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2周目 9 信〇餅

とても短い、最後のおはなし

 

 春の日差しの中、大きい伯爵家の窓に日が燦燦(さんさん)と降り注ぐ。


 ラヴィーシャは案内された部屋で、うららかな日差しを浴びながら、これからどうしようかと考える。



 きっと彼女は泣くだろう。


 私もきっと泣くだろう。


 だけど、言わずにはおれない。


 ラヴィーシャにとって前世は大した現実感はないのだ。


 実感を伴って胸の内にある言葉は、ただ一つだけ。


 きっとそれが『翔』の心残りなのだろう。


 今日はそれをキャロに伝えに来たのだ。


 伝えて何の意味があるのかと思う一方で、あの家族の事を思うと、やはり伝えた方がいいだろうとも思う。


 後は、勝手にあの腹黒金髪男が彼女を慰めればいい。

 そう思う。


 彼女は前世と今世がとても近いようだから。

 きっと彼女には大きな意味があるのだろう。

 その彼女の横で支えるべきは、きっとあの腹黒金髪男がふさわしい。


 その程度にはあの男を認めてはいるのだ。



 そうこう考えていると、彼女が部屋にあわただしく入ってくる。


「ラヴィ―お待たせ~♪わぁ~ラヴィ―から訪ねてきてくれるなんて、久しぶりだねぇ」


 とりあえず、お茶はいかが?

 お菓子でもどう?

 などと興奮して話し出す彼女の言葉に割り込む。


「今日はね、あなたに伝えたい事があってきたの。」


「え~なになに?・・・ハッ!まさか子供ができた?!」

「・・・違うけれど、あなたはどうなの?」


 そういえば、そうであった。

 やっていないものはできはしないのだが、いい加減往生際が悪く私から逃げ回っているあの男を押し倒さねばとラヴィーシャは心に決める。


 私の事はともかくも、今はキャロの事だ。

 キャロのお腹に子供などいて、泣きすぎて流されたとでもなれば、たまったものではない。


「まだよ!!!!だってあの人!伯爵家の引継ぎで、てんてこ舞いだもの!」


 そう赤い顔をしてキャロが喚く。



「そうなの・・・ごめんなさいね。」



 それは確実に自分たちのせいなので、申し訳なかったという気持ちになる。


 この冬、夫は騒動の責任を取る形で伯爵位を退き、リュケイオン=メルベクに伯爵位を譲った。

 白の団の団長はまだ続けている。

 この辺が王城との丁度良い落としどころだった。


 もとより伯爵家は既にリュケイオン殿が動かしているようなものだったが、手続き上の問題も色々あるのだろう。

 それに合わせ、彼はキャロとも結婚したのだ。


「いいの。私、ラヴィ―と家族になれて本当に嬉しい!」


「そう。ありがとう。じゃあ、私がこれからいう事はもっと喜んでくれると思うの」


「なぁに?」


 キャロは不思議そうに首を傾げる。


 リュケイオン殿には先に書簡を送っておいた。

 「今日はキャロを泣かすので、早めに帰ってきて慰めるチャンスですよ」、と。

 丁度今ぐらいに手紙を受け取るように仕向けた。

 一体私が何を言うのか戦々恐々としている頃だろう。

 いや、焦って王城を飛び出しただろうか。


 どちらにしても、可笑しくて仕方ない。




 そっとキャロの手を握る。


 彼女の手も、やはり温かい。

 幽霊では感じ取れなかった体温が嬉しい。


 私はラヴィーシャだけれども、今この時だけは『翔』になったつもりになる。


「ラヴィ?」


 不思議そうに首をかしげる彼女だ。

 そんな彼女が、愛おしいという気持ちが湧いてくる。

 前から、彼女の事はかわいいけれど。


 きっと、これは『彼』の気持ちだ。

 信じてずっと、彼女に言葉を投げ続けた、『彼』。



 先に私の涙が零れてしまった。



「ラヴィ?泣いてるの・・・?」


 不思議そうにキャロが尋ねてくる。

 だけれども、私が笑顔なので、戸惑っているのだろう。


 そして『彼』の気持ちになり切れば、今この時、この場は、きっと歓喜だろう。

 今、私は、ここで生きていて、彼女に自分の言葉を直接伝えることができる。



 それの、なんと素晴らしいことか。



「・・・私はね、ほとんど何も覚えていないの。」


「・・・何が?」


 やはり、そう不思議そうにキャロは首を傾げる。


「だけどね、『彼』は亡くなってからも、ずっとあなたの側にいて、ずっと話しかけて励ましていたのよ?」


「・・・何の話?」


 亡くなった、という単語で不穏な話題だと思ったのか、キャロの眉間にしわが寄る。


 『彼』なら、・・・そう『彼』ならきっとこう言うに違いない。


「『お姉ぇ』」


 それは、この世界にはない言の葉。

 あの世界の、あの国には呼称に関するレパートリーがやたら豊富だ。

 正直自分でもこれで合っているのか自信がないが、きっとこんな言葉だった。


 そして、恐らくあっていたのだろう。

 キャロの目が驚きに見開かれ、真ん丸になっている。

 場違いに、「あ、こんな驚き方をする猫がいたな」などと思ってしまう。


「『〇玄餅』」

「ラヴィ・・・あなた・・・まさか・・・」


 この世界にはないもの。

 すごく高価な菓子という訳ではないが、有名な餅菓子だった筈だ。

 餅というものを私は食べたことがないのでイマイチ実感がないが。


「『信〇餅、買ってこれなくてごめんね』」


 キャロの目から、みるみる涙が溢れ出す。

 私が誰の気持ちを届けに来たか、分かったのだろう。


「翔!」


 私に飛びついてわんわん泣き出した彼女に、部屋に控えていた伯爵家の侍女たちの困惑が隠せない。

 異界の言葉だったから、何故彼女が泣き出したのか。

 傍で控えていても意味が分からないだろう。

 私は優しくキャロの頭をなでながら、ごめんねごめんねと頭をなで続けた。


 外が騒がしいのであの男が泡を食って帰ってきたのだろうか?

 そんな様も、キャロが愛されている証だから面白い。


 あの男はこの部屋に入ってきた何と思うだろうか?


 キャロだけではなく泣いている私を見て、絶句するかもしれない。


 それもまた面白い――――。




 今日は天気が良くて本当に気持ちの良い日で。


 これからどうしようかと、キャロを慰めながら考える。


 私は生きているので、まだできることが沢山ある。


 まずはキャロが落ち着いたらば、『父』と『母』の事を教えてあげよう。


 先日、きっと無事に死出の旅に漸く出られたことを。

 あなたと同じように、壊れるほど家族を愛していた『父』の事を。

 その父の事を心底信じ、ついには救ってみせたであろう『母』の深い愛を。

 壊れたあなたの側で、ずっと励まし続けたあなたの『弟』の事を。


 人は、いつ突然死ぬかわからない。


 ああ、だから私もあの男に無性に会いたくなる。

 そして、溢れんばかりのこの愛を伝えるのだ。

 きっと嫌がる事だろう。

 それでも少しは喜んでくれるだろうか?

 そうだといい。


 そう思った。 


これでこのお話は終了になります。


大変お待たせして申し訳ありませんでした。


本編を書き上げた半年後に、ふとこの場面が浮かんでしまい、「あー書かなきゃな」となりました。


ただ、この話の為に書いたのですが、やたら長くなりました。

お付き合いいただきありがとうございます。


話としては恐らく本編の方が美しいでしょう。


ですが、悪役はそうなるにはそうなるだけの訳がきっとあるのでしょう。

人は誰でも主人公にでも悪役にでもなりうることができる。


そういったものが書けていたらいたらよいなと、思います。


そして声を大にして言いたい。

異世界転生は、それだけでロマンだと。


なお、くだんの餅は商標扱いになりそうなので伏せておきました。お察しください。


以下おまけ


【各キャラ動向】

ラヴィーシャ・・・ラステッドに捕獲されたのを切っ掛けに逆捕獲をし、正妻の座に納まる。各方面政治的に穏便にケリを付けたのもこの人。臆病なラステッドをいかに性的に押し倒すかが今後の課題になる。

多分ラステッドより早く死ぬが幸せだったと胸を張れる人生だった


ラステッド・・・うっかり若い押しかけ女房をもらってしまい、何でこうなった???と意味が分からず頭を抱える30代後半。嫁の方がしっかりしているので尻に引かれている。子供を作る作らないで揉め、世継ぎ問題が出るかもしれないしリュケイオンに遠慮して作れないと言ったところ、「避妊すればいいじゃない!」とラヴィーシャに言われ人生初の失神を体験した。

ラヴィーシャに先立たれたあと、完全なお爺ちゃん化する


リュケイオン・・・若い嫁を貰ってしまった父を見て心境が複雑。反対はしていないものの軽いファザコンでもあるので、反発心もある。それでもそれなりにラヴィーシャの事は認め始めたが「やっぱりキャロの方がいいな!」と毎回思っているので爆発すればいい


キャロ・・・1周目と同じく子供は3人。毎日ぎゃいぎゃい過ごす。1周目と異なる点は敷地内におじいちゃんとラヴィが住んでるので、子守をしてくれて助かるわ!って思っている。子供が3人出来た辺りで「あれ?リュケイオンって私の事もしかして好きなの・・・?」と思い始めた大層ダメな子。ラヴィが先に亡くなり、憔悴するお爺ちゃんに「翔は傍にいて私を励ましてくれたから、ラヴィもきっと師匠の側にいますよ」と励ました


お兄ちゃん・・・ラヴィーシャ聖女引退後、神殿職を辞し、白の団に納まる。実は昔からあこがれもあったとのこと。だがフォルトゥーナ卿のおかげで、かなりの高度教育を受けた彼は、白の団でもかなり浮いているのだが謙虚なので気づいていない。普通にこの後結婚した


お父さん・・・事故で鍛冶職人を引退。憔悴しているところギルドの事務職を勧められる。お母さんがやっていた仕事だな・・・と思い王都でウキウキ仕事をする。たまにおじいちゃんとお茶を飲む。もっぱらの話題はラヴィーシャやお兄ちゃんの事


ゼノ・・・書かれなかったが、ラヴィーシャの治療で病気が治る。魔力系統の異常なので、定期的なメンテナンスが必要だが、それさえ誰かがしてくれれば問題ないとのこと。姉は死んだと聞かされて育ったが、ラヴィーシャ様は優しくて温かいし、お姉ちゃんってこんな感じかなと思っている


お爺ちゃん・・・ラヴィーシャファンクラブ会員。結構寄付もしているので、相当聖女スキネーと周囲には思われている。200年後くらいに聖女研究者によってちょろっと書物に名前が出てきた


ローランド・・・キャロが「ラヴィーシャって私の前世の弟だったの♪」と、うっかり自慢してしまったがために、ラヴィーシャとの仲が急激に悪くなった。もっとも、ラヴィーシャは勝手に突っかかってくるローランドをおちょくって楽しみ、ローランドはムキー!と怒るという構図。後のローランド黒歴史になる。それでもラヴィーシャが先立った時にキャロが引くくらい泣いた。

なお結婚は政略であるが、姉ともラヴィーシャともタイプが違う小動物系の控えめな嫁が来た。「こんな押しが弱い女性どう扱えば・・・?」とズレた困惑を覚えるが、ほんわか温か家庭を作る


第二王子殿下・・・当初の予定通り、リュケイオンそっくりの義妹に猛アプローチを受ける。殿下も変わっているので「リュケイオンがいるから此奴は別にいらないかな?」と思って人間的興味を抱かず、ずっとスルーしていた。しかしある時、相手にしてくれない殿下に影で義妹が凹んでいた所をこっそり目撃。その義妹のギャップに殿下が逆に惚れた。

今度は殿下に何故か義妹が追いかけ、恥ずかしくて義妹が逃げ回る。義妹が自分に対してだけ弱い所が殿下は好きなので、あの強気な女が逃げると興奮・・・喜ぶという構図。

訳がわからないが、殿下は俺様なのでたぶん追いかけたいタイプ


フォルトゥーナ卿・・・もう一人のお爺ちゃん。結局はラヴィーシャの意向をくんでくれ、聖女を辞めさせてくれた。だが、その分お礼奉公もきっちり組まれ、「鬼!悪魔!」などとラヴィーシャに言われながらも、結局仲良し。ラヴィーシャが先立ち、ガックリ来て、引退した

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― 新着の感想 ―
[一言] ラヴィーシャの物語ですね。 ひとには様々な歴史があってそれは他者には計り知れないものだということ。だから過剰な報復は苦手だったりします。 この作品はそのプロセスを丁寧に描かれていて、ラヴィー…
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