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Legend of Star Night  作者: パインティー
第三章 閉ざされし歴史
64/166

Record:7 【巨大な獣】


 ブゥウ―――……

 プロペラが高速で回り、おれたちを乗せている飛行機を押し出している。

 綿雲がぽこぽこ浮いており、空の半分近くを覆って陽光を柔らかくふるいにかけている。雲と雲の隙間を通った光のカーテンが果てしなく続く緑の大地を優しく照らしている。

 大戦の大平原―――正式名称は中央フォゼンディ平野と呼び、その広さは身近な例で言えばほぼ西シベリアの面積という、だだっ広い平原が広がっている。

 第一大陸を北と南に分ける二つの山脈……東のセントラリカ山脈と西のエルハテ山脈の間にあるこの平原で、人類史上最大級の戦いが行われた―――「終焉戦争」の決着の舞台だ。

「すげぇな……これ全部千年経っても残ってるのか……。」

「そうよ。千年前の戦争で使われた爆弾とかがいまでもまだ残ってるわ。」

 ウルの言葉からもわかる通り、千年前にかつて行われた戦闘の痕跡がおびただしく残っている。千年と言う長い年月が経過してなお、水没した巨大なクレーターはまだまだたくさん残ってるし、ところどころ地割れもある。それらがすべて雨風に晒され水没か、風化してなだらかな形になっているだけで、戦闘時の様子がありありと眼に浮かぶほどに荒々しくなっている。

 そして―――その遥か向こうに見える巨大な山。

「見えてきたよ!」

 その巨大な山こそ―――【闇の王】が乗ったという【巨大な獣】だ。

「まだ距離はあるから到着にはもう少しかかるよ。じっくり眺めていってね。」

 【巨大な獣】。本当に名前の通り巨大だ。

 潰れた円柱のような形をしており、真ん中がえぐれたように窪んでいる。その回りを八つの大きな峰が連なっている。円柱部分だけで幅が10キロ、高さ4キロもあるそうだ。そこに大きな峰があることも加わって聞いた数値以上にバカでかく見える。雲が掛かってるから尚更だ。

 ………いや違う。峰じゃない―――峰のように見えるそれは脚だった。なるほど八つの大脚とはこのことか。

 脚まで含め本当に裾まで広がる山そのものというぐらいにはでかい。なのに遠目から見てもかなり異質―――明らかに山には見えず、浮いて見えるその異質で巨大な構造物に雲がかかっている。

 頭がバグりそうだ。

「そろそろ高度を下げるよ! みんな着陸の衝撃に備えてね~。」

 ハリスさんは隣にいる副操縦士のカテリゴさんに軽く指示を出しつつ着陸の準備に入る。【巨大な獣】のそばに見える二本の滑走路のどちらかに降りるつもりのようだ。

 ということはあの滑走路の隣に見える小さな村……いや、村にしても小さすぎる。ベースキャンプかなにか、か? あそこで一旦休むようだ。

「いや……まじででけえな……。」

 近づけば近づくほど、ジダゴの感想にもうなずくほどにその迫力が強まる。傾斜のある普通の山とは違い、断崖絶壁の円柱に脚みたいなものがついている構造な訳で、まさしく高さ五キロメートルの【壁】そのものだ。

 本物の山のように平地からなだらかに山へと変化していく訳じゃない。

「これが動いてただなんてとてもじゃないけど信じられないね……。」

「あぁ……。」

 こいつがどう動いて、どう倒れたかわかるほどに巨大な痕跡がそこかしこにある。

 一本の脚はその峰に切れ目ともいうべき谷間がある。明らかに途中でちぎれてしまったかのように峰から少し離れた位置に脚の残骸らしき山が見える。

 最後まで踏ん張っていたであろう三本の脚は膝に当たる部分が中央の円柱部分より高く突き出ている。まるで天を貫く剣山であるかのように積雲を貫いている。

 残りの脚はべったりと地面についており、踏ん張っていた脚と違って中から破壊されたように力なくだらんと倒れている。

 そして、落とされたであろう円柱部分の周囲には、落ちた衝撃が凄まじかったことを物語るように巨大なクレーターができている。

 千年もの年月が、その巨大なクレーターを緑に彩り風化させているが……この巨体だ。そんな生易しく風化させられるものでもないのだろう。

 おれたちは南から来たが、こいつがどこから来たのか分かりやすく―――こいつの北方向にはこいつの足跡らしき荒野が形成されている。

「割と目と鼻の先って感じだな……かなりヘカ・クイスラムに近くないか?」

 距離としてはヘカ・クイスラムの首都から千キロ以上も離れているが、これほどの巨体を見るとかなり危なかったように感じる。こんな巨大な獣が歩いてくるのを止めるには―――余裕がまるでない。

「ね。ヤバイでしょ。もしこいつを光の騎士団とやらが倒せなかったら―――北の方に広がってる凸凹荒野でこぼここうやみたいにヘカ・クイスラムも耕されていたと思うよ。」

 もう少しでベースキャンプ、という距離ではもはや壁そのものになってきた。幸いここは北半球で今は冬であるため、太陽が遮られる訳じゃないが……北方の空がまじで見えない。真南にあるベースキャンプから見れば、北の空はその視界の大半がこいつに遮られている形だ。

 でかい。―――でかすぎる。

 こんなやつが大地を踏み鳴らして自分のところに歩いてきたなんて―――想像しただけで恐ろしい。こいつが 一歩一歩大地を踏みしめるたびに相応の揺れがあったはずだ。そこにいた兵士の心情を微塵も考えたくない。

「そろそろ着陸するよ!」

 着陸体勢に入ったことを告げるハリスさんの言葉に、おれたちは衝撃に備える。かくして、おれたちは大戦の大平原、【大戦の残骸】近くのベースキャンプへ辿り着いた。

 

「今日はもう遅いから行けないけど、明日はこれのてっぺんにいくよ!」

 今後の予定を聞きながらおれたちはベースキャンプでの寝泊まり準備を進める。

「ここって普段何してるんですか?」

 残骸から四キロほど離れたここ、ベースキャンプには簡易的な建物がいくつか建てられている。

 まわりには恐ろしく何もない。いや、むちゃくちゃ自然豊かなことと、目の前にそびえ立つ巨大な残骸があるけど。

「ここはね、この残骸を調べてる人たちのための探査基地だよ!百年ぐらい前からあるよ。」

 百年も前に建てられたのか、と思うと同時にたった百年前なのか、という不思議な感覚が生まれた。千年という時間はおれの感覚じゃあ何もかも想像できない。

「戦争終了後すぐに建てられた訳じゃないんですね。」

「君ぃ、仮にも五億人が戦死してて沿岸部のほとんどがやられて文明が後退してるのに、そんなすぐにこんなおっそろしい【巨大な獣】のそばにベースキャンプ建てるなんてできるわけないでしょ!?」

 テルシアもやはり想像ができない。おれもそうだが本当に何もかもイメージができないんだ。言われてみればそうだ。

「調査のためのベースキャンプを建てよう、っていう議論は五百年くらい前からあったけど、五百年経っててもまだ復興道半ばで元に戻りきれてないからね。」

 おれたちが旅してきたこれまでの国々には、戦争の爪痕らしきものはほとんどなかった。だがここ大戦の大平原に来てみればこれだけ痕跡がある。

 一番激しく戦った場所がここなので、当時の被害の規模は想像もつかないが……仮に首都圏や沿岸部がこんな惨状だったのだと考えてみれば。

 ……あまり、考えたくないな。

「【憲章】を制定して互いに戦争をしない、そういう誓いを立てざるを得ないほどには酷かったんだよ。」

「いやまぁ……こんな、こんな景色を見たらなぁ……。」

 ジダゴは遠い目で千年前の光景に思いを馳せた。

「―――こんなのをどうやって倒したんだよ、光の騎士団は。」

 改めて当時の光の騎士団のその強さを感じ取る。

 ふわ、とふとおれの体をなにかひとつの塊のような風が通り過ぎた。

 里から出てきて……こんな風に千年の歴史を体感するなんて思いもしなかった。

「……。」

 おれは静かに風を感じ取り、悠久の時を感じる。綿雲の隙間から見える陽光がこの世界を照らす。

 こうして数キロの地点から見れば、人々を恐怖に陥れたであろうその風貌には多くの緑が侵食しているのが見てとれる。

 すっかりボロボロに崩れ果て、まるでただそれだけが残骸として残っているだけで、もう二度と動かない……そう、大地と同一化した神々の骸のようにそれは静かに佇んでいた。

 世界を破壊していたこの巨大な獣はいまや骸となり、世界とひとつになっている。

 


 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちにこの大戦の大平原にも夜が訪れた。

 周囲には文字通り一切何もないため、空を遮る光もない。

 故に空には光の運河が流れている。

「ショート~!焼けたぞ!」

 串焼きにしたケモノ肉が美味しそうな匂いを発しながらこっちに来る。持ってきたジダゴはすでに肉を頬張っている。

「超レアなセルジカのモモ肉だ!あっさりしてて旨いぞ。」

 鹿肉が焼けたようだ。修行以来だからずいぶん久しぶりだな。

「ありがとう。いただきます。」

「テルシアもウルもよ、これやるぜ。ウチモモだから柔らかいぜ。」

「ありがとう、ジダゴくん。久しぶりだな~、こういう肉は。」

「美味しいわね、これ。」

「普段こういうところで獲って食べるなんてなかなかないからな!狩りの上手いショートがいてくれて助かったぜ。」

 山で鍛えられて育ったんだ。腕には自信がある。

「……旨いな。この塩は自前のか?」

「それはハリスさんが持ってたやつだぜ。」

「西の方に山が見えるでしょ? エルハテ山脈っていうんだけど、そこで取れる岩塩だよ!取れる場所がすごい高くて大変なところだから貴重なんだぜ。」

 ハリスさんが自慢げに話しながらドヤァしてる。聞くところによれば頂上付近でしか採れないようだ。そりゃ自慢げにドヤァしたくなるな。

「エルハテ山脈か……。」

 西の方角を見る。星によって明るく照らされた空に浮かび上がるシルエットからはかなりの高さがうかがえる。

「ここからだとエルハテ山脈のちょっと北にユーフェミア王国があるね。山と森のなかに囲まれた自然たっぷりで閉鎖的な国だよ。」

 この第一大陸を南北に分ける二つの山脈だが、ちなみに実は東側のセントラリカ山脈よりも西側のエルハテ山脈のほうがずっと長い。たしかここを起点とするとエルハテ山脈の一番端までは二千キロ近くはあるはずだ。それに対してセントラリカ山脈は八百キロくらいだ。

「ユーフェミア……一度千年前に滅んだ国ですね。」

 ウルの故郷でもあり、すべての妖精族の祖国だ。

「うん。ヴェルニトリアの紋様族達と同じように全世界を旅していた妖精族達がいて、その人達が跡地に戻って再建したのが今のユーフェミアだよ。」

 モグモグと肉を食いながらハリスさんはついでにこの辺の土地についても解説していく。

「ヴェルニトリアもユーフェミアもどちらも滅んでるわけで、実際にこの【巨大な獣】も最初にヴェルニトリア北部に上陸し、徹底的に痛め付けて滅ぼしたあとにユーフェミアへ来たんだ。」

 第一大陸東側国境の果てまではさすがにやられなかったものの、ヴェルニトリアは国土のその9割以上を焼かれ耕されていた。当然、沿岸部はまんべんなくやられている。

「なんでそのまま南下して東央諸国を踏み荒らさなかったんですか?」

 テルシアの疑問もその通りで、ヴェルニトリアの南には東央諸国……第一大陸の東側に多くの国家がところ狭しと存在していた。地政学的にもこの東央諸国は合計してしまえばヴェルニトリアと同じぐらいのポテンシャルを誇るほどに先進諸国がたくさんある。

 この東央諸国ももちろん甚大な被害を受けており、海岸側なんかも無事なところは当たり前のようにやられ尽くしてなにもない。だが当の【巨大な獣】による焼き畑農業は行われておらず、ヴェルニトリアやユーフェミアのようにはそれほどダメージが大きくなかった。

「単純な話だよ。この【巨大な獣】はセントラリカ山脈を越えることができなかった―――だけの話と、僕は思う。」

 なるほど、たしかに。

 この【巨大な獣】はたしかにでかいが、標高七、八千メートル級の山が連なるセントラリカ山脈を越えることはさすがにできなかったようだ。

 この大戦の大平原に来たのもそのまま南下ができず迂回せざるを得なかったのだ。

「山脈を越えられずにこの第一大陸中央の平原へ来ると予想していた人たちは、ここで迎え打つ作戦を立て、準備を行った。そして光の騎士団の奮闘により勝利―――そういう流れかな。」

「そう、なのですか……。」

 ジダゴが顎を指でさすりながらずっと気になっていたことを聞く。

「結局よ、こいつは一体何なんだ? こんなデカブツ、人類が作ったとかにしてはやたらデカすぎるだろ。」

 ハリスさんもジダゴの視線に合わせ、あの【巨大な獣】のシルエットを見上げる。

「こいつは北の果て―――「第四大陸」にある【北極点】から来たんだよ。」

「【北極点】?」

「そう、元々はそこに鎮座していたのを【闇の王】が起動し、ここまでやって来た、はずだ。」

 その分かりやすい根拠が、この【巨大な獣】が残した足跡あしあと。それを辿ればユーフェミア、ヴェルニトリア、そこから海底に足跡が続き、最後には第四大陸の北極点の方向まで続いていた。

「第四大陸……。」

「氷に閉ざされし大地のことさ。今は基本閉鎖されてるからいけないよ。」

「行けないって……どういうことなんですか?」

「北極点を中心に大陸全土にずっと台風が活動してるからさ。それも世界最大級の吹雪が恐らく千年以上ね。」

 千年以上やむことのない吹雪……!? なんだそれは、聞いたことないぞ!

「そんなことあるのかよ!とんでもねえな。」

「もちろんこれは自然現象じゃない。明らかに【水の真理石】による封鎖だから誰かが意図してこういう気候にしてるんだよ。」

 出たな、真理石。

 水―――ということは青水神ベルターの石だ。水に関する力が込められており、氷や蒸気だって青水神の力の範疇だ。

「……第四大陸に来てほしくないと強く願う誰かがいるってことですね。」

 おれの言葉にハリスさんは目を丸くした。

「あれ? 【真理石】の性質をよく知ってらっしゃる?」

「知ってるもなにも……おれは【継承者】なので。」

 それを聞いたハリスさんはなるほど、と頷く。

「そう、その通り。【水の真理石】の継承者が第四大陸に千年も続く吹雪という強力な結界を張ったってこと。第四大陸周辺はそりゃもう南極海の氷河よりもずっとずっとデカい氷河とか氷山とか雪原とかしかないよ。」

 なんだってそんなことを……?

「少なくとも終焉戦争より前には吹雪による結界ができていたみたい。そのしばらくあとになって、そこから―――こいつが出てきたわけ。」

 【水の真理石】の継承者と、この【巨大な獣】には何かしらの相関関係がある……ハリスさんはそう睨んでいるようだ。

「僕は君たちがヴェルニトリアに着いたあとはそのまま第四大陸の調査に再挑戦するつもりさ。」

 再挑戦……ってことは何回か行ってるなこの人。

 ハリスさんとはそのままお別れになりそうだ。今後の予定もなにも定まっちゃいないが……。

「毎回別任務で戻されてなかなか進まないからね!でも今度は隊長からもこっちに集中してくれってお墨付きをもらっちゃったからね。へへへ、今からが楽しみで仕方ないよ!」

「おぉっそうなのか!ちなみにどのくらい寒いんだ!?」

「ジダゴ君、君のそのカッコじゃすぐカチンコチンだぜ。普通にマイナス50度以下! 今は冬だから時期によってはマイナス70度までいってるかも。」

「吐いた息も凍るレベルじゃねーか! うぅ、急に寒く感じてきたぜ……。」

 ジダゴの体格でもさすがに凍死しそうだな、さすがに極地付近の大陸はキツい。そんな寒さなんて経験したこともない。

「この【巨大な獣】の正体は今もはっきりわかってはいない。いくつかこれに関する文献もあるんだけど、そのどれも大昔に神の手によって建造された……ってレベルの情報が書いてあるだけ。どの神様に、いつ、どこで、何の目的で建造されたのか一切情報がないのよね……。」

 昼間に見た【巨大な獣】の全容を思い出しつつ、おれはいま闇夜に佇むその巨影を見上げる。

 こんな巨大なものが神によって建造された……か。

 どの神が作ったものなのか、確かにそれは重要な情報だ。

「こんなバカでけえもん、昔のひとなら終焉戦争のおとぎ話みたいに神話にでも残しそうな気がするんだけどよ……。」

 なぜ誰も終焉戦争でこれが使われるまでこれの存在を知らなかったのか。

 おれとハリスさんはひとつの可能性を考えている。

「人々がものを書き、記録として残す―――有史以前のものだってことだろうね。」

「そして文明が発達してきた頃よりも遥か昔にはいまの第四大陸極地に既に埋まっていた……ってことですか?」

「ヘカ・クイスラムの建国なんかよりもずっとずっとずっと遠い昔……それこそ数万年もの昔の存在だと思う。まさしく神話の時代の遺物ってやつかな?」

 機巧兵とか言うものが作られた時代よりさらに昔……ということなのか? あまりにも昔過ぎてまったくイメージがわかない。

 見上げれば北の夜空を占領する【巨大な獣】の残骸が見える。

 真っ黒なシルエットが星ヶの照らす星空によって浮き彫りになっており、昼間に見ていた時よりも大きく感じる。

「だからこそ、こいつを調べなきゃね。調べないことにはこいつの正体が何なのか……そして【闇の王】の正体も何もわからない。」

 太古の昔より果ての地の底に埋められていた、人類がそれまで存在さえ知らなかったこの巨大な遺物を【巨大な獣】として駈った【闇の王】。

「……。」

「硝斗くん。」

 彼女に呼び掛けられ、おれは彼女の方を見る。

「なんだ?」

 テルシアは少し不安そうにこの巨大な骸を見上げた。

「なんだか怖い。怖く感じるの。」

 その静かな佇まい。

 ずっと付きまとう言い知れぬ不安。

 テルシアもおれと同じ事を感じている。

「大丈夫。」

 おれは何の根拠もなく、ただ大丈夫とだけ伝える。

 何の根拠もなくよく言うよ、おれは。

 だがそれしか言えることはない。きっと大丈夫だと信じて、進むしかないんだ。

 約束だからな。

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