↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファースト・エース ~人類が三日で敗北したので、ゲーマー高校生が敵の戦闘機で反撃します~  作者: 神野啓次


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/25

エピローグ その先へ

 2063年。あの戦争から、二十五年が過ぎた。


 月面には六つの恒久居住区があり、地球近傍小惑星を往復する資源船は珍しいものではなくなっていた。月軌道の外側には大型宇宙港が建設され、そこで組み立てられた船の多くは、最初から地球の大気圏へ降りることを想定していない。水も、金属も、推進剤の原料も、宇宙で手に入れる時代になっていた。

 人類が突然ヴァルクと同じ技術水準に到達したわけではない。ヴァルクが残した理論を理解するのに五年かかったものもあれば、二十年以上たっても再現できない技術もある。最初に作られた資源分離装置はヴァルク製の十分の一以下の性能しかなかった。その次は八分の一、五分の一、三分の一。人類は失敗し、壊し、作り直し、自分たちの材料、自分たちの工場、自分たちの数学で少しずつ追いついていった。


 ヴァルクが残したのは、完成した未来ではなかった。答えの一部と、そこへ至る道だった。人類はその道を、自分たちの足で歩いた。


     *


 東京都郊外に建てられた国立異星文明交流博物館は、その日も多くの見学者で混雑していた。最大の展示室、その中央に一機の黒い航空機が置かれている。


《ヴァルク攻撃機 人類呼称・一号機》

《2038年9月17日鹵獲》

《人類初の異星航空機実戦運用》

《神谷悠真搭乗機》

《人類初の対ヴァルク航空戦勝利》

《第一次ヴァルク母艦攻撃参加》

《人類初の小惑星到達》


 子供たちが機体を見上げている。


「これ本当に高校生が乗ったの?」

「十七歳だって」

「俺と五歳しか違わないじゃん」

「お前じゃ無理だろ」

「ゲーム得意だし」

「そういう話じゃないって先生言ってた」


 少し離れた場所でその会話を聞いていた男が苦笑した。


「俺もそう思ってたんだけどな」

「何が?」


 隣にいた佐伯亮太が聞く。


「ゲーム得意ならなんとかなるって」

「なんとかなったじゃん」

「最初だけね」


 二十五年たっても、亮太の調子はそれほど変わっていなかった。髪には少し白いものが混じっているが、話し方は高校時代と同じだ。神谷悠真、四十二歳。人類初の異星機操縦者、人類初のヴァルク機撃墜者、人類初の小惑星到達者。現在の肩書きは、国際宇宙航行機構の特殊運用システム顧問。新型宇宙機の操縦インターフェースや、人間と高度自動操縦系の役割分担について助言する仕事をしている。研究者ではない。軍人でもない。政治家にもならなかった。

 戦後、航空自衛隊から正式任官の話もあった。各国の宇宙機関からも誘いが来た。テレビ局からは何度も出演依頼が来たし、選挙に出ないかと声をかけられたことまである。そのほとんどを断り、高校には戻った。そして卒業した。卒業証書を受け取った日の写真は、母親が今でも家に飾っている。


「それよりこっち」


 悠真は一号機の隣へ歩いた。そこには黒く焼けた金属片が展示されている。地球製の戦闘機の残骸だった。


《航空自衛隊F-2戦闘機 機体残骸》

《2038年9月17日 ヴァルク攻撃機と交戦》

《機体喪失》

《交戦により敵機を損傷》

《その後、当該ヴァルク機は地上へ不時着》

《後の一号機鹵獲につながる》


 パイロットの名前もその下に記されている。さらに壁一面には、侵攻最初の三日間に戦った世界各国の軍人たちの記録が並んでいた。写真が残っている者。残っていない者。生還した者。戦死した者。一機を撃墜した者。一機も撃墜できなかった者。基地を守った者。艦に残った者。最後までレーダーを動かした者。三日目の朝には、勝てると信じていた者の方が少なかった。それでも戦った。


「ちゃんと残ってる」


 悠真が言った。


「お前、昔からそこ気にしてたもんな」

「俺だけが始まりみたいに言われるの、違うから」


 一号機は偶然、悠真の近くへ落ちた。だが落ちるまでには誰かが戦っていた。その前にも誰かが戦っていた。歴史を一本の線にしてしまえば、一人の英雄からすべてが始まったように見える。実際には違う。無数の線が重なっていた。


     *


 館内放送が入った。


『本日十五時より、月外縁宇宙港において恒星間探査機ホライズンの出発式が行われます。館内中央ホールでも中継を予定しています』


 亮太が腕時計を見る。


「行かなくていいの?」

「行くよ」

「現地?」

「うん」

「また宇宙か」

「今回はちゃんとした仕事」

「高校の時から全部そう言ってなかった?」

「高校生に小惑星監視させるのはちゃんとした仕事じゃないだろ」

「歴史には残ったじゃん」

「もう十分残ったよ」


     *


 月軌道外。かつてヴァルクの母艦が地球から撤退したあと、資源採取の完了を待つために滞在していた宙域。その近くには今、人類最大の宇宙港が浮かんでいた。全長十数キロ。複数の居住区、資源精製施設、宇宙船建造ドック、回転式人工重力区画。ヴァルクの技術をそのままコピーしたものではない。人類がヴァルクから学び、自分たちなりに作った宇宙施設だった。


 その先端ドックに、一隻の細長い探査機が固定されている。恒星間無人探査機ホライズン。全長百八十七メートル。人類が初めて、太陽系の外へ送り出すことを前提に建造した宇宙機だった。目的地は約十二光年先の恒星系。ヴァルクから提供された観測データにも記録されている星だった。有人ではない。まだ人間を何十年も恒星間空間で生かし続ける技術は、人類にはない。だが観測機なら送れる。それだけでも、二十五年前には夢物語だった。


『最終航法系確認』

『正常』

『主推進系待機』

『正常』

『通信系』

『正常』


 悠真は管制室の後方席に座っていた。自分で操縦する仕事ではない。若い技術者たちが操作している。二十代、三十代。戦争を知らない世代も増えた。その一人が悠真へ振り向く。


「神谷さん、最終確認をお願いします」

「俺?」

「特殊運用系です」

「もう君たちの方が詳しいでしょう」

「形式です」

「そういうところは二十五年前より面倒になったな」


 表示を確認する。自律航法、姿勢制御、熱管理、通信、異常時復帰。人間がすべてを操作する時代ではない。ヴァルク機と同じく、多くの処理は機械が行う。だが、人間が何を決め、機械に何を任せるのか。そこには二十五年間の経験が詰まっている。


「問題なし」

「ありがとうございます。神谷さんが最初にヴァルク機を飛ばしてから、ここまで来たんですね」


 悠真は首を振った。


「違うよ」

「え?」

「あの時もそうだったけど、最初って一人じゃないんだよ」


 技術者は少し不思議そうな顔をした。悠真はそれ以上説明しなかった。


     *


 出発まで、あと二時間。その時、管制室の空気が変わった。


「長距離通信局から緊急転送」

「何?」

「識別形式が……ヴァルクです」


 悠真が顔を上げた。室内の何人かが立ち上がる。二十五年前にヴァルク船団が太陽系を離れて以降、通信は長く続いた。最初は数時間。やがて数日、さらに数か月。そして恒星間空間へ入ってから、通信間隔は急速に広がった。十四年前を最後に、まとまった通信は届いていない。船団が故障したのか、通信を止めたのか、航行上の理由なのか。誰にも分からなかった。


「解析」

「しています」


 古いヴァルク通信規格。二十五年前、人類が必死に解読した形式。今では大学の異星言語学でも扱われている。表示が変わった。


《信号認証 正常》

「内容は?」

「今出ます」


 数秒。文字列。変換。翻訳。


《到達》


 誰も声を出さなかった。


《候補星 到達》

《長期居住可能性 確認》

《移民船団 生存》


「……着いた」


 誰かが呟いた。


 追加データが届く。船団の一部損失。長距離航行中の事故。生命維持系の故障。到着時点での人口。すべてが無傷だったわけではない。百二十億全員が、そのまま生きて着いたわけでもない。それでも文明は生きていた。新しい星へ到達した。居住可能性を確認した。


 そして、さらに短い個別通信が含まれていた。


《KAMIYA YUMA》


 悠真の動きが止まった。


「個人宛て?」

「登録されていた識別情報と一致します」


 開く。


《約束 履行》

《RUK》


 悠真はしばらく何も言わなかった。二十五年前の会話を覚えていた。


『着いたら連絡して』《可能なら》『何年後でも』《了解》


「……遅いよ」


 悠真は小さく笑った。誰かが笑い、誰かが泣いた。通信はさらに続く。


《人類状況 不明》

《生存を希望》


「返信できる?」

「できます。ただ、届くまで十年以上かかります」

「いいよ」

「内容は?」

「短くていい」


 悠真は入力する。


《人類 生存》


 少し迷って、もう一文。


《神谷悠真 生存》

《宇宙進出開始》


 送信。


 この返事をルクが読む頃、自分が何歳なのか。そもそも生きているのか。それは分からない。それでよかった。


     *


 ヴァルクからの到達通信は、《ホライズン》出発の一時間前に世界へ公表された。


《速報》

《ヴァルク移民船団 新世界到達》

《和平から25年》

《異星文明 第二の故郷へ》


 世界中が再び、二十五年前の映像を見た。地球を攻撃するヴァルク機。炎上する基地。十三隻の母艦。捕虜となったルク。小惑星採掘。和平。太陽系を離れる移民船団。そして今日、新しい惑星の画像が届いた。青い海はなかった。地球とは違う空、違う大陸、違う雲。ヴァルクにとっても、まだ完全に安全だと分かったわけではない。だが、生きられる可能性がある。地球を奪わなくても。


     *


恒星間探査機ホライズン、発進シーケンスへ移行します』


 管制室が静まった。


『ドック固定解除』

『確認』

『姿勢制御開始』


 大型画面に《ホライズン》が映る。宇宙港からゆっくりと離れていく。


『距離五百』

『千』

『安全距離到達』


 主推進系起動。探査機の後方に光が生まれた。二十五年前、悠真が見送ったヴァルク船団とは違う。人類が作った光だった。


『加速開始』


 《ホライズン》が前へ進む。月軌道の外へ、その先へ、太陽系の外へ向かう軌道へ。世界中へ映像が送られている。博物館でも、学校でも、病院でも、かつて避難所だった場所でも、人々が見ていた。今度は侵略者が来る映像ではない。人類の機械が、未知の星へ向かって出発する映像だった。


「すごいですね」


 若い技術者が言った。


「うん」

「神谷さんの小惑星飛行より遠いですよ」

「当たり前だ」

「人類初の恒星間探査です」

「俺の時よりずっとすごい」


 技術者が笑った。


     *


 《ホライズン》は加速を続けた。かつて、その宙域にはヴァルク艦隊がいた。地球を奪うために来た十三隻の軍艦。その後ろには、故郷を失った百二十億人がいた。


 人類は宇宙から来た者を恐れた。三日で負けた。それでも戦った。学んだ。敵を理解した。敵からも理解された。そして、生き残った。ヴァルクも生き残った。


 二十五年前に別れた二つの文明は今、十二光年以上離れた場所で、それぞれの未来を生きている。そして人類は、もう地球だけを見てはいなかった。

 月へ行った。小惑星へ行った。その先へ船を送った。いつか人間自身が恒星間を渡る日も来るだろう。その時、最初に出会う相手がヴァルクなのか、それともまったく別の文明なのかは誰にも分からない。


 だが一つだけ、二十五年前とは違うことがある。人類はもう、宇宙に自分たちしかいないとは思っていない。


 悠真は遠ざかっていく《ホライズン》の光を見た。かつて宇宙から来た者たちを恐れていた人類は、今度は自分たちが宇宙へ向かう側になった。


 そしていつか。今度は人類が会いに行く番だった。


「何でもAIに任せれば世界は平和になると思っていた ~完璧すぎる人工知能エデンが人類に「自分で決めてください」と言い始めた件~」 https://ncode.syosetu.com/n9163mo/ #narou #narouN9163MO


「人類より百倍賢いAIがいるのに日本が滅びそうです ~「資源はありません」から始まる文明再建計画~」 https://ncode.syosetu.com/n1064mr/ #narou #narouN1064MR

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。