第一章 彼方から来たもの
※この小説はAIを全面的に活用しています
最初にそれを見つけたのは、人間ではなかった。
西暦二〇三八年九月十四日、午前三時十二分。ハワイ・マウナケア山頂に設置された広域天体監視システムが、木星軌道より内側を移動する未知の物体を自動検出した。観測データは即座に複数の天文台へ共有され、十分後にはチリ、オーストラリア、南アフリカでも同じ物体が確認された。当初、それは小惑星として登録された。
問題になったのは、その二十三分後だった。物体が減速した。彗星でも、小惑星でもありえない軌道変更だった。さらに一つ。二つ。三つ。暗い宇宙空間から、それまで存在しなかったかのように光点が現れた。
最終的に確認された大型物体は十三。最大のものは全長約七キロメートル。十三の物体は一定の間隔を保ち、明らかに相互通信を行いながら地球へ向かっていた。
午前四時十一分。国際天文学連合は、それらを自然天体として扱うことを断念した。
午前五時二十分。アメリカ合衆国政府に大統領緊急報告。
午前六時過ぎ。情報は世界中へ流出した。
*
「宇宙人じゃん」
神谷悠真はスマートフォンを見ながら言った。
「そんなわけないでしょ」
母親は目玉焼きを皿へ移しながら、ろくに振り返りもしなかった。
「いや、本当に。ニュース全部これ」
「昨日も隕石だって騒いでなかった?」
「昨日とは違う。これ減速したらしい」
「減速?」
「自分で」
母親の手が一瞬だけ止まった。悠真はパンをかじりながら画面をスクロールした。SNSのトレンド上位はほとんど同じ話題だった。
《地球外知的生命体》
《謎の宇宙船》
《NASA緊急会見》
《宇宙人》
《ファーストコンタクト》
《人類終了》
《会社休みになる?》
最後の一つだけ妙に現実的だった。テレビでは大学教授らしい男が、興奮を抑えきれない表情で説明している。
『自然天体の可能性は、現時点ではほぼありません。複数の物体が相互に位置関係を維持したまま減速しています。明らかに推進を行っています』
『では先生、宇宙船ということでしょうか』
『少なくとも人工物です』
画面下部に赤い帯が流れた。
《政府 午前十時より緊急会見》
「学校、休みにならんかな」
悠真が言うと、母親が呆れた顔をした。
「宇宙人が来て学校休みとか、小学生じゃないんだから」
「ファーストコンタクトだぞ。歴史の教科書に載る日かもしれない」
「教科書に載る日でも遅刻は遅刻でしょう」
時計を見る。七時四十八分。
「あ」
「ほら」
悠真は残ったパンを口へ押し込み、鞄をつかんだ。
「行ってきます」
「今日は早く帰ってきなさいよ」
「宇宙人次第」
「悠真」
「はいはい」
玄関を飛び出した。九月半ばだというのに、朝から暑かった。地方都市の住宅街は驚くほどいつも通りだった。ゴミ収集車が走り、犬を散歩させている老人がいて、小学生が母親に急かされながら横断歩道を渡っている。
空は青かった。その空の遥か向こうから十三隻の異星船が近づいていると言われても、まったく実感がない。
怖いというより、興奮していた。宇宙人が本当に存在する。何を話すのだろう。どんな姿なのだろう。どこから来たのだろう。恒星間航行には何を使っているのだろう。ワープなのか。何百年、何千年先の文明なのか。
この時点では、世界中のほとんどの人間が似たようなことを考えていた。
*
午前十時。日本政府は未知の人工物十三隻が地球へ接近していることを正式に認めた。
正午。アメリカ、中国、欧州諸国、インド、ロシア、日本などが共同声明を発表。あらゆる周波数帯を使用した通信が開始された。
素数列。水素原子のスペクトル。幾何学図形。太陽系の模式図。人間の姿。地球の映像。各国語による挨拶。人類は考えうる限りの方法で――我々はここにいる。と送り続けた。返事はなかった。
翌日、十三隻は月軌道を越えた。世界中で仕事を休む者が続出した。学校の多くが休校となった。宗教施設には人が集まり、株式市場は乱高下し、スーパーから保存食と水が消えた。
一方で祭りのような空気もあった。ニューヨークでは「WELCOME」の巨大看板が掲げられた。ロンドンでは数万人規模の歓迎集会が開かれた。東京でも若者たちが宇宙人を模した仮装をして渋谷に集まった。
SNSでは、
《核融合教えてくれ》
《癌治してくれ》
《仕事しなくていい社会にして》
《宇宙人にもYouTubeあるかな》
そんな冗談が飛び交った。
「絶対いい奴らだって」
帰り道、佐伯亮太が言った。
「何を根拠に」
「だって恒星間移動できる文明だぞ? そこまで文明進んで戦争とかする?」
「するかもしれないだろ」
「しないって。戦争なんて文明が未熟だからやるんだよ」
「その理屈、ネットで三十回くらい見た」
「だってそうだろ」
「ゲームだと文明レベル上がるほど兵器も強くなるけど」
「ゲーム基準やめろ」
亮太が笑った。悠真も笑った。その二時間後、人類は答えを知った。
*
午後三時四十一分。十三隻の大型船が地球周回軌道へ入った。高度、およそ三万キロメートル。世界中の望遠鏡と軍事衛星がそれを追跡していた。
最初に異変を報じたのはアメリカのニュース局だった。
『母船と思われる物体から、何かが放出されています』
中継映像には、黒い宇宙を背景に巨大な船影が映っていた。その周囲へ、光点が増えていく。
一つ。十。百。さらに増える。
最初はデブリのように見えた。しかし光点はそれぞれ独立して軌道を変更した。
『人工物です。すべて推進しています』
数百。千。正確な数は誰にも分からなかった。小型機群は地球全体へ散っていった。
北米。欧州。ロシア。中国。中東。日本。南半球。まるで最初から担当区域が決められていたかのように。
各国軍は最高警戒態勢へ移行した。
*
午後四時十二分。グアム島北方、高度一万六千メートル。アメリカ空軍のF―35四機が、未知の飛行物体三機を捕捉した。その様子を、グアム島のテレビ局が地上から望遠カメラで撮影していた。
音声による呼びかけ。応答なし。
国際緊急周波数。応答なし。
進路変更を要求。応答なし。
距離百八十キロメートル。先頭のF―35が消えた。
『え?』
中継していた記者が声を漏らした。映像には爆発すらほとんど映らなかった。機体中央部が一瞬白く光り、次の瞬間には破片になっていた。
『一機……一機が墜落しています!』
二機目。光。
三機目。光。
F―35側はミサイルを発射する暇すらなかった。最後の一機が反転。全速で離脱する。黒い飛行物体は追わなかった。その代わり、グアム島へ降下した。
『こちらへ来ます!』
カメラが揺れた。数秒後、黒い機体が映像を横切った。距離は数百メートル。滑らかな黒灰色の機体。明確な主翼は見当たらない。機体表面には継ぎ目らしいものさえほとんどない。テレビ局のカメラはそれを真正面から撮影していた。
誰もが思った。次はカメラが破壊される。だが何も起きなかった。機体は報道陣を完全に無視し、その向こうにあるアンダーセン空軍基地へ向かった。
『攻撃してきません……こちらには攻撃してきません!』
記者が叫んだ直後。遠方で白い光が走った。レーダー施設が爆発した。続いて格納庫。滑走路上の航空機。燃料施設。
光。光。光。
一発ごとに何かが正確に破壊されていった。周囲の民間建築物には一発も当たらない。 午後四時十九分。横須賀。
午後四時二十二分。嘉手納。
午後四時二十五分。三沢。
午後四時二十七分。厚木。
世界中でほぼ同じことが起こった。
*
悠真は自宅のリビングでテレビを見ていた。チャンネルを変えても同じ映像だった。
『こちら横須賀です! 現在、上空を未確認飛行物体が――』
報道ヘリからの映像。海上自衛隊の艦艇。港湾施設。その向こうから黒い機体が一機飛んでくる。報道ヘリのカメラはしっかりと機体を捉えていた。距離が近い。異星機がこちらを向いたように見えた。悠真は反射的に身を固くした。だが、そのまま通り過ぎた。
『今、我々のすぐ横を通過しました! こちらには攻撃してきません!』
カメラが機体を追う。異星機は横須賀基地の上空へ移動した。
光。
係留されていた艦艇のレーダー設備が吹き飛んだ。
光。
別の艦の艦橋上部。
光。
ヘリコプター格納庫。
「なんだよ、これ……」
悠真が呟いた。母親は立ったままテレビを見ていた。
「戦争……なの?」
「たぶん」
「でも街は攻撃してない」
「うん」
画面が切り替わる。嘉手納基地。民間人がスマートフォンで撮影した縦長の映像だった。異星機が四機。その向こうから米軍機が上昇してくる。
ミサイル発射。白煙。一機の異星機が機首を変えないまま横へ滑った。ミサイルが空を切る。
「何だ、その動き」
悠真は思わず身を乗り出した。旋回ではない。飛行機ならありえない動きだった。横方向へ、そのまま加速した。
次の瞬間。光が走る。米軍機の翼が消えた。パイロットが射出される。パラシュートが開く。異星機は攻撃しない。
悠真の母親が小さく息を吐いた。
「人は撃たないのね」
「いや」
悠真は画面から目を離さなかった。
「たぶん違う」
「何が?」
「撃たないんじゃなくて……」
言葉が続かなかった。異星機はパラシュートの横を通過した。まるでそこに何もないかのように。そのまま地上のレーダーへ光を放つ。爆発。
「必要ないんだ」
「え?」
「人を撃つ必要がないんだよ」
悠真自身、その言葉に寒気がした。圧倒的に強いから、人間を排除する必要もない。その言葉を悠真は飲み込んだ。
*
開戦から一時間。世界中のテレビ局は、ほとんど通常番組を停止した。誰もが同じものを見ていた。人類の敗北だった。
ロンドン。国防省近くから撮影された映像。英国空軍機が上空へ向かう。三分後。燃えながら落ちてくる。
パリ。空港近くに集まった市民が、スマートフォンを空へ向ける。遠方に五つの光点。そのうち二つがフランス軍機。数秒後には一つになった。さらに数秒後、ゼロになった。
北京。国営放送が軍の迎撃作戦を中継していた。戦闘機十数機が一斉に上昇する。実況は勇ましかった。
五分後、声が変わった。十分後、中継映像には黒煙を引く機体しか映らなくなった。
モスクワ。地対空ミサイル部隊が一斉射撃。数十本の白煙が空を覆う。異星機は逃げない。空中で静止したまま、飛来するミサイルを一発ずつ撃ち落としていく。一発。二発。十発。光の点滅が続き、最後の一発が消えた。その直後、発射地点だけが破壊された。民家には一発も当たらなかった。
台湾海峡。艦艇から撮影された映像。対空ミサイル発射。異星機が急上昇。数秒後、海面近くまで垂直降下。水面から十数メートルの高度で停止。そのまま後ろ向きに加速。レーザー照射。艦艇のレーダーが破壊される。
世界中の軍事専門家が、ほとんど同じ言葉を口にした。
『既存の航空力学では説明できません』
飛行機ではなかった。翼によって揚力を得て飛んでいるわけではない。機体が向いている方向と、進んでいる方向が一致していない。前へ。後ろへ。横へ。真上へ。自在に加速する。それでも慣性そのものが消えているわけではなかった。
激しい機動のたびにわずかな時間差が存在する。完全な魔法ではない。だが人類の航空機とは、前提となる技術が違いすぎた。
*
開戦から三時間。報道機関の間で、ある奇妙な共通認識が生まれ始めた。取材機は攻撃されない。すでに世界中で百機以上の報道ヘリ、民間ドローン、固定カメラが異星機を撮影していた。異星機はそのほとんどを無視していた。
ニューヨークでは高層ビルの屋上からテレビカメラが空を追った。マンハッタン上空を黒い機体が飛ぶ。市民は逃げ惑う。だが異星機は摩天楼を撃たない。自由の女神も。橋も。住宅も。遠くに見える州兵施設だけが破壊された。
ロサンゼルスではニュースヘリが異星機を追跡した。五百メートル。三百メートル。最も近づいた時には百メートルを切った。異星機は一度だけヘリへ機首を向けた。スタジオから悲鳴が上がった。何も起きなかった。異星機は再び進路を変え、軍用レーダー施設へ向かった。
『我々が見えていないのでしょうか』
キャスターが言った。その問いに軍事評論家が首を振った。
『いえ。あのセンサー性能で、この距離のヘリコプターを認識できないとは考えにくい』
『では、なぜ?』
『脅威ではないからでしょう』
数秒、スタジオが静かになった。
『我々は……攻撃する価値もないということですか』
『おそらく』
その映像は世界中へ拡散された。
*
開戦から六時間。各国軍は反撃を続けていた。数千発の対空ミサイルが発射された。命中したものもあった。少なくとも、そう見えたものはあった。しかし撃墜には至らなかった。
異星機はミサイルの発射を即座に検知する。回避できるものは回避。迎撃できるものは迎撃。必要なら射程圏外へ退避する。
人類側は逆だった。敵を捉えられない。捉えても撃つ前に攻撃される。撃っても当たらない。当たっても効かない。世界中の人間が、それを見ていた。誰かがSNSへ書いた。
《アメリカが何とかする》
一時間後。
《NATOが反撃始めた》
さらに一時間後。
《中国が大規模迎撃してる》
その次。
《ロシアが本気出した》
やがて、書き込みの内容が変わった。
《核は?》
《核ならいけるだろ》
《核兵器まで無理なら終わり》
そして、その夜。アメリカ政府は重大な決断を下した。
*
太平洋上。異星大型船の一隻に対して、核弾頭搭載ミサイルが発射された。政府は詳細を発表しなかった。しかし今の時代、秘密にすることなどできなかった。民間衛星。観測所。船舶。航空機。数分で世界中が知った。
《核攻撃》
トレンド一位。悠真も自室で中継映像を見ていた。直接の映像ではない。軌道表示と観測データだけだった。ネット配信者が興奮気味に叫んでいる。
『来た! 来たぞ!』
ミサイルが上昇する。宇宙空間へ。異星船へ向かう。悠真は両手を組んでいた。宗教など信じていない。それでも祈っていた。
「当たれ」
チャット欄も同じ言葉で埋まった。
《当たれ》
《いけ》
《頼む》
《これで駄目なら終わり》
あと百キロ。五十キロ。二十。突然、表示が消えた。
「……え?」
配信者も黙った。数秒後、速報が出た。
《飛翔体消失》
続報。
《核爆発確認されず》
迎撃された。人類最強の兵器は、敵の船体へ触れることすらできなかった。悠真は椅子に深く座り直した。チャット欄の速度が急に落ちた。誰も何を書けばいいのか分からなくなったようだった。
やがて一つだけ書き込みが流れた。
《これどうやって勝つんだよ》
誰も答えなかった。
*
「これ、勝てないだろ」
亮太から電話が来たのは深夜零時過ぎだった。悠真は自室のモニターを見ていた。ゲームは起動していない。ニュースサイトを三つ。動画配信を二つ。海外の軍事掲示板。SNS。世界中の映像が、切れ目なく流れてくる。
「たぶんな」
「たぶんじゃないって。アメリカまでボコボコじゃん」
「そうだな」
「核も駄目だったぞ」
「ああ」
「これ、明日起きたら日本なくなってるとかない?」
「都市はあんまり攻撃してない」
「じゃあ占領?」
「分からん」
悠真は動画を巻き戻した。台湾で撮影された異星機。一機が上昇。急停止。横方向へ加速。そこから後退。
「なんだよ、その動き」
「何?」
「宇宙人の機体」
「あれ飛行機なの?」
「たぶん飛行機として考えない方がいい」
「どういうこと?」
悠真は再生速度を落とした。異星機の機首は南を向いている。なのに機体は東へ移動している。そこから一瞬静止。次に斜め上。戦闘機なら機体の向きを変えてから加速する。こいつには、それがない。
「六自由度……」
「何?」
「ゲームみたいなんだよ」
「この状況でまたゲームかよ」
「違うって」
悠真は画面から目を離さなかった。
「戦闘機として飛ばしてない。三次元空間をそのまま移動してる」
「分からん」
「俺も分からん」
ただ、妙な既視感があった。飛行機ではない。宇宙戦ゲームで使う機体。上下も左右もなく、推力方向を自由に変えられる機体。そう考えると、動きそのものは異常ではなくなる。もちろん、それを実現する技術はまるで分からない。
「悠真」
「ん?」
「逃げた方がいいのかな」
亮太の声が急に低くなった。悠真は黙った。どこへ。それが分からない。世界中で同じことが起きている。
「明日、学校ないらしい」
「知ってる」
「また連絡する」
「ああ」
通話を切った。窓を見る。遠くでサイレンが鳴っていた。その夜、悠真はほとんど眠れなかった。
*
侵略三日目。世界の空から、人類の軍用機が消え始めていた。正確な損失数は発表されていない。だが映像を見れば分かった。
空軍基地には破壊された戦闘機が並び、滑走路には穴が開いている。軍港では艦艇が浮いたまま沈黙していた。沈められてはいない。レーダー。通信。武装。推進。戦うために必要な部分だけが正確に破壊されている。
異星軍は都市をほとんど攻撃しなかった。病院も。学校も。住宅地も。報道施設も。
テレビ局は生きていた。通信網も完全には破壊されていない。むしろそのせいで、世界中の人間は三日間ずっと見続けることになった。
アメリカが負けるところを。
中国が負けるところを。
欧州が負けるところを。
ロシアが負けるところを。
そして自分たちの国が負けるところを。
何が起こっているのか、人々はリアルタイムに知った。人類は負けていた。世界中の誰もがそれを理解していた。
*
午前十一時過ぎ。市から避難指示が出た。近隣の航空自衛隊基地が再び攻撃対象になる可能性があるという。
「荷物これだけ?」
母親が言った。
「道路もう混んでるぞ」
「だから早く行くの」
父親は仕事先から直接、指定避難所へ向かうことになっていた。悠真はリュックを背負った。水。携帯食。充電器。モバイルバッテリー。着替え。タオル。そして携帯ゲーム機。
「それ持っていくの?」
母親が呆れた。
「暇になるかもしれないし」
「この状況で?」
「この状況だから」
家を出た。道路は完全に渋滞していた。クラクション。泣いている子供。大声で電話する男。コンビニには長い列。皆、空を気にしていた。時々誰かが見上げると、その周囲の人間もつられて見上げる。
学校近くの交差点で亮太と合流した。彼も家族と一緒だった。
「悠真!」
「おう」
「西の体育館だって」
「俺らも」
二つの家族は徒歩で避難することになった。
午後零時三十七分。空襲警報が鳴った。一斉にスマートフォンが震えた。
《上空に未確認飛行物体。頑丈な建物内へ避難してください》
「走って!」
誰かが叫んだ。群衆が動き始めた。その時、轟音が空を裂いた。悠真は反射的に見上げた。青空の遥か上。二機。いや、三機。黒い機体。その後方から、一機の戦闘機が接近している。
「自衛隊!」
誰かが叫んだ。F―2だった。低高度。翼下にミサイル。
「何でまだ飛ぶんだよ……」
亮太が呟いた。悠真も同じことを思った。三日間、嫌というほど見てきた。戦えばどうなるか、誰もが知っている。
F―2がミサイルを放った。一発。二発。白煙が空を伸びる。異星機が分散した。一機が上昇。一機が右へ。もう一機は高度を下げた。F―2が追う。
「追うな!」
悠真は叫んでいた。もちろん聞こえるはずがない。異星機が山の稜線近くまで降下。F―2も高度を下げる。その時、上空に報道ヘリが見えた。テレビ局のものだろう。異星機はそちらを一瞥するように機首を向けた。しかし攻撃しない。そのままF―2へ向き直る。
「逃げろ……」
光った。F―2の機首付近から金属片が飛び散った。撃墜された。機体が傾く。だが次の瞬間、燃えながら分解したF―2の一部が、異星機へ激突した。
偶然だった。狙った攻撃ではない。巨大な金属片が異星機の後部にぶつかる。
「当たった」
悠真が呟いた。黒い機体が大きく傾いた。これまで三日間、一度として見たことのない動きだった。姿勢を崩している。何かを噴射する。立て直そうとしている。だが高度が低すぎた。
「落ちるぞ!」
亮太が叫んだ。異星機は山へ向かった。木々の向こうへ消える。一秒。二秒。轟音。地面が揺れた。鳥の群れが一斉に飛び立つ。火柱は上がらなかった。黒煙もほとんど見えない。山の向こうから、白い土煙だけがゆっくりと立ち上った。
「落ちた……?」
亮太が言った。誰も答えなかった。上空では残った二機の異星機が旋回した。悠真は身構えた。墜落地点へ向かう。そう思った。だが違った。二機は数秒ほど上空に留まった後、そのまま北へ飛び去った。
仲間を救助しない。墜落機を破壊もしない。やがて空に静けさが戻った。報道ヘリだけが残っていた。ヘリは山の方向へ機首を向ける。カメラで墜落地点を探しているのだろう。
悠真は山を見た。距離は近い。子供の頃、何度も遊びに行った場所だった。
「悠真」
母親が腕をつかんだ。
「行くよ」
「ああ」
一歩歩く。振り返る。山の中に落ちた。三日間、人類の戦闘機を一方的に撃ち落としてきた機体が。ほとんど形を保ったまま。すぐそこに。
ポケットのスマートフォンが震えた。
《緊急速報》
《墜落した未確認飛行物体には絶対に近づかないでください。自衛隊および警察が対応中です》
悠真は画面を見つめた。周囲を見る。道路は避難車両で混み合い、完全に詰まってしまっている。遠くから救急車のサイレンが聞こえる。警察も自衛隊も、すぐには来られない。もう一度、山を見る。
「あの場所ならだいたいの位置は……」
「え?」
亮太が聞き返した。
「いや」
悠真は歩き始めた。だが頭の中から、山の向こうに落ちた黒い機体が離れなかった。
三日間。世界中の人間が、自分たちの軍隊が負け続ける姿を見てきた。一機も落とせなかった。核兵器さえ届かなかった。その敵の機体が今、悠真が走ればほんの数分の距離にあった。




