モテ期?のお嬢様
ヴィクトリアの美貌は誰もが知るところだが、都市に住む領民からは高嶺の花どころか天空の孤島に咲く花と認識されている。
その美貌と美味しそうに平民のグルメを食べる姿、悪くない人当たり。憧れる男性どころか女性も多々いるのであるが、それを実行に移す領民はいない。
領民の共通認識にもなっているのだが、距離が近くなればなるほどガランドの様になると。
ガランド以上に無茶振りに応えられる人間だけがヴィクトリアに個人的に近付くべきだと。そんな防波堤の様な認識をされているガランドだった。
市場で串焼きを頬張るヴィクトリアの背後、虚ろな目で指示を出すガランドが通り過ぎるたび、領民たちはそっと手を合わせ、祈りを捧げるのが日課となっていた。
「……ああはなりたくねぇ。お嬢様は拝むもんだ。近付くもんじゃねぇ」
と。誰が言ったそれは、恋慕を通り越した畏怖。セプタム領における、生存本能に基づくマナーであった。
昼下がり、そんな地元の共通認識を知ってか知らずか、見栄えの良い男達が公爵邸となっている安宿の扉を叩いた。
何故か出てきたアルフレッドに男達は公爵邸の応接室となった安宿の食堂へと通される。
昼食を楽しむ領民もいる中――
「こちらでお待ちください」
そう言い残し、アルフレッドは食堂から出て行く。
「――それで、皆さんも?」
恰幅のいい男。王都で店を構える商人の息子。
先制攻撃のつもりで一番最初に開いたのだが、他の男達の反応は三者三様であった。
「ああ。親父が何としても落としてこいと」
と、ある男爵家の息子は言う。
「……馴れ合うつもりはない。言わなくとも分かるだろう」
銀色の鎧に身を包み、腰に剣をぶら下げる騎士風の男性。
三人の共通認識としてはこの都市は金になる。
あの世間知らずと噂のお嬢様を落としてしまえば莫大な金と権力を手に出来るだろうと。
何にせよ、碌な目的などではない。
「お待たせしましたわ」
平民の服装で串焼きを齧りながら食堂へと現れたヴィクトリア。
領民としては見慣れた光景であるが、この三人は初見。月光を溶かしたような銀髪、アーモンド型の瞳は楽しそうに手に持った袋の中を見ている。
金と権力に美貌というオマケがついてきたと男達は内心喜ぶ。
男たちは、ヴィクトリアが平民の服を着ていることを自分たちを警戒させないための、愛らしい変装だと勝手に解釈し、自信満々に胸を張った。彼らにとって、目の前の少女は攻略すべき宝箱にしか見えていない。
「お嬢様、行儀がわりぃよ。一応求職者だぜ」
「あら。ガランド。貴方も一本いかが?」
「ああ、ありがとう」
ヴィクトリアから串焼きを受け取りったガランドは男達を観察する。
(親の七光、貴族のクソガキ、後は詐欺師か……さて、どうすっか。アルフレッドの旦那は求職者って言ってたけどこれは求婚だろうな)
「お嬢様。貴女に一目惚れをしたようです……まず、これをお受け取りください」
商人の息子は懐から金貨の入った袋を取り出し、ヴィクトリアに差し出す。公然と行われる賄賂。ヴィクトリアの手に渡るその手前。ガランドが袋をひったくった。
「おう。開拓の資金ありがとうな。あと、てめぇ堂々と賄賂はねぇだろ。金の使い方を父親から教えてもらえ」
ギリリと歯軋りをする商人の息子。その肩を引いたのは男爵家の息子。ガランドがクソガキと称した男だった。
「次は僕の番ですね。お嬢様、今すぐこのボロ宿から貴女を救い出し、大きな屋敷へと連れて行けます!」
「おう。公爵家の屋敷よりでかいんだよな?お前もその親父も勘違いしてねぇか?ここで馬鹿な顔して串焼き食ってるのは公爵令嬢じゃねぇよ。この国の公爵だ。てめぇが釣り合う身分なのかよ」
「あら、ガランド。誰が馬鹿な顔してなのよ?わたくしのどこが馬鹿な顔なのよ?」
「……あぁ。悪かった。お小遣い増やすから許してくれ」
「まあ!言ってみるものね」
堂々と賄賂を行うガランドであった。
先ほどの発言などガランドにとっては些事である。隣の主人の機嫌の方がよっぽど大切なのであった。
(この2人は見逃してもいいが……こいつは駄目だ。害しかねぇ)
ガランドが詐欺師と称した騎士風の男。
最後に残った男は、重々しく剣の柄に手をかけた。
「……言葉など無用。お嬢様、私はこの剣で、貴女の行く手を阻むすべての敵を斬り伏せましょう。まずはその不遜な横の男から排除いたしましょうか?」
ガランドが串焼きを咀嚼しながら――
「お、やれるもんならやってみろ……というか、俺を殺して代わりにお嬢様の奴隷になってくれるなら大歓迎だぜ」
煽りに対して煽り返すガランド。
小悪党の威圧などガランドにとっては日常のそれと何ら変わらない。
セプタム領の実務を取り仕切っているが、かと言って丸くなったわけではない。その牙を隠しているだけである。
昼食を食べながら成り行きを見守っていた領民は絶対に無理だと呟く。
「……先ほどの冗談を本気にするとは……その身で試すか?」
かつて彼が、一国の裏側を血と暴力で支配していた闇の王であったことを知らない者が多すぎる。
今の彼は、わがままな主人のために奔走し、予算と納期に追われ、メイドの暴走に頭を抱える善良な苦労人に見えるだろう。だが、その瞳の奥にある深淵しんえんまでは埋まっていない。
「いいや。やめておく。弱い者イジメはまぁ嫌いじゃねぇ。けど、それはそいつの領分でだ。てめぇ剣なんか使えねぇだろ?」
串焼きを齧り、その指は騎士風の男の手元を指す。
「磨き抜かれた鎧と立派な剣。確かに騎士に見えるなぁ……でもよ、その指までは隠しきれねぇよな?どうしてタコがねぇんだ?」
指を見て、ガランドは騎士ではないと確信していた。
詐欺師の領分で言い負かしたガランド。追撃は止まらない。
「大方、女を騙して食い物にしてきたんだろ?今度はてめぇが食い物にされる番だよなぁ?」
お小遣いアップを勝ち取ったヴィクトリア。定員を呼び、日替わりセットを頼む。
騎士風の詐欺師に慈悲などない。わけではないが、単純に興味がない。
悪い人ならガランドが担当と丸投げし、お行儀よく配膳されるのを待つ。
今から食い物にされる詐欺師と食い物を待つ公爵。
同じ食い物にされるならヴィクトリアに食べられる野菜の方がよっぽど幸せだろう。
「てめぇの選択肢は三つ。一つ目はこのまま衛兵にしょっぴかれて二度と日の目を見ることは出来なくなるか。二つ目、俺に死ぬまでこき使われるか。三つ目――」
ガランドの表情が微かに変わる。
「てめぇのその腰の剣で斬りかかってくるか。まぁ、好きなの選べや」
詐欺師がガランドの殺気に膝を突き、「二、二つ目で……お願いします……」と絞り出す。
そうしてガランドはタダ同然の労働力を手に入れた。
「あら。ようやく決まったようですわね。ガランド、お仕事が増えて良かったわ」
運ばれてきた日替わりセットを前にヴィクトリアは手を合わせ、フォークで野菜を刺し、口元に持っていく。
ヴィクトリアの舌鼓の音、領民の同情する声、詐欺師風の男が啜り泣く声が混じる何とも言えない空間であった。
「ああ。これでお嬢様のお小遣いも増やせるな。求婚しに来るくらいだろ。働いた金くらい惜しくねぇわな」
「求婚?求職者じゃなくて?」
「……いや、俺が間違ってた。求職者で間違いねぇよ」
領民が祈り、ガランドが擦り切れ、お嬢様が微笑む。
それが、この領地における最高のモテ期の定義であった。




