24話〈半年の捨て子〉
ユルカは慣れた動作で防犯ブザーが作動するのを停止する。
何回か閉鎖されたはずの7階から非常ブザーやら電話やら異常な『怪奇現象』が起きる。それを口外しないのがユルカの仕事。7階は今日も元気だ。
深夜2時も関わらず、ラジオからにべもない会話が流れているのを聴きながら、夜中にしては風が強く、玄関のガラスが音を立てているのを眺めていた。
(ガラス割れないといいけど)
ぼんやりしていると、6階から電話がかかってきた。
「もしもし?」
「あのー、また例の子が迷い込んでて…」
住人がやる気のなさそうに言う。
「迎えにきてくれる?」
「はい。分かりました」
6階に行くと、金髪の子供が佇んでいた。地毛ではなくカラーリングされた、ギャルママの子といったところか。
「それがさぁ、また来ちゃって。お母さんはいないって何回も説明するんだけど」
細身の男性が脱力した様相でユルカに言う。
「お母さんと俺たちはここに住んでたんだよ!」
「あー、ほら、君。夜中だから…ロビーに行こうか。連絡ありがとうございます。すいません」
「いやいや。こちらこそ毎回すいませんねー」
住人はそういうとドアを閉めた。見た目は怪しいが真っ当な人で、迷子がやってきてもこうして我慢強くユルカを呼ぶだけである。
「君、いつもどうやってここにくるの?」
半年に一回、彼はマンションへやってくる。この部屋に。丑三つ時に。
「どうやって、て、歩いてだよ!あんたら母さんと顔見知りだろ?!」
「い、いやぁ…私は会った事ないんだ。そうかあ、じゃあ」
彼は毎年──半年経つのに同じ服で、成長すらしない。ユルカはこの少年は生きていないのかと疑い、罪悪感を覚えていた。
きっと母はこの街にいない。
「妹がスーパーで待ってるから、早くお母さんに会いたいんだけど」
妹もこの世にいない。
「管理人さんに聞いてみようか」
ユルカはいつも同じ嘘をつく。
管理人さんは少年に何かを告げる。すると彼は泣きながらマンションを去っていった。この風が強い真夜中に。
去年の焼き回しを目にして居るみたいで、気味が悪い。しかしきっと来年も少年はやってくる。
「管理人さん。あの子、どうすればいいんでしょうね」
「うーん。どうにもならないな。…仕方ないんだよ…ああいう、悲しい子供はずっと母親を求めてやってくる。しつこいんだ。子供ってのは」
仕方ないんだ。
それだけ呟いて、管理室へ戻っていった。
母親がどうなっているか、など詮索するつもりはない。だが少年と妹が早く楽になれれば良い、と願うばかりであった。




