Record:11 皇子の苦悩
父の名は、シド・リャオゲン。
皇帝として長らく政に携わってきた。
皇帝の代々が凡夫に終わるような素質のないものばかりだったのとは、父上はそれらとは違った皇帝として君臨した。
人々を深く愛し、人々のために行動してきた。
父上は皇帝として、この国の長として多くのことを為してきた。交易の場として多くの港を発展させ、船をたくさん作り、多くの島々をより強く結びつけた。
『己は指示をしただけだ。それを実際にやってくれるのは―――善良なる臣民たちだ。』
『ひとは、ひとりでは何も為し得ない。これは臣民の協力あってできたことだ。力を合わせればどんなことだってできる。』
それが父上の口癖だった。
『また政の本か?』
拙者は政治関係、歴史関係の本をよく読んでいた。
『父上のような男になりたいからです! 武力ではなく、知力と、そして清き精神を養うことこそ、父上のような男への遠き近道です。』
『己のような男になりたいか……。』
父上はそう言ってはよく拙者の頭を撫でていたものだった。
『お前はどう思う?』
父上は城の展望台から、この城下町を見下ろしながら、ある日突然そうおっしゃった。
『この国の有り様を。人々の姿を。』
拙者はどう答えるべきなのか、どんな答えを求められているのかわからず、返答に困ってしまった。父上はそんな拙者に答えを急かすことはなく、ただ街を見下ろし眺める。
『シバ。己は、怖い。』
父上はおっしゃる。
『己がこの国に、何をしてやれるのか。臣民に求められていることができているのか。』
父上は自らの、感じていた不安を拙者に伝えた。
『王になると言うことが、どれ程のものか。己はその意味を未だ完全には掴めていない。我が父もこのような苦悩を重ねてきたのか………己はまだまだ王として未熟であるようだな。』
『そんな………そんなことはありませぬ! 父上!』
父上は首を横に振る。父上はお自分でそう考えになっているよりも、ずっと、ずっと素晴らしい皇帝だ。それだけは間違いない。
『何故、そんなことが言える。王になってすらいないお前が。』
父上は悲しそうにそう問う。拙者は迷わず答えた。
『拙者の、偉大なる父上だからだ!!!』
それを聞いた父上は、すこし驚いたあとに、眩しいものを見つめるような笑顔を浮かべた。いそがしい公務ですっかり細かい皺が刻まれたその顔に。
久しく見なかった、笑顔。
『ははは………!』
『………ごっ……がはっ………!』
立派な髷を結わえた壮年の男性が、目を見開いてゆっくりと前に倒れる。それを玉座の横で見ていた拙者は、叫んだ。
『父上ェーーーー!』
壮年の男性……シド・リャオゲン―――父上は、その体躯を一つの金棒に貫かれている。血がほとばしり、立派な石細工の施された床にぶちまけられる。父上は、床に倒れ、荒い息遣いで咳き込みながら自分を貫いたものを見上げる。
『ごふっ……お前は………!』
父上の体へ金棒を突き立て致命傷を与えた少女が、まるでゴミを見るように床に倒れ伏した父上を見下していた。
『これで満足か、シオウ?』
少女の口から乱暴な言葉が飛び出し、拙者は途端に悟った。この少女に命じたのは……前々から不審な雰囲気を放っていた腹心シオウ・ロクブドムだと。
『きっ………さまぁぁぁぁぁーーーーー!!!!』
拙者はその少女に向かって刀を抜き、斬りかかる。だが。
『遅えよ。』
バキィィン!!
少女の体からは想像できない膂力で振るわれた金属の棒に、拙者の刀は、真っ二つに折られた。
それが、拙者にとって、とてつもなく衝撃的であった。
自身の肉親を守ろうと必死になって振るった剣が、こんな年端もゆかぬ少女にへし折られてしまったのだから。
拙者の尊厳を踏みにじられたように感じ、拙者は―――。
『な……ん……だ、と……!』
少女は、あまりの衝撃に体を止めた拙者を、興味もなさそうに見ながら、
『邪魔だ……退け。』
重傷の父上ごと拙者たちを叩き飛ばした。
ドゴンッ!!!
拙者は、悲鳴をあげることすら叶わず強烈に叩きつけられ、城下町へ吹っ飛んでいく。
『シバ殿ォォォ!!!』
拙者を守り抱え、城から脱出したシンディア。
内戦の始まったジン帝国から、彼によって拙者は外へ連れ出され亡命させられた。
なんと、不甲斐ないことであろう。
ただ、ただ悔しかった。
拙者があの場で何もできないただの無能だったことが。
今、ジン帝国は内側で、同じ人間同士で争っている。
あの日から拙者は何度も何度も、毎日毎日悪夢を見る。
臣民同士で争い合い、殺し合っているその光景を。
一体なぜこうなった。
父上は正しいことをしたはずなのだ。
もはや一国を一人の人間が治める時代ではない。
その政の権利はすべて臣民が長らく求めてきたものだったのだ。
それがどうしてこうなった。拙者にはそれがわからぬ。
あの少女のゴミを見るかのように見下していた、あの目が拙者をきつく睨みつけ、何度も問わせる。
本当にそれでよかったのか。
何度も何度も頭の中であのときの光景が甦る。
鋼の棍棒で腹を貫かれて、父上は倒れる。
凶刃に倒れ、拙者もろとも城下へ叩き飛ばされ、坂道を転がる痛み。
ショックで頭が混乱しきっていた拙者はただただ父上のそばで、呼び掛け続けることしかできなかった。
だが―――そのとき、父上は笑っていた。
『シバ………お前はこう言ってくれたな………。』
父上は、優しく微笑みながら、ゆっくりおっしゃった。
『己が未熟な王ではないと否定したその理由を………。』
『父上っ………!!』
父上は、そっと、泣き叫ぶ拙者の頬をひとつの手のひらで包む。
『こんな己を………お前は父親として見てくれているのだ………己は………。』
そうして、息を引き取るようにして、父上は最期の言葉を拙者に伝えた。
『ありがとう………お前こそ、この偉大な皇帝………シド・リャオゲンの息子………シバ・リャオゲンだ。お前の………誇りでいられたこと………幸せであったぞ………。』
父上はやがて、血の海の中で目を閉じ、眠りに入った。それきり、うんともすんとも言わなくなった。
『父上?』
拙者は父上の手を握り、目を閉じたその白い顔を覗きこむ。
『父上……?』
信じたくなかった。何もかもが受け入れがたく、拙者は何度も確認した。
『父上……父上っ……父上ェ!』
『嫌だ! 父上! なぜ目を開けぬ、開けてくれ父上!』
『まだなにも教えて―――もらってない! 目を開けてくれ父上ぇええ!』
それからどうしてきたのだろう、とにかく王城は混乱を極めた。突如として官僚派の者たちが奇襲をしかけ、油断していた城兵たちはやられ、瞬く間に城を占領されてしまった。
心身ともにひどく傷つけられた拙者は、それからどこをどう彷徨ったのか……おそらく、数少ない拙者の臣下たちとともに辛く遠い道を辿り、国外に逃れたのだろう。
ショックが大きすぎて、あまりその時の記憶を覚えていない。国外になんとか逃れても、共に来ていたはずの臣下の姿はない。
そうして完全に疲弊しきった拙者は―――そのまま倒れて。
ショートどのたちと出会った。




