10. 隣国
カナリア姫が十三歳になる頃、姫に接近を目論む人物がいました。寺院に遊びに来ていた時の事です。
「こんにちは、姫君。僕とお話してくれる?」
「え、嫌です」
笑顔の青年にノータイムで断るルナミナ。ルナミナは取り敢えずNOと言える子なのです。
「ひどいなあ。僕はこう見えて隣国の王子なんだよ」
なんとなく予想はしていました。下町には似合わない豪華な服装、遠巻きに見ている護衛らしき人。胡散臭い笑みは以前のレオナルドの様です。
「君はあのレオナルドと婚約しているんだろう。どうやって口説いたんだい」
「心外です。私は王子様を口説いたりしません」
「ではレオナルドが君を口説いたとでも」
「勿論です」
予想外の答えにミハエル・ブリジットは驚きます。人嫌いで皮肉屋で冷血漢。彼の学園での女生徒の扱いは酷いものでした。決まったお相手のいない彼に、なんとか取り入ろうとする女の子たち。玉砕して泣いた話は数知れず。
そんなレオナルドがこの色気の欠片もない、小娘を口説いたのだと。改めて見ると子供らしいかわいさはあります。しかし山も谷もない体型、聞いている年齢よりも幼さを感じさせる容姿。学園には魅力的な女の子が沢山いました。
教師でさえ彼を煙たがって近寄らなかったのに、こんな娘に夢中とは考えにくいものです。となるとやはり政治的な対策でしょうか。カナリア姫がいることでの国益。諸外国に流失してしまわない為の措置だと。
「可哀想に、君は騙されているんだ。レオナルドは冷徹な男だ。国益の為にそんな冷血漢と結婚させられるとはね」
「やっぱりレオナルド様は私を好きではないのかしら」
「君は彼を知らないんだ。彼は合理主義さ。カナリア姫と婚約することで、この国は利益を得る。君をこの国に繋ぎ止める為に、結婚相手に据えるとはね」
ルナミナは考えます。この流れは婚約破棄があるのでは?と。今は攻略が上手く行ってて、でもルナミナが十六歳になる前にヒロインが現れる。断罪される。
「わ、私死ぬのかしら」
「君は婚約を止めたいと思っているのかい」
「私は王子様に釣り合う人間じゃあないわ。ひっそり暮らしたいの」
予想外の答にミハエルは考え込みます。互いが思いあっての婚約ではなかった。嫌なら彼女を救ってあげたい。
「婚約を解消する手助けをしてあげようか。僕と婚約すると言えばいい。僕はまだ婚約者がいないし、レオナルドと同等の立場だからね」
「え、嫌です」
王子様から逃れるのに別の王子様と婚約したら、結局同じではないか。でも外国だから断罪は無し?ルナミナの頭の中は混乱します。
「実際に婚約するわけではないよ。そうだ、僕の国に君を招待するよ。君の歌声を僕の国民に聞かせてくれよ」
ルナミナは乗り気ではありませんが、ミハエルは勝手に色々な手配を進め始めました。なんだかんだで押しに弱いルナミナは、彼の国に招待される事が決まっていました。
レオナルドには内緒にするように言われました。翌日にはミッシェルド家に連絡が入り、旅の荷物が詰められます。着替えとルナミナ自身さえあれば十分とのこと。
ミッシェルド家も他国の王子に強く出られませんでした。嫁入り前の娘を一人外国に出す等と。それでもお話をしてから僅か三日後には、馬車に揺られています。
ルナミナの頭の中にあのBGMが流れます。晴れた日に仔牛が連れていかれるあれ。もの悲しいメロディを口ずさむのです。
「まあ姫様ご機嫌ですね」
ずっと面倒をみてくれている侍女が、的外れな意見を述べます。日本語の意味は侍女には解らないですから。お隣は陸続きなので、苦もなくたどり着きます。
「ふぉおおお。素敵です」
王都は白っぽい大きな建物が並びます。水色や赤茶けた屋根。ルナミナの住む国とは違った風情を見せます。外国に観光旅行なんて、きっと初めてなのです。
以前のルナミナは二次元をこよなく愛し、東京の湾岸地区にあるイベントを、楽しみに生きていた女の子です。外国に行くなんて勿体ないと思ってました。
「ヨーロッパの立派な街並みだわ」
ルナミナの国も立派なのですが、見慣れた風景とは違います。地続きなのでそんなに違わないと思っていたので。
「ヨーロッパとは何ですか?」
「あっ、えっとイルローシカ大陸の立派な街並みだなと」
ついつい前世の記憶と混同してしまいます。ルナミナの認識では似たようなものです。
あっという間にお城まで運ばれ、客室に通されました。
「カナリア姫、お疲れでしょう。今日は部屋に食事を運ばせるので、明日は僕の父上と母上にあって下さい」
ミハエルは王子様らしくルナミナの手を取って、挨拶をして立ち去りました。王子様の家族は王様です。
「まあ大変。他所の王様に会うんですって」
「左様でございましょう。国賓として招かれたのです。私はお嬢様を誇らしく思いますよ」
ルナミナは自国の王にも一回会っています。偉い人とか緊張します。
それにしても、と部屋を見回します。ベットのある主寝室は二十畳ほど、続きのリビングが一回り小さめで、侍女の待機する部屋もあります。当然風呂、トイレつきです。
お金持ちめ━━━━ ルナミナは思います。ルナミナは塔で暮らしているので、八畳ほどの部屋です。お風呂は一階まで降りないといけません。一戸建てみたいなものと考えると、十分に贅沢な住まいですが、豪華なインテリアに尻込みます。
「お姫様みたいだわ」
「まあ、お嬢様はカナリア姫と呼ばれています。ですからお嬢様も姫ですよ」
それはあだ名みたいなものですが。沢山の侍女がやって来て、食事を用意してくれたり、風呂を準備してくれました。湯あみを手伝うと言われましたが、丁寧にお断りしました。お風呂は一人で入ります。
こんなに豪華だと緊張して眠れないわ。とか言っているうちにあっさり眠りに落ちるルナミナでした。
「うう、睡眠大魔王が」
「おはようございます、お嬢様。国王陛下が朝食をご一緒したいそうですよ」
「ええ、そんなの聞いていないわ」
「さあさ、早く着替えて下さいな。お寝坊さんは笑われますよ」
着替えも一人でするルナミナです。ルナミナの侍女は家政婦みたいなものなので。部屋に迎えに来たミハエルにエスコートされ、王様一家と出会いました。国王、女王に二人の兄、と勢揃いです。流石にルナミナも緊張して、朝食の時の事は覚えていませんでした。
「カナリア姫はユニークだね。不思議な物語を熱く語るから、皆が呆然としていたよ」
しまった、と思うルナミナです。つい何時もの癖で好きなアニメの話をしていたみたいです。レオナルドは何時でも笑って聞いてくれるので。
どうやらお昼を食べた後、ルナミナは歌うみたいです。娯楽室に楽団を招いてあるので、そちらに向かうように言われました。空き時間を軽く練習に当てる為です。
「カナリア姫の歌声は、素晴らしいものと聞き及びますが、是非とも私共の練習にお付き合い下さい」
ダンディーな紳士、楽団の団長で指揮者のエルヴォスが挨拶をします。こんな小娘に気を使ってもらい、逆に恐縮するルナミナです。
手始めに一番歌われるタイトル、『神との対話、小鳥の囁き』です。楽団の演奏に併せ歌います。大勢の楽器に併せるのは緊張しますが、小鳥になった気分で歌います。
一曲めの演奏が終わると楽団員から拍手を貰いました。
「素晴らしいですな。透き通った伸びやかな声だ」
「ずっと聞いていたい声だわ」
ルナミナは嬉しくなりました。
昼の休憩も終わり一息入れた後、王族の見守る中歌います。娯楽室は音響も良く、三曲ほど歌い上げました。
「素晴らしい歌声だ。私からもリクエストしていいかな」
突然第一王子が声をあげます。予想外の出来事に一瞬ざわつきます。
「ル・カンフォーリザの嘆きを聞かせてくれ。有名な歌だから知っているよな?」
なんと言う事でしょう。実はこの国はルナミナの国とは少し、言語が違います。ルナミナに気を使って、ルナミナに分かる言葉で皆は話してくれていました。
学園では習う歌ですがルナミナは家庭教師のみ、音楽は専門の先生で一般的な歌はあまり習いません。
この国の歴史を語る上で欠かせない楽曲。この王子様は意地悪な笑顔を浮かべていました。
「待って下さい兄上。彼女は学園には通っていません。無理を言っては困ります」
「ミハエル、お前は妻に求める娘が、この国の歴史を知らないと?歌うだけなら鳥でも出来るのに」
ミハエルは自分の失態を悔やみます。ついルナミナを婚約者候補だと話してしまったのです。
ルナミナは窮地に立たされました。




