6.還り子への視線
寄合で商人を追い詰めた翌週から、村の空気が変わった。
俺は、いい方に変わるものだと思っていた。全額を返させ、謝らせたのだ。損をした人間はいない。
そうではなかった。
俺の存在が、単なる「賢い子供」という枠を超え始めていたのだ。村人たちの間では、俺に対する視線が変わり始めていた。最初は、俺の聡明さが賞賛の対象だった。だが、その聡明さが、どこか異質で、人間離れしているように映るようになっていた。
「あの子供は、何か企んでいるのではないか?」
「妙に物腰が柔らかい。まるで、全てを見透かしているようだ」
そういった囁きが、村の集会所や、人々の間で交わされる会話の中に混ざり始めた。俺は、前世で多くの人間関係の駆け引きを見てきた。相手の意図を読み取り、言葉の裏にある真意を見抜くこと。それが、俺の得意とするところだ。だが、その能力が、この世界では「異常」と捉えられていた。
俺自身、その変化に戸惑いを覚えていた。前世では、自分の知識や能力は「専門性」として評価された。だが、ここでは、それは「奇妙さ」や「不気味さ」として受け取られてしまう。
「俺は、ただ正義を求めているだけだ」
そう自分に言い聞かせても、心の中では不安が渦巻いていた。俺は、ただの子供だ。大人たちの揉め事を解決するのに、あまりにも大人びた論理で切り込んでしまう。そのあまりの対比が、人々の警戒心を煽るのだ。
ある日、村の年配の女性が、俺に近づいてきた。彼女は、俺の顔をじっと見つめ、その瞳の奥にある何かを探っているようだった。
「カイン君。君は、あまりにも大人びているわね」
彼女の声は優しかったが、その眼差しには強い警戒の色が滲んでいた。「還り子」という迷信が、今、俺の周りに重くのしかかっていることを、彼女は理解しているのだろう。
「私は、ただ、物事の筋道を整理したいだけです」
俺は努めて穏やかに答えた。前世の弁護士が、法廷で冷静さを保つように、感情を押し殺す。だが、その言葉が、かえって相手の疑念を深めるだけなのかもしれない。
この「還り子」であるという事実は、俺にとって大きな戸惑いだった。俺は、前世の記憶を持っている。この世界が、単なるファンタジーの世界であるということも、ある種の「知識」だ。だが、その知識が、俺をこの世界の住人として受け入れてくれるわけではない。むしろ、異質な存在として、恐れられるのだ。
俺は、自分の異質さを自覚した。俺は、この世界に属していない。前世の記憶を持つという事実は、俺を他の誰とも違う存在にしている。それは、時に力を与えるが、同時に孤独をもたらす。
村人たちの視線は、賞賛と恐怖が入り混じっていた。彼らは俺の能力を認めつつも、その根源が何であるかを知らない。彼らにとって、俺は「奇妙な存在」であり、「何か裏があるかもしれない」という疑念の対象なのだ。
俺は、この状況をどう受け止めるべきか考えた。前世の俺なら、この状況を「社会の偏見」として分析し、対抗策を講じるだろう。だが、今はまだ、そのための「案件」がない。ただ、この異質な存在として、村の中でどう生き抜くか、という問題だけが残されていた。
その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。それは、商業都市からの訪問者の気配だった。
「……」
俺は、その音に微かな期待を抱いた。この村の閉塞感を打ち破る、何かがやってくるかもしれない。俺は、この異質な存在としての自分を、この新しい世界でどう位置づけるべきか、静かに決意するのだった。俺は、ただの「還り子」ではない。俺は、前世の知識と、この世界で得た経験を武器に、自らの道を切り開いていくのだ。




