26話 〈真夜中の泡まみれ〉
深夜2時頃。ぼんやりと門限が過ぎようとしているのを頭の隅に置きながら、ロビーを眺めていた。
するとドタバタと階段を駆け下りる音がする。何事か!と身構えていると、部屋着のまま女性が転がるように現れた。
「ユルカさん!大変です!」
住民の片巣さんが慌てふためいて受付にやってくる。
「隣の部屋から泡が!泡が大量に!」
「泡?」
「と、とにかく!泡が」
深夜に泡?ユルカは呆気にとられながらも、席を立った。
「ほら、廊下中が泡まみれに!」
「わあああ〜〜っ」
片巣さんの隣の部屋から泡が溢れ出し、絨毯にこんもりと蓄積されていた。勢いは止まらずまだ泡が玄関ドアからもれている。
「隣の人は?」
「それが反応がなくて〜」
「ま、まさか!!」
猛ダッシュで階段を降りると、5階の泡を生み出す部屋の鍵を手にする。管理人としては門番だけでなく、このような非常事態も対処しなければならない。──と、管理人さんが説明していた。
「大丈夫ですか!?」鍵を開け放ち、泡に突撃する。洗濯機がある箇所から泡は出てきている。その先のリビングは明かりがついたままで、テレビの音だけで嫌な気配がした。
「大丈夫ですか?!ねえ!」
リビングに靴を脱ぐのも忘れ、ユルカはかけこんだ。
「へあ?ん?な、なに?どしたの?」
缶ビールだらけにした住民がソファに突っ伏して、寝ぼけた様子で顔を上げる。その光景にユルカはへたりこんだ。
「も〜〜~っ!びっくりしましたよ!洗濯機から泡がいっぱいでてるからっ」
「え、泡?あ、しまった〜!」
40代くらいのサラリーマンらしき男性は頭を抱えた。
「酔っ払って洗濯機回しちまって」
「はあ、弁償代は頂きますからねっ」
「え、嘘…くそー」
「三枝さん、ご無事で…ああ、良かった」
いつの間にか片巣さんがホッとした様相でリビングへあがりこんでいた。
「あ、か、片巣さん…あ、ちょっ!へ、部屋汚いし…!」
「生きていて良かったぁ!」
「あ、あはは…」
(二人とも仲良いのかな)
おっとりとした雰囲気の片巣さんが本気で身を案じているのを前に三枝さんはどこか満更でもさなそうに、頭をかいている。
(とりあえず生きてて良かったー。死んでるのかと…)
こちらも脱力したまま、一大事にならなくて安堵する。
絨毯のクリーニングを呼ばなければならないが、部屋に死体があるよりは良いだろう。
「管理人さんを呼びますので」
「あのぅ弁償代、まけてくださいよ…」
「しません!もう!廊下の泡を片付けるのは私なんですから!」
まだ泡まみれになってるのは遭遇したことないです。




