前編
それはある春の日のことだった。
婚約者である彼アンバンから珍しく呼び出しがかかり、不思議に思いつつも指定場所であった彼の家の近くの公園へ向かうと、そこにはアンバンと私は知らない女性の計二人が立っていた。
アンバンが立っていることは理解できる。彼からの呼び出しだったから。しかしその隣に女性がいるということはなかなか理解できなくて。ただ戸惑うことしかできなかった。
「君との婚約だけど、破棄することにしたんだ」
ミルクティー色のふわふわした髪が印象的なアンバンは口もとに柔らかな笑みを浮かべながら告げてきた。
「リサ、君は薬草が大好きだよね」
「はい」
「そういう女性はどうかと思うよ」
「は、はあ……」
確かに私は薬草が好きだ。自宅の庭で色々育てているし、それらが人体に与える良い影響について学ぶことも好き。
しかし、これまでは、アンバンからそこについて突っ込みを入れられたことはなかった。
そういう趣味はやめてほしい、とか。
薬草好きは嫌いだ、とか。
彼が私に興味がなかったということもあるのだろうが……そういったことを言われたことは一度もなかった。
なので今になってそんなことを言われても戸惑うことしかできない。
「薬草好きの女性なんてあり得ないよ」
「そういうことであればもっと早く婚約破棄を決められたのではありませんか? ……と、いいますか、そもそも婚約する必要もなかったのではないでしょうか。これまで一度もそういったことは仰っていませんでしたよね。それなのに今になって……」
すると彼は。
「うるさいよ」
とてつもなく冷ややかな目つきでこちらを睨んできた。
「婚約者さん、ごめんなさいね? わたくしのせいでこんなことに……」
「アリア、気にしないで。悪いのは物分かりの悪いこの女だよ、アリアは何も悪くない」
「そうですの?」
「ああ、そうだよ、君は絶対に悪くない。アリアはただ魅力的なだけ、罪はないよ」
「お優しいですわね、アンバンさま」
しかもいちゃつきを見せられて。
「そういうことだから、リサ、もう二度と僕らに関わらないでくれ」
「本気、なのですね……」
「もちろんだよ。僕は君と縁を切り、この魅力的な女性、アリアと結婚する。これは絶対的な決定事項だよ」
あっさりと切り捨てられてしまったのだった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう……。
考えても答えは出ない。それなのについあれこれ考えてしまう。無意味なことと分かっていて、それでも、思考を止めることはできなくて。湧き上がるもやもやの渦に取り込まれ、巻き込まれ。そんな中ではまともな思考なんてできるはずもない、にもかかわらず、頭の動きを制止することもできず。答えの出ない問いが脳内を巡り続ける時間が続いた。
だがやがて胸の内の霧を振り払うことに成功し、自分が愛おしく思うものと関わる道を歩んでゆくことを決意した。
好きなことを、好きなように。
そしてそれが少しでも誰かのためにもなるのなら。
それはきっととても素敵なことだと思うから。
私が好きなものを、私が好きな世界を、壊すことなど誰にもできはしないのだから――私はこれからも薬草を愛して歩むと決めた。
◆
「実は、なかなか眠れず……」
「そうなのですね」
「何か良い薬はないでしょうか」
「不眠に効くお茶がありますよ、そちらにしてみますか?」
「は、はい! ぜひ、お願いします」
あれから数年、私は今、薬草を使って作った商品を売る店を営んでいる。




