19.試験の結末
三人を、同じ卓につかせなければならない。
呼び出せば、三人とも来ない。理由は簡単で、来れば残りの二人と顔を合わせるからだ。四年間、それを避けて生きてきた人間に、こちらの都合で会えとは言えない。
俺は、三通の書状を書いた。中身は、三通とも同じにした。
一枚目に、三つの契約書の写しを、日付を揃えて並べた。
二枚目には、一行だけ書いた。
——四年前の秋の十一日、あなた方は同じ卓についておられます。もう一度、同じ卓につきませんか。
それだけだ。金額も、主張も、脅しも書かなかった。
三人とも、自分と同じものが他の二人に届いていると分かる。分かった上で、行くか行かないかを決めればいい。
三日後の朝、ギルドの小会議室に、三人が揃った。
誰も、口をきかなかった。
サーヴェルの主人は下を向いていた。トゥーレの主人は腕を組んで窓を見ていた。バンドーの主人は、卓の木目を指でなぞっていた。三人とも、俺の顔しか見なかった。
俺は、三通目の契約書を卓に置いて、裏返した。
「これは、バンドー商会がトゥーレ商会に差し入れた保証の裏書きです」
そして、そこに書かれた名前を、声に出して読んだ。
「——保証人、サーヴェル商会。四年前、秋の十一日」
トゥーレの主人が、初めて窓から目を離した。
「……見せろ」
彼は紙を引き寄せて、署名の部分をじっと見た。それから、サーヴェルのほうを見た。四年ぶりに、まともに見たのだと思う。
「お前……こんなもん、書いてたのか」
「……お前らが、俺の分を書いたからだ」
サーヴェルの声は、ほとんど聞き取れなかった。
俺は、そこで金の話をしなかった。代わりに、三人に同じことを聞いた。
「四年前、なぜ署名なさったんですか」
長い沈黙があった。
先に口を開いたのは、バンドーの主人だった。
「……あの年は、みんな駄目だった。うちの倉に穀物はあったが、誰も買えん。買う金がないんじゃない。買っていいのか分からんかった。明日、隣が潰れるかもしれんからな」
「そうだ」
トゥーレが引き取った。
「誰も、誰も信じられんかった。だから、三人で、無理やり信じることにした。紙を三枚書いて、これで俺たちは倒れんぞ、と」
「……それで、四年、回った」
サーヴェルが言った。
「回ったんだ。あれのおかげで、うちは荷を仕入れられた。仕入れられたから、今まで持った。持った上で、俺が最初に駄目になった」
彼は、顔を上げなかった。
「……面目ない」
その一言で、部屋の空気が変わったのが分かった。
トゥーレが、舌打ちをした。怒りの舌打ちではなかった。
「馬鹿野郎。面目ないのは、こっちだ。俺は先月、保証は切れてると言った。書面もないくせに」
「言わせたのは俺だ」
「言ったのは俺だ」
俺は、そこで卓に紙を広げた。
「では、数字の話をします」
三本の線を引いた。
「トゥーレさんは、サーヴェルさんの織物代を千四百枚、まだ払っておられない。バンドーさんは、トゥーレさんに八百枚。サーヴェルさんは、バンドーさんに七百枚」
三人が、身を乗り出した。
「輪になっています。サーヴェルからバンドー、バンドーからトゥーレ、トゥーレからサーヴェル」
俺は、線の上に矢印を書いた。ぐるりと一周する形になった。
「輪の中でいちばん小さいのが、七百枚です。この七百枚は、三人の間をぐるりと回って、元の場所に戻ってくる。動かす意味がありません。だから、三本まとめて七百枚ずつ消します」
俺は、数字を書き直した。
「サーヴェルさんからバンドーさんへは、なし。バンドーさんからトゥーレさんへは、百枚。トゥーレさんからサーヴェルさんへは、七百枚」
トゥーレが、目を細めた。
「……待て。俺は千四百払うはずだったのが、七百でいいのか」
「あなたが受け取るはずだった八百のうち、七百が消えたからです。差し引きは同じです。動く金だけが減ります」
「……」
「そしてサーヴェルさんは、七百枚を受け取れます」
サーヴェルが、顔を上げた。
「ミラ工房への支払いは、千二百枚。七百では、五百足りません」
俺は、そこで筆を置いた。
「ここから先は、俺の仕事ではありません」
三人が、俺を見た。
「俺にできるのは、輪をほどくところまでです。残りの五百枚をどうするかは、この卓についている三人でお決めください。四年前、あなた方は同じ卓で、もっと無茶なことを決めておられる」
俺は、部屋を出た。
廊下の壁にもたれて、待った。
中から、最初は低い声が聞こえた。それが、だんだん大きくなった。一度、何かを叩く音がした。それから、誰かが笑った。笑い声は、すぐに三人ぶんになった。
二時間近く経って、扉が開いた。
出てきたのは、トゥーレの主人だった。
「五百は、うちとバンドーで二百五十ずつ持つ。サーヴェルには、来年の織物を安く回してもらう。それで払ったことにする」
「……それは、あなた方の商売として成り立ちますか」
「成り立たん」
トゥーレは、あっさり言った。
「だが、四年前も成り立たんかった。今さらだ」
書面は、その日の夕方にまとめた。四通作った。三軒と、ミラ工房のぶんだ。工房の親方は、七百枚を受け取って、残りを三度に分けて受け取ることに同意した。「そりゃ、潰れられるよりずっといい」と言った。
全部が終わって、報告書を書き上げたのは、日付が変わる頃だった。
ヴァルダスは、まだギルドにいた。
彼は報告書を、最後まで黙って読んだ。読み終えて、紙の束を卓に置いた。
「お前、最後に部屋を出たな」
「……はい」
「なんでだ。あそこにいれば、五百枚の分け方まで、お前が決められた」
「決められました」
「じゃあ、なぜ出た」
俺は、少し考えてから答えた。
「あの三人は、四年前に自分たちで決めた人たちです。決められる人たちなんです。ただ、決める場所がなくなっていただけで」
ヴァルダスは、しばらく俺を見ていた。
それから、笑った。
「あの日、お前が言った話があったな。前世の、なんとかいう場所の」
「法廷です」
「そうだ。誰でも同じ場所に立てるってやつ。俺は、あんなもんこの国にはねえと言った」
彼は、報告書を指で叩いた。
「今日、うちの小会議室にあったのは、あれじゃねえのか」
俺は、返事ができなかった。
「明日から、渉外官だ。見習いは終わりだ」
「……はい」
「見習いってのは、俺が案件を選んでやる立場のことだ。明日からは、お前が選べ。選んだ責任も、お前が背負え」
彼は立ち上がって、俺の肩を叩いた。手が重かった。
「言っとくが、これで楽になるわけじゃねえぞ。伯爵の書状は、これからもっと来る」
「……はい」
「そのたびに、詫び状を書くのは俺だ。書き飽きたら、お前に書かせる」
俺は、頭を下げた。
窓の外は、もう真っ暗だった。夜警の松明が、通りを一つずつ点していくのが見えた。




