旅立ち②
セネトが。
ミリアへ振り返る。
「そんなわけで」
「留守中は頼むね」
「ええ」
ミリアが頷く。
「早く戻ってこられるように、こちらでも取り計らっておきます」
「あ、それと」
セネトが。
ゴソゴソと懐を探る。
「もしもの時は、これを開けてね」
取り出したのは。
便箋のようなものだった。
「畏まりました」
ミリアが受け取る。
ビリッ!
ガサガサ。
「間髪すら入れない〜」
セネトが。
ゲラゲラと笑う。
「今がもしもの時ですから」
ミリアが。
便箋へ視線を落とす。
「…………」
ジー……。
「セネトさん」
「これ、本気ですか?」
「うん」
セネトが。
あっさり頷く。
「それが一番、波風立たないと思うからね」
「いえ……」
ミリアが。
僅かに眉を寄せる。
「反発は起こるでしょう、これは……」
「そういう時は、こう言えばいいよ」
セネトが。
ミリアの耳元で。
ゴニョゴニョ。
「…………」
ミリアが。
しばらく考える。
「あー……」
「それは確かに……」
「文句は無くなるでしょうね」
「でしょ?」
「ちょっとー!」
チャミナが。
二人の間へ割り込む。
「何の手紙なんですか、それはー!」
「……」
ミリアが。
チャミナを見る。
「今は知らない方が良いですよ」
「特に、貴方は」
「えっ」
チャミナの顔が引きつる。
「なんですか、それ……」
「怖いな」
ト……。
マァ……。
「……ん?」
チャミナが。
周囲を見回す。
「なんか呼ばれてるような……」
ネト……。
マァ……。
「セネト様ーー!!!」
「……!」
ズドォォォォ!!!
「ノペティナゥ!」
何かが。
セネトへ突っ込んだ。
「うわぁぁぁぁ!?」
セネトが。
その場へ押し倒される。
「なんか見覚えある光景!」
チャミナが叫ぶ。
そこにいたのは。
十五歳程度の少女。
派手な髪色をした少女が。
セネトを押し倒したまま。
涙目で叫んでいた。
「セネト様!」
「国外追放されるって本当ですか!?」
「ええっと……」
セネトが。
少女の顔を覗き込む。
「君は……アイリーンだっけ?」
「はい!」
少女の顔が。
ぱっと明るくなる。
「覚えていてくれたんですね!」
「十年ぶりくらいだっけー?」
セネトが。
少女の頭を眺める。
「大きくなったねぇ」
「そんな親戚の叔父さんみたいに言わんでも」
「…………」
チャミナが。
二人を見つめる。
(誰……?)
「あ!」
アイリーンが。
ようやくチャミナへ気付いた。
「ギルドメンバーの方ですね!」
少女が立ち上がる。
そして。
スカートの裾を摘まみ。
優雅に一礼する。
「申し遅れましたわ」
「ワタクシは――」
「アイリーン・アドルベルグ」
そして。
胸を張って。
「セネト様の婚約者ですわ」
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「…………」
沈黙。
「…………」
さらに沈黙。
「…………」
ミリアの笑顔が。
ほんの僅かに。
引きつった。
「……婚約者?」
「はい!」
アイリーンが。
満面の笑みで頷く。
「十年前にセネト様に救っていただいた時に、結婚すると約束しましたの!」
「……十年前」
ミリアが。
静かに呟く。
「ええ!」
「セネトさん」
「はい?」
「そういう話、初めて聞きましたが?」
「オレも今思い出した」
「…………」
ミリアの笑顔が。
さらに僅かに固まる。
「セネト様は忘れていたようですけれど!」
「覚えてる覚えてる」
「本当ですの?」
「たぶん」
「たぶん!?」
アイリーンが。
頬を膨らませる。
「十年間、ワタクシはずっと約束を守ってきたというのに!」
「十年……」
ミリアが。
ぽつりと呟く。
「私より長い……」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
ミリアが。
すっと顔を戻す。
「それで」
その声だけ。
ほんの少し低かった。
「アイリーン王女殿下は、どうしてこちらへ?」
「もちろん!」
アイリーンが。
セネトへ向き直る。
「セネト様について参りますわ!」
「え?」
「国外へ向かわれるのでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
「でしたらワタクシも同行します!」
「危ないよ?」
「承知しております」
アイリーンが。
胸を張る。
「そのために十年間、鍛えてきたのですもの!」
「十年間?」
「はい!」
「拳闘を中心に、魔術も少々」
アイリーンが。
腰の辺りで拳を握る。
「冒険者としての登録も済ませておりますわ!」
「えっ」
チャミナが。
思わず声を上げる。
「王女様が!?」
「王女だからこそですわ」
アイリーンが。
誇らしげに微笑む。
「ワタクシには兄が三人、姉が二人おりますもの」
「王位継承権も第六位ですから」
「王座には興味ありませんわ」
「ですから」
アイリーンが。
セネトを見る。
「ワタクシが自分の人生をどう生きるかは、自分で決められますの」
「…………」
セネトが。
少しだけ目を細める。
「そっか」
「それに」
アイリーンが。
懐から一枚の書状を取り出した。
「父上からの許可も頂いておりますわ」
「準備よすぎない?」
「当然ですわ!」
ビシッ!
アイリーンが。
書状を掲げる。
「セネト様についていくためならば!」
「行動は迅速に、ですわ!」
「うーん……」
セネトが。
頭を掻く。
「でもなぁ」
「駄目ですか?」
「いや……」
セネトが。
ミリアを見る。
「ミリアはどう思う?」
「…………」
「ミリア?」
「問題ありません」
即答。
「そう?」
「はい」
ミリアが。
にっこりと微笑む。
「王女殿下が正式な許可を得ているのであれば、こちらから拒む理由もありません」
「ただし」
ミリアが。
アイリーンへ視線を向ける。
「セネトさんの旅は、決して安全なものではありません」
「国外の☆5メンバーを訪ねるのでしょう?」
「はい」
「でしたら、その程度は覚悟しておりますわ」
アイリーンが。
迷いなく答える。
「…………」
ミリアが。
ほんの一瞬だけ。
アイリーンの胸元を見る。
そして。
セネトを見る。
もう一度。
アイリーンを見る。
「…………」
「ミリア?」
「何でもありません」
「顔怖いよ?」
「何でもありません」
「二回言った!?」
チャミナが。
思わずツッコむ。
「では決まりですわね!」
アイリーンが。
嬉しそうにセネトの腕へ抱きつく。
「これからよろしくお願いいたします、セネト様!」
「うわ、距離近い」
「婚約者ですもの!」
「そういうもん?」
「そういうものですわ!」
「…………」
ミリアが。
無言で二人を見つめる。
「……ミリアさん?」
チャミナが。
恐る恐る声を掛ける。
「何でしょう?」
「なんか……」
「いつもより笑顔が怖いです」
「気のせいですよ」
「ですよね!」
チャミナが。
ほっと胸を撫で下ろす。
「では」
ミリアが。
にっこりと微笑んだまま。
「セネトさん」
「ん?」
「くれぐれも」
「無茶だけはなさらないように」
「分かってるって」
「……それと」
ミリアが。
アイリーンを見る。
「旅先で妙なことをしないように」
「妙なこと?」
アイリーンが首を傾げる。
「何のことでしょう?」
「…………」
「…………」
「何でもありません」
「だから怖いって!」
チャミナの叫び声が。
船着き場に響き渡った。
「それじゃ」
セネトが。
船へ向かって歩き出す。
「行ってくるよ」
「はい」
ミリアが。
小さく頭を下げる。
「お気を付けて」
「また会いましょう、ミリアさん!」
アイリーンが手を振る。
「ええ」
ミリアも。
笑顔で手を振る。
「……必ず」
「?」
アイリーンが首を傾げる。
「行こう、アイリーン」
「はい!」
セネトとアイリーンが。
船へ乗り込んでいく。
「…………」
その姿を。
ミリアは黙って見送る。
「…………」
「ミリアさん?」
「……チャミナ」
「はい?」
「今日から」
「少し忙しくなりそうですね」
「え?」
「何でもありません」
ミリアは。
いつもの笑顔を浮かべた。




