都市伝説だった
「まさか本当だったとはね…」
噺家は刀を構えた
存在が矛盾している怪物なら一太刀で片が付く
噺家はじっくり隙が出来るのを待つ
怪物は壁から壁に飛び回り噺家の死角から飛びかかった
「甘いっ!!」
噺家は振り向きざまに怪物を斬りつけた
が、怪物はそれを察したか身を翻し避けた
怪物は噺家から距離を取る
その腕には避けきれなかったのか、深く切り傷があった
「―――――!!」
怪物はその場から逃げ出した
壁を駆け上がり街の中に消えていった
その場に残ったのは
噺家と焼け焦げた壁と地面だけだった
===========
最初は些細なことだった
走れば走るほど体が異常な程火照った
冬場にもかかわらずまるで夏の日差しの中に居るような感覚だった
そこから、ただ歩くだけでも体は燃え上がるように熱かった
そしてある日、私の体は燃え上がった
何があったのか分からなかった
燃え上がる体はさながら火を噴くエンジンのよう
私はあの時会った魔法使いに問いただした
すると魔法使いは
「君は足を動かしたかったんだろうだから動くようにしてあげただけだよ
ただ、命を引き換えにだけどね
その足は君の寿命が原動力で動くエンジンだ
だから、君は命の最後の一滴まで"最速"の為に燃やし尽くしてくれ」
この時私は目の前に居るのが悪魔だと知り
私は獣になった
この"最速"は狩猟の為に使い切ろうと決意した
そう―――私は怪物
私は怪物になった――
===========
寿命が尽きかけているのがわかった
時々、意識が遠のき体は所々痺れている
終わりが近付いている
なら――最後に昼間に見つけた獲物を狩るとしよう
残りの命の最後の一滴まで使って―――
夜、噺家は昼間のあの場所にいた
あの怪物を狩るために寒空の中待っていた
すると、背後から冬では有り得ないチリチリとした熱さが伝わってきた
今、狼と狩人が対峙した
「こんばんは、怪物さん」
「――ウ――アァ―」
怪物は言葉を捨てた
噺家を狩るために余計なエネルギーを使わない為にも
怪物は一層燃え上がった
「――ウ――ヴオォォォ!!!」
怪物は噺家に飛びかかった
怪物は満足に動かなくなった腕で噺家の急所を狙う
怪物はボロボロの足で噺家を蹴り殺そうと急所を狙う
だが、噺家は全て避ける
怪物はそれでも噺家を狩るために尽き欠けた命を燃やし続ける
だが、怪物の動きは次第に鈍っていく
「―――ヴオォォォ!!!ヴオォォォォォォ!!!」
怪物は最後の命を振り絞り噺家を殺しにかかった
「無駄よ、そこまで落ちた身体能力で私は殺せない!!!」
噺家はその怪物を切り捨てた
===========
命が終わった
体を動かすエネルギーが無くなった
いつも燃え上がっていた私の体温は遂に尽きた
―――寒い
手足の感覚が消えていく
意識が途絶えていく
そして私の"最速"は今、消えようとしている
―――寒い
体が死に覆われていくのがわかる
―――寒い
あぁ、これが………"最速"を求めた私の末路
これが…………冬
やっと……私にも冬が来た……
さよなら、この世界
さよなら、私の"最速"
「さよなら、狩人さん」
こうして、怪物に冬[死]が訪れた
===========
最速を求めた怪物
速さを求めた故に燃え尽きた獣
その末路を知るものは
獣の最期を見守った
一人だけである
第二部 「最速」 ―了―




