28話 〈ヤモリさん〉
草木も眠る丑三つ時の真っ只中。ユルカはエレベーターにヤモリがいると報告を受け、探していた。
一体誰が通報したかも判明しないが、管理人さんから捕まえてくれないかと依頼してきたのだ。
ヤモリとイモリの違いも分からぬが、とりあえずトカゲらしきものを探す。まったくもって見つからない。
「この前はでっかいスズメバチだったし、どこから入ってくるんだろ」
ロビーにスズメバチが迷い込み、管理人さんが女々しく怯えていた。巨大なスズメバチを仕方なく虫取り網で捕獲し、外に放置したのを覚えている。
「えーっと…」
ふいに盛り塩が隠された場所に目がいく。恐怖でしかないが、今は作業に集中するのだ。
ガコン。
いきなり機械が作動した音がして、扉が閉まった。
「えっ!ちょっと!」
自分は何も押していない。上階の人がボタンを押した?
どうしよう、と慌てているとみるみる階を登っていくのが分かる。画面の数字が変わっていき──エレベーターが止まった。
「ひ…」
『7階』。止まるはずのない、封鎖された場所。
扉にハマっている窓ガラスの向こうは暗闇に包まれている。黒しかない。だが異様な空気だけは痛い程に伝わってくる。
エレベーターの中でしゃがみこみ、壁ににじり寄る。もしも扉が開いたら──自分はどうなってしまうのだろう?
「わ、開かないで!」
扉がわずかに開こうとした瞬間、ヤモリがチョロリと絨毯から出てきた。「ヤモリ!いたーっ」
ユルカはホラーな7階に来てしまったよりも、目的に出会えた事に歓喜し、ソッと手を差し伸べる。
ヤモリは珍しくソロソロと手のひらに乗ってきた。
「か、可愛い…っ。ヤモリってこんな人懐っこいんだ!」
目を煌めかせていると錆び付いた音を立てながら扉が閉まり、エレベーターが勝手に下へ降りる。全く何が何だか…。
「もう迷い込んじゃダメだよ。ここ、変なエレベーターだからね」
そう言って、無事にロビーに帰還すると玄関に放してあげた。
ヤモリは一度こちらを見やり、チョロチョロと外へ歩いていく。
あの子人の言葉が分かるのかな、とユルカは関心しながらも居なくなるまで見送っていた。
寓話的な、そんな話。




