16話 〈鏡の不思議〉
ユルカは深夜2時を小休憩の目安に自動販売機で買ったカフェオレを飲んでいた。ラジオからざらついた深夜番組が流れてきて、何やら音楽が鳴っている。
「──都市伝説特集や心霊番組、最近ほとんどやらなくなりましたよねえ。あれ、僕めちゃ好きだったんですよ」
「あー、あのノスタルダムスの予言?の時代は流行りましたよね。口裂け女とかも古いけど、ああいうのって、ブームがあるんですかねー」
何やら二人がそんな話をしている。
(ノスタルダムスの予言?聞いた事ないなあ)
記憶喪失のせいで世間一般の話題すら分からない。ノスタルダムスとは何なのだろう。
「僕の学校には鏡に向かって、あ、4時44分だったっけなぁ?その時間におまじないをすると願いが叶う、というのがあったんですよ」
(鏡…)
ユルカは鏡という言葉に不思議とざわめきを覚えた。
「こんばんは。ユルカさん」
謎めいた生活習慣の藍田さんがロビーから受け付けにやって来る。サラサラの長髪を束ね、赤いメガネをかけている。行動力の塊の如し人だった。
「こんばんは〜。眠くないんですか?」
「私、暇人なんで」
「は、はぁ」
「まー、親の七光りで生活してるスネかじりですから」
「まあまあ、そんな」
彼女は曖昧に笑うと、少し影を落とした。
「親は悪徳商法でバカ儲けしてますし。口出ししてくる私なんて遠くにやりたいんでしょうね」
「皆さんって色んな事情があるんですね…」
浮世離れした雰囲気を纏っている彼女の内情を知り、複雑な気持ちになる。しかし藍田さんはあまり気にしていないようだった。
「ユルカさんの記憶喪失も相当辛いと思いますよー?」
こちらを見透かしたように励まされ、歯がゆくなった。
「最近思い出した事とかある?住所とか」
「鏡…ですかね。なんか、こう、引っかかって。違和感というか?」
うーむ、と鏡について連想してみるもあれっきりざわめきはなくなっていた。気のせいだったのかもしれない。
「鏡…。そういえばこのマンション、姿見があまりないわね。というかロビーのトイレにも鏡がないし」
「確かに。管理室にもないです」
「これは!七不思議の予感ね!」
目を煌めかせて彼女は言い放つ。
「な、七不思議?」
「学校とかでよくある7つの怪談話みたいなやつよ。このマンションの七不思議、それは鏡。メモっておかないと」
(七不思議?…うーん、じゃあ他に6個あるって事?)
藍田さんはウキウキした様子で階段へ向かっていった。が、足を止めこちらへ振り向く。
「ユルカさん!明日、鏡を探しすぞ!」
「え、藍田さん?!」
引き止める間もなく彼女は去っていった。ユルカは焦りながらも脱力する。あの人の行動力を存じているなら、管理人さんも了承するだろうか。
久しぶりに更新しました。




