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13話 〈ユルカの恐怖の夜勤勤務〉

 ユルカは午前三時半。門限の時間になり、学校でお馴染みの大型門扉を閉める。するとアスファルトが薄らと赤色になった気がした。

 光源はどこだろう?

 キョロキョロと探しているとかの7階が赤く光っている。

 というより塞がれたはずの窓から鮮烈な赤い光が漏れ出ている。


「え?!」

 いつもの異常事態発生だろうか?しかし──脳裏にあの不思議なマダムの言葉が蘇る。

「で、でもなぁ。あれ、ホントなのかなぁ…」

 にわかに信じ難い内容でユルカも半信半疑である。とりあえず、管理人に──と思考を移した瞬間、視界の隅にるるみがいた。


「わっ!」

「…。お姉ちゃんもあれが見えるの?」

「るるみちゃん?…あれ、てあの」

 頷いて7階の光を見上げた。

「約束したの。るるみ、ある人ととね。このマンションを『閉じ込める』って…」

 無表情で彼女は言う。あの人、とはマダムを指しているのだろうか。


「お姉ちゃんは覚えてないの?」

「…え、えー?そうだっけ?」

 そうだったかもしれない。記憶喪失になるきっかけがそれだった?


(わ、分からない…)


「ならお願い。手伝ってほしいんだ。あのおばあさんが言っていた通り、何も手を出してはいけない」

「る、るるみちゃんは何者なの?」

「…秘密」

「そ、そう」有無を言せぬ気迫に戸惑う。その間にもマンションから様々な警報音が鳴っている。…マダムによれば止めてはいけないのだ。


「おぉーし!やるぞ!」

 ユルカは半ばヤケクソに管理室へ走っていった。




「ああ、ユルカちゃん。これ、かたっぱしから止めないと!」

 管理者に行くと、管理人さんが慌てふためいていた。


「ダメです!何もいじらないでっ」

「何で!?」

「分からないです!でも止めたら大変になってしまうんです!」

「い、いや!だって!」

 それは分からなくもない。全ての分野で異常を知らせる警報機が総出で作動しているのだから。

「管理人さんは休んでてください。私がなんとかします」

「いやいや、できないよ」

「夜勤担当は私ですからっ」

 無理やり管理室から押し出すも彼は振り返りながら拒絶する。

「何があったんだ?ユルカちゃん、今まで…」

「この前、不思議なおばあさんに言われたんです」


 ──明日、7階が赤く光るわ。それは力の強い霊能力者が仕掛けてくれた大切な鎮めの儀式なの。多分、色んな装置が誤作動を起こす。だからと言ってブレーカーを落としちゃだめよ。


「霊能力者??な、何を言ってるんだ??」

「これは鎮めの儀式だって」

「儀式だなんて!頭がおかしくなったの!?!」

「いや、ホント私も訳分からないんですけど!やらなきゃ──」


 説得中にいきなり管理人が突き飛ばしてきた。いつもの柔和で気弱そうな顔では無い。

 恐怖と怒りを混じらせた、別人だった。


「管理人…さん?」

「絶対にさせない。お、俺はもうこりごりなんだ」

 そう呟いた途端、首を絞めようとのしかかってきた。

「止めてください!どうしたんですか!?」

「お前は!()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「ちょ、管理人さん!」

 このままでは絞殺される。必死に抵抗していると、管理人の視線がハッとユルカより向こうを見た。

「ピッ…な、なんで…」

「おじさん。警察ごっこしよう」

「あ、あ…」

 るるみに対して並々ならぬ恐怖心を持っている。それだけは理解した。

「クソッ!消えろ!クソガキ!!」

「るるみちゃん!」

 反射的にるるみへ危害を加えようとした中年男の股間を蹴り上げた。不意打ちの急所攻撃に悲鳴をあげ、彼は蹲る。


「早く管理室に行こう!」

 少女を抱き上げ、片っ端から鍵をしめる。管理人が何か喚いていたが、エレベーターが独りでにドアを開き、暗闇から血の線が伸びてきた。彼はそれに気づいない。


(何なの、あれ…)


 それは管理人へたどり着くと、見えない『何か』が問答無用で引きずり込んでいく。

「か、管理人さん…」

 彼は下へ落ちたのか。鈍い音がしてドアが閉まった。


(な、何?普通じゃない…悪夢?悪夢の中にいるの?)


 汗だくになりながら、ユルカはるるみを見やる。先程引っ掻かれたのか顔に傷がついていた。

「どうしよう。警察に…それとも、救急車?ど、どうしよう…!」

「お姉ちゃん。4時まで我慢して」

「4時?」

「うん。そうしたら何も無かった事になるから」

「どういう意味?」

 視線がして、異変を察知する。数人の住居者がロビーへ降りてきていた。しかし皆、死者のようで現実感がない。


「はっ…!」

 声をあげそうになり口を噤んだ。彼らは一様に血を流し、または死の痕跡を残している。

 様々な容態になった住人たちが管理室の窓ガラスや扉を叩く。皆、虚ろな目で何かを喋っていた。

 何だ?

「助けて…誰か…!」ユルカはるるみを抱きしめ、壁を背に蹲る。


(もうだめ、助からないかも)


 赤い光とタールに似た液体がロビーを満たしていく。見知った人々が盛んに何かを訴えている──


(早く、4時になって)


 時計の秒針が三時五十九分から四時に移り変わる。

 ──カチッ。

 小さな音と共に、蛍光灯が復活した。そして赤い光や死人の如し住人たちが消え失せ、いつもの気だるいロビーに変貌する。有り得ない。しかし浅い呼吸や痛みは残っている。


「よ、良かった…終わった…?」

「…お姉ちゃん。ありがとう」

 管理人にぶたれた頬を少女がさすってくれる。

「無理言ってごめんね」

「大丈夫だよ。それよりも」

 絆創膏を、と目を離した隙にるるみは姿を消していた。腕の中に居たはずなのに。


(…不思議な夜だった)


 長い息を吐くと脱力して、天井を仰ぐ。緊張の連続でヘトヘトだった。


(このマンション。もしかしたら普通じゃないんじゃ…)





 ──悪夢だったのだろう。そう、悪夢だった。


 あれからユルカは幻のような時間に理由をつけるために、何事も無かったかの如く過ごす管理人の背中を見て、息をなでおろす。

 悪夢が終わって数日が経ったがるるみもマダムも現れなかった。住人たちも健康そうで挨拶してくる。

 幻覚でも見たのだ。ユルカはそう決めつけ、安堵する。


(はー、平和って良いなあ。夜勤勤務、ちょっと怖くなっちゃったけど…)

管理人さんの顔が思いつきません…。

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