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1.二度目の入学式


入学式、それは古来より長く退屈なモノとされてきた。


どうやら、それはどんな学舎でも変わらないらしい。


もはやここは学園施設というより歌劇場だった。

幾重にも連なる観覧席に、天井近くまで伸びた白亜の柱。

導光式シャンデリアの淡い光が、無数の新入生や関係者たちを照らしている。


どれだけ美しく巨大なホールであろうと。

どれだけ真新しい催しを用意しようと。

どれだけ格式高い名門校であろうと。


たとえそれが、天都一の導士育成機関にして超名門《導ノ宮学園》であったとしても──だ。


導ノ宮学園


国内最高峰の導士育成機関。

五色位の後継者。

国家直属機関への推薦候補。

各地から集められた導力特待生。


未来の導士たちが全国から集うこの学園は、毎年異常な数の志願者を出しながらも、その大半を容赦なく振り落としている。

入学できるだけでも十分に“特別”。

才能を認められた証でもあった。


そんな崇高で、尊厳があって、入学しただけで周囲から盛大に祝われてしまうような誇り高き導士様の卵たちは、長々と続く校長や来賓の話に早くも飽き始めていた。


現に数人はすでに夢の中へ旅立っている。

なぜか二度目の入学式を受けている神門も、気を抜けばその後を追って船を漕ぎ出しかねない。


しかし、そんな中でも背筋を美しく伸ばしたまま座席に座る姿がいくつか見受けられた。


前列に座る特待生や、五色位上位家門の後継者たちだろう。


中でも目を引くのは神門の数列前に座る白銀の少女だ。


白位〈白露〉本家。

次代当主候補との呼び声高い、白露家長女 白露海美。


周囲から向けられる視線にも一切動じることなく、ただ真っ直ぐに前を見据えている。


「──────新入生代表、白露海美殿」


しばらくすると、思考の中心の人物の名が呼ばれる。


新入生代表。

つまり、今年度入学試験における主席合格者ということだ。


会場中の視線が一人の少女へと集まる。


白露海美は座席から静かに立ち上がると、軽やかな足音を響かせながら壇上へと上がる。


どうやら所作の美しさは足音にまで反映されるらしい。


演台の前に立つと、深々と一礼し、一歩前へと進み出た。


「新入生代表、白露海美。

本日はこのような栄誉ある機会を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。」


冷たくも柔らかな、人を惹きつける声だった。


その効果は覿面らしい。

先程まで船を漕いでいた連中ですら、慌てて姿勢を正している。

白位次期当主筆頭のお声で起こしていただけるだなんて随分と名誉なことだろう。


神門は喉奥で欠伸を噛み殺しながら、数刻前の光景を思い返す。


────数刻前、導ノ宮学園転移門前。


〈夕星〉が姿を現した瞬間、その場にいた誰もが時を止められたかのようにその姿を固めてしまっていた。


漆黒の軍服をローブで覆い隠した五人の人物たち。

深く被られたフードの奥からは、表情すら窺えない。

そして、その中心を歩く正反対の色を纏った白露海美。

彼女は周囲の喧騒など存在しないかのように、ただ静かに前だけを見据えて歩いている。


人目を集める理由など、今さら説明されるまでもなく理解しているのだろう。


だというのに白露海美本人は、向けられる視線にも、自然と割れていく人波にも、何一つ反応を示さなかった。


まるで、最初からそういう生き物であるかのように。


やがて一行が足を止める。

白露が転移門へと足を進めたその瞬間だった。


「……………」


名残惜しげに、白露海美のすぐ隣を歩いていた青年が手を伸ばす。


白露の頬に触れた指先はガラス細工を扱うかのような慎重さだった。


「……………気をつけるんだよ」

「はい、ご心配痛み入ります」

「当然だろう。うちのお姫様が離れていってしまうんだからね」

「………お気遣い、感謝申し上げます」


人目が多すぎるせいか会話自体はひどく淡白だった。

近距離だったせいで、会話は嫌でも耳に入ってくる。


ほんの一瞬。

白露海美が微妙そうに眉を寄せ、それを見た青年が喉奥で小さく笑った。


他の隊員たちもまた、どこか名残惜しそうに白露海美を見つめている。


嫁入り前か。

思わずそんな言葉が浮かぶが、神門は寸前で飲み込んだ。


導ノ宮学園高等部は全寮制だ。

広大な学内には大型商業区画まで併設されており、生活に困ることはない。


さらに言えば、生徒たちは安全管理の観点から、特例や許可証なしでは学外へ出ることすら許されていなかった。


とは言っても……だ。


二歳や三歳の子供じゃあるまいし、別にそこまで心配する必要も────


否。

むしろ逆か。


これだけ人目を集めるのだ。幼子より、よほど危なっかしい。


白露海美の制服を見ればわかる。


一見すれば、神門たちと同じ導ノ宮の制服。

だが、その内側には幾重にも防護術式が刻み込まれている。


特注品だろう。明らかに高位の〈刻具(こくぐ)〉だ。


刻具は、導士本人による導力供給を必要とする術式とは異なり、内部に蓄積された導力や外部導路から供給される導力によって稼働する。


白露海美の制服が高位刻具であることは明らかだった。あれなら半永久的に稼働するだろう。


しかも、そこから感じる波長は、先程白露へ声をかけていた青年や、背後に控える四人の隊員たちのものと酷似していた。


術式制作者か。


少なくとも、“ただの隊員”という関係ではなさそうだ。


「────じゃあ、俺たちはもう行くよ」

「…………はい。皆さんも、お元気で」

「今生の別れじゃあないんだから、そんなふうに言わないの」

「縁起でも無いことをおっしゃらないでください。」


〈夕星〉は、どうやら本当に白露海美を送り届けるためだけに来ていたらしい。


「じゃ、体には気をつけてね」

「皆さんも、怪我には気をつけてくださいね」

「………もちろん、愛しのおひいさま」


そう言うと、青年は白露海美の頭を軽く撫で、終ぞ一言も声を発することのなかった後方の隊員へ視線を向けた。

そのうちの一人が心得たように頷くと、ローブの下から四角い刻具を取り出す。

どうやら転移導術が刻まれているらしい。


仕事の合間を縫って来たのだろう。別れを惜しむ暇すらないらしい。

次の瞬間、その姿は跡形もなく掻き消えていた。


残ったのは、依然注目を浴び続ける少女の姿のみだった。


「────以上をもちまして、新入生代表挨拶とさせていただきます」


その声に、神門の意識は現在へと引き戻された。

万雷の拍手と共に、少女が壇上から降りてくる。


その瞬間だった。


ふいに、こちらへ視線が向けられた。

大きな碧い瞳と、真正面から視線がかち合った。


ほんの一瞬。


だが次の瞬間には、先に視線を逸らされてしまう。

それでも、確かに目は合っていた。


白露海美は何事もなかったかのように席へ戻ると、静かに腰を下ろす。

その一連の動作ですら、妙に様になっていた。

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