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9. 祝福

 

 とある国に一人の少女が生まれました。少女は特別な才能を持って生まれ、カナリア姫と呼ばれます。そして前世の知識も持ち合わせていたのです。


「納豆ご飯が食べたいわ」


「納豆ご飯とは何でしょう、ルナミナ」


「レオナルド様。それはダイズで出来た発酵させた食品ですわ。温かいお米に載せて食べるのです」


「発酵…… どのように発酵させるのでしょう」


「ワラを使うって聞いた事があります」


 レオナルドは上手く想像出来ませんが、かなり変わった食品のようです。発酵と言うことは匂いもするのでしょうか。


「そのような食品は聞いた事が有りませんが、調べてみますね」


「ううん、良いの。私の細やかな願望で、叶うことの無い望みだと知っているの」


 悲しげに俯くルナミナです。各国の書物を調べればきっと手がかりが掴める。レオナルドはそう考えていました。


 今二人がいるのはルナミナの暮らす塔から程近い場所に建てられたガゼボの中です。何もなかったこの場所に、ミシェルド伯爵の許可を得て、レオナルドが建てたのです。

 二人で昼食やお茶をする為です。


 ルナミナは時折変わった食べ物を求めます。飴を使って雲のように集めた綿菓子。茶色くソースを絡めた麺、ヤキソーバ。どれも聞いたことの無い料理で、ルナミナの妄想かと思われました。


 けれどある日ルナミナは、生クリームの載ったパンケーキが食べたいと主張したのです。生クリームとは?ルナミナによると牛乳のうんと濃いやつだそうです。


 無駄だと思いつつもレオナルドは牧場に赴き、牛乳の濃いやつを求めたのです。牧場の主に牛乳の濃い部分を求めました。すると早朝の絞りたての物に、濃い部分があると言われました。


 沢山絞ったその上澄みを集めると、こってりしたものが取れました。ルナミナに聞いたように砂糖を混ぜ、丁寧に混ぜるとそれは固まってきました。驚きです。


 ルナミナはそれを薄く焼いたケーキの生地に、たっぷり載せてフルーツソースを掛けると、今まで味わったことの無い菓子が出来ました。ルナミナにこれを提供するととても喜びました。


 生クリームはお菓子だけでなく、料理にも使ったり幅広く使えました。王宮では生クリームを使った料理が流行り、王や王妃それに妹も喜びました。


 納豆もきっと実際に作れると考えました。早速彼はこの料理を開発するように、料理長に命じました。豆とワラを使った発酵食品。ヒントはこれだけです。


「ルナミナが食べたい食品だ。彼女の誕生日までに用意しろ」


 王宮の料理人は一生懸命考えました。発酵させるには一旦豆を煮込まなければ。そのままワラに包むのは衛生上良くないので、ワラも熱湯に通しました。そうして豆を包めば発酵しました。けれども問題が。


「料理長、この豆腐っています。糸を引いちゃっていますもん」


 チーズやヨーグルトの発酵食品があります。けれども糸を引くのは、失敗作だと考えたのです。何度繰り返しても糸を引きます。そこで料理長は思いきって食べてみる事にしました。


 塩を少しふりかけ混ぜると、ますます粘りけが出ます。震える手でスプーンを口に運びました。するとどうでしょう。多少の匂いが気になるものの、それほど不味いものではありません。


 王子の指示通りに米に載せて味わえるように、少量のスープに塩で味を足した物を加え、何度も試作しました。納得のいく出来になった頃には、料理長はすっかり納豆にはまっていました。


 ルナミナの誕生日の夜は家族でお祝いしたので、翌日にルナミナはお城に招かれました。そこには大きな箱にリボンが掛かっています。


「まあ、あれは何かしら」


「貴女へのプレゼントです。気に入って貰えると思っています」


 ドレスやアクセサリーを好まない、ルナミナのプレゼント選びは大変です。ルナミナがリボンをほどくと、箱が開けて中身が現れました。


「ああっ!これはクマリン!」


 目付きの悪い、サングラスを掛けた月ノ輪熊です。ふてぶてしいフォルムは確かにクマリンです。


「嬉しいわ。こんなに大きなクマリンが…… なんて素敵なの」


 その場にいた使用人と護衛騎士は、何とも言えない気分でそれを眺めます。ディフォルメと言う概念がない世界で、このぬいぐるみが熊だと気づく人は少ないでしょう。

 しかもクマリンは目付きが悪く、一般の可愛いとは異なります。


「まあ、斬新なデザインですわルナミナ様」


「これ、熊なの?」


 王子の従姉妹のクレスティアと、妹のマリエルも呼ばれました。既に何度か面識があるので打ち解けています。


 ひとしきりお喋りの後は、食事会へと進みます。前菜からスープ、魚料理と進みます。メインの料理と共に王子とルナミナの前にだけ蓋のついた皿が並べられました。


「あら、これは何ですか?こっちの二人には無いみたいですけど」


「こちらは癖の強い料理だから、食べなれない人にはきついかと思ってね」


 何故そんなものを?と疑問に思いましたが、メイドが蓋を開けるとルナミナは驚きの表情を浮かべます。


「ああっ、これは納豆ご飯!」


 驚いて立ち上がります。大声を上げて食事中に立ち上がるなど、貴族にはあり得ない行為です。でも幸いにもここは気心の知れた人しかいません。


 平たい皿にドーム型に盛られた白い米。その上には茶色く粘りけを帯びた大豆。更に生姜の千切りとネギが掛かっています。なんと素晴らしい出来映えでしょう。


「嬉しいわ、頂いても良いのかしら」


「どうぞ。ルナミナの好みの味に、仕上がっていれば良いのですが」


 全員が注目する中、ルナミナはご飯をかき混ぜます。ネチャネチャと音をたてて糸を引く食べ物に、同席した姉妹は引いています。ぱくり、そんな気味の悪い食品を、ルナミナは躊躇う事なく食べました。


「美味しい!少し変わった味付けだけど、私が求めていたものはこれよ!」


 そんな様子を見ていた王子もスプーンを取ります。王子はかき混ぜずに食べました。


「うん、変わった味だね」


 クレスティアとマリエルの姉妹は、笑顔を浮かべて食べるレオナルドを、信じられないものをみる目付きで眺めます。


 姉妹はこの従兄弟が冷血王子と呼ばれているのを知っています。夜会等でアタックしては絶対零度の塩対応で、くだけ散った姫ぎみを何人も見ていました。それがどうでしょう。


 糸を引く料理を笑顔で食べています。ルナミナは少し変な子なので、美味しいと食べていても違和感が有りませんが、レオナルドは気に入らないものは、徹底的に排除するのです。


「はあ、美味しかった。でもほんのちょっぴりなのが残念ですわ」


 コース料理なので一品は少量です。


「城に遊びに来れば何時でも作らせましょう。前もってにお知らせを貰えば、私が居なくても用意してくれるでしょう」


「本当に?嬉しい。大好き」


「えっ!」


 レオナルドはみる間に顔が赤く染まります。それを見てルナミナはしまった、と思いました。


「待って今のは━━━━ 」


「私も大好きです。愛していますよ」


 今度はルナミナが真っ赤になります。これだから王子様は。サラッとこんな台詞を吐くとか、嘘臭いです。その様子を見ていた姉妹は、すっかり呆れてしまいました。


 同時にちょっぴり羨ましく思うのでした。



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