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暗雲立ち込める

 アルフレッドを伴い、ヴィクトリアは公爵領の端。採掘現場となっている山へと馬車を走らせた。

 現場ではツルハシが火花を散らし、巨大な瓦礫を複数人で運んでいる光景にピクニック気分で来ていたヴィクトリアは思考を切り替え、手伝おうと馬車を降り、ドレスを揺らしながら瓦礫の方へと歩いていく。


「皆様、精が出ますわね! わたくしも、この道の完成を心待ちにしていますの。微力ながら、お手伝いいたしますわ!」


 ヴィクトリアが白手袋を脱ぎ捨て、泥にまみれた巨大な岩に白く細い指をかけようとした瞬間――現場に悲鳴のような制止の声が響き渡った。


「公爵様!? なりません! 公爵家の宝珠に傷がついたら、俺たちの首がいくつあっても足りません!」


「……お嬢様、おやめください……そのお姿で岩を運ばれれば、現場の士気が上がるどころか、恐怖で心臓が止まる者が続出いたします)


 掘削員たちの必死の形相と、アルフレッドの説得に、ヴィクトリアは不満げに頬を膨らませた。


「まあ、アルフレッドまで。これでもわたくし、この領の領主なのよ?領民が汗を流してくれるのにわたくしだけ見ているだけなんてできないわ」


 市場で買い食いし、一般開放されている風呂で溶けきり、ガランドに無茶振りをしていても――いたとしても、ヴィクトリアは多忙である。

 求職者の面談、店を出したい商人との打ち合わせ、取り入りたい貴族の縁談をぶった切る等、ほぼ毎日のようにヴィクトリアも働いている。決して遊んでいるだけではない。

 黄金都市の建設をその身で手伝い、だからこそ、現場の苦労を他人事とは思えない。 

 

「……であればお嬢様には肉体ではなく、頭脳で働いていただきたく。あちらにガランド殿とエルゼリット殿がおりますので、打ち合わせへ」


 主人を危険な現場に立ち入れさせたくないアルフレッドの苦肉の策であった。

 土煙の向こう側、荒々しく指示を出すガランドとその後ろに控えるエルゼリットを指をさすアルフレッド。


「むぅ。アルフレッドが言うのであれば……あら?」


 ヴィクトリアは遠目に見てもガランドの様子がおかしいと気付く。

 握っている羊皮紙が震えていた。


「ガランド!進捗はどうかしら?あまりに険しい顔をしていては、山の精霊様も驚いて逃げてしまいますわよ」


 ヴィクトリアの暢気な声に、ガランドが弾かれたように顔を上げた。その瞳には、計り知れない怒り。

 エルゼリットを連れ、ヴィクトリアの方へ寄ってきたガランドはひしゃげた羊皮紙をヴィクトリアへ渡す。


 その内容をヴィクトリアとアルフレッドは改めていく内にアルフレッドは「ほう……」と。ヴィクトリアは眉を寄せた。


「伯爵の野郎がこの領に入る荷台の関税を増やしやがった。さすがにこれだけ派手にやってる手前、隠し通せるとは思ってねぇ。ただ、これは殺す気できてやがる」


 勿論、払う金が増えれば商人は立ち入らない。

 セプタム領への関所で商人を止め流入を断ち切ったバルトロメイ伯爵。大規模な事業を手にかけるセプタム領への打撃は計り知れない。


「今はまだ影響は表面化してねぇ……が、時間の問題だな」


 ガランドの言葉は、削られた岩肌に叩きつけられる爆音よりも重く響いた。

 だが、その絶望的な報告を聞いてもなお、ヴィクトリアの背後に控えるエルゼリットの表情は、凪いだ水面のように静かであった。


「……流石はお父様。娘を道端に捨てた時と同じく、血も涙もない決断の早さです」


「その割には考えがある表情ねエルゼリット。何か案はあるのかしら?」


 ヴィクトリアは、寄せた眉を解かぬまま、エルゼリットを見つめた。


「このまま何もしなければ、食料は何とかなったとしても他の物価は値上がりします。いくら免税にしたと言っても領民のお金は有限です」


 エルゼリットは淡々と、しかし確かな殺意を算盤の音に乗せるように続けた。


「……ですが、お嬢様。お父様が扉を閉めたのであれば、私達は、その扉の鍵を握る者たちを懐柔します。幸い、お父様の周囲には……神に仕える身でありながら、金貨の音に耳をそばだてる方々が、山ほどいらっしゃいますもの」


 ガランドが、そのやり口に呆れたように鼻を鳴らした。


「……おい、エルゼ。お前、ついに聖職者を脅す気か?そりゃあ関税よりよっぽど殺しだぜ」


「ガランド様、これは救済です。不浄な金を、セプタム領の平和な開拓のために使わせて差し上げるのですから……それともう一つ、お嬢様」


 エルゼリットは、ヴィクトリアへどこか艶やかな、そして冷酷な微笑みを向けた。


「お父様の関税所を通る荷馬車が減るのであれば、その隙間に、わたくしたちが用意した特別なお香を忍び込ませます……伯爵領の役人たちが、その香りがなくては仕事も手につかなくなるほど夢中になっていただければ、関所は実質、わたくしたちの通り道となりますわね」


 ヴィクトリアは、そのお香の本当の恐ろしさを知らないまま、ぱぁっと顔を輝かせた。


「まあ!素敵ですわエルゼリット!お父様の部下の方たちに、わたくしたちの領地の香りを届けて差し上げるのね。皆様が仲良くなれれば、きっと暗雲なんて晴れてしまいますわ!」


 ヴィクトリアの無垢な言葉に、アルフレッドは(……お嬢様……それは晴天ではなく、地獄の業火による焼き尽くしでございます……)と、心の中でだけ、深く、深く溜息をついた。

 エルゼリットが提案したえげつない一手。

 ガランドが思っていても口にしなかった提案を平然としてのけたエルゼリットの評価をアルフレッドは一段階引き上げる。


「エルゼ、てめぇ分かってるだろな?これが成功したらどんな結果になるのかをよ」


「何か問題でもありますか?」


 ガランドの問にエルゼリットは真顔で何の気もなしに首をかしげる。

 彼女は顔を上げ、かつて自分を幽霊のように扱った実家がある、山の向こうの空を見据えた。


「私はただ、親よりも兄弟よりも自分の命が大切なだけです。このままだと公爵領諸共私達は殺されます。でしたら、足掻くのは道理ではないですか?」


「あぁ……なら言う事はねぇ」


 エルゼリットの目に宿る光は、絶望を知る者特有の、濁りのない暗さだ。それを道理と呼び切る彼女に、闇の王であるガランドが口を出せることは何もない。


「素敵ね!ガランドもエルゼリットも、本当に頼もしいですこと。アルフレッド、わたくしも負けていられませんわね」


 ヴィクトリアは満足げに頷き、山の向こう側――バルトロメイ領の境界線を見つめた。

 そこでは今、伯爵の命を受けた関税官たちが、セプタム領を孤立させるために厳しく目を光らせているはずだ。

 ヴィクトリアは関税官と仲良く出来ると信じて――


 山を削る轟音。

 立ち昇る土煙。

 そして、空を覆い尽くさんばかりに押し寄せる、重苦しい黒い雲。


「……ふふ。お父様、見ていてくださいまし。わたくしたちの新しい道は、もう誰にも止められませんわ」


 ヴィクトリアは、自らの手で地獄の蓋を開けている自覚もないまま、高らかに宣言した。

 公爵領の資金が尽きるのが先か、伯爵領が地獄の業火で焼き尽くされるのが先か――王国内の共食い、その競争が静かに始まった瞬間だった。

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