14話 〈台風の夜〉
深夜2時から3時まで、何回か閉鎖されたはずの7階から非常ブザーやら電話やら異常な『怪奇現象』が起きる。それを口外しないのが夜勤勤務・ユルカの仕事だ。
今夜は──ロビーは静かなもので、外から風の唸る音がする。台風が来ているため玄関口の扉は閉めていたが、雨の匂いもする。
(玄関口、施錠してもいいかな?風でガラスが割れちゃうと嫌だし)
そんな時非常ブザーが鳴った。ふと何階か確かめ、あ、と声を上げた。
4階である。
7階の他に、たまに4階でブザーを押される事態が起きる。それは決まって草木も眠る丑三つ時であった。
台風で何か非常事態が起きたのかもしれない。
「よし、向かうか!」
席を立ち、懐中電灯を手に階段を登る。すると階を上がるにつれ、ワーギャーと騒ぐ声がした。
住人の藍田さんと日焼けしたボーイッシュな少女が口論している。昼ならまだしも深夜だ。
近所迷惑になってしまう。早めに収束させなければ。
「こんばんは〜!藍田さん」
藍田さんは職業不詳の三十代くらいの女性で、夜中にロビーでくつろいだりしているのを見かける。ショートスリーパーか夜型人間のようだ。
「ユルカちゃん。またこの子が自殺しようとしてた!」
中学生くらいのこの子の腕をがっしりと掴み、ユルカに言う。
「あ、えーと、何回か会いましたよね。前は逃げちゃって…でも今台風──」
「そうそう。また非常口から飛び降りようとしてたの」
「離してよ!いつも何なの?!見張ってるんでしょ!」
少女はジタバタと逃れようとして必死だった。
「と、とりあえず私がお話を聞くので、藍田さんはゆっくりなさってください」
「ありがとう。もう、びっくりするんだからぁー」
文句タラタラの様子で自殺願望者は仕方なく、と言った感じでユルカに従う。ロビーに連れていき、自動販売機からジュースを取り出した。少女はふかふかのソファの座り心地に気を許したのか逃げはしない。
「はい。オレンジジュース」
「…ありがとう」
「私はこのマンションの夜勤勤務担当のユルカ」
すると彼女は戸惑いをひた隠しにしつつ、口を開いた。
「警備員さんじゃないの?このマンションって廃墟でしょ?」
「…え?」
ユルカは不意の言葉に固まった。
「廃墟?まだやってるよ。さっき住人さんがいたでしょ?」
「…嘘だ。だってヒアアフターは不法侵入者が変死して十年前、立ち入り禁止になったもん。知ってる」
「いやいや…立ち入り禁止って」
半笑いになるが、少女の神妙さに変な説得力がある。(この前の、あの怖い体験は…)
「ま、いいや!…私もこれから死ぬんだし。幽霊が見えたって怖くないや」
「なぁっ!幽霊じゃないよっ!」
「はあ、私の苗字は多摩折。それしか言わない」
「よろしくね」
「…うん。やっぱり幽霊なんだ」
「え?」
多摩折と名乗った子供は複雑な笑顔をみせた。
「今はすごく有名な苗字なのに知らないなんて、さ」
多摩折という子の父親が勤めている会社が、大事故を起こしてしまった。それはエレベーターの整備不備による死亡事件であった。
有名なデパートのエレベーターの事故。当時、乗っていた多くの人たちがいきなり地下まで叩きつけられ、死んでしまったのだ。
悲惨な事故。世間は悲しみ、様々な反応を見せたが──マスコミなどによりその会社のずさんな整備や管理が明るみになり大荒れになった。
その際、会見で謝ったのが多摩折の父親である。
「私のお父さんは会社の社長じゃない。ただ、説明や謝罪を担当した会社員だった。なのに近所や学校で、家族や私の事を避けるようになって…」
「そっか…」
「だから、…もう限界で。死んじゃいたいって気持ちになったんだ」
涙ぐみながら、彼女は非常口から身を投げようとしたのを明かしてくれた。4階の非常口は腐食して階段がなくなっているのを確認したのだという。
(後で見てこなきゃなぁ。非常口には無頓智だし…)
「今はとにかく、のんびり過ごそう。このソファ座り心地最高でしょ?寝っ転がってもいいよ」
「ありがと…」
そうこうしていると、管理人さんが管理室からやってきた。この風雨の中、ご両親が迎えに来てくれたらしい。
「藍田さんがね。前に学生手帳を拾ってたらしくて、電話しちゃったみたいで」
「あはは…あの人、めっさ行動力ありますね…」
苦笑しながらも、両親が玄関口にやって来たのをみやる。三人で何やら明るく話している。
(良かった…)
すると一人駆け寄ってくるなり、お辞儀してきた。
「ユルカさん。私、もう大丈夫みたい。話し相手になってくれてありがとうございます。すごく安心しました」
「良かった。元気でね」
「うん。またね」
そう言うと彼女は手を振って、家族の元へ走っていった。
(私にも家族がいるのかな。今、どうしてるかな…早く記憶喪失が治りますように)
王道パターンが一番おちつく。
そして気づいたのがマンションって部屋を買うんですよね…1話目の人どうなってんだろ。




