老執事アルフレッドの独白
アルフレッド・レインワースが見るにヴィクトリア・フォン・グラン・ゼプタム様は異端である。
エテルナ・ロサ王国の公爵令嬢としてお生まれになった頃より接してきたが、単なる我儘を体現した娘なのかそれとも底知れぬ深謀遠慮の持ち主なのか判断が出来ない。
齢20となる公爵令嬢だが、ほんの少し紅茶の味が違うだけもカップを地面に叩きつけ、
「まずいですわ。この泥水を早く片付けて頂戴」などと仰る。
まさかとティーカップを片付けた際、お嬢様の目の届かない所で一口頂いたがほんの少し舌を刺すような感覚があった。
かなり薄く希釈しているが毒だ。
実際カップの中身を全て飲んだ所で少しお腹が痛くなるだけだろう。明らかな嫌がらせである。
広大な公爵の屋敷だ。どこにでも使用人はいる。
1番近くの使用人にお嬢様の部屋のを清掃を命じ、公爵様のお部屋へと私は向かう。
私は、公爵の執務室の重厚な扉を叩いた。
室内には、暖炉の爆ぜる音と、鼻につく高級煙草の香りが充満している。
不快だ。お嬢様がこの場にいらっしゃれば、扇子で顔を覆い、即座に「不潔ですわ」と吐き捨てられたことだろう。
「……何だ、アルフレッド。ヴィクトリアがまた何か騒ぎを起こしたか」
机の向こうで書類に目を落としたまま、主――アルド公爵が低く突き放すような声を出す。その隣には、落ち着きなく指を動かすエリック様の姿があった。
「いえ、旦那様。お嬢様が『お茶が泥水のようで不快ですわ』と仰せになり、ティーカップを叩き割られましたので。……念のため、その『泥水』の成分を調査いたしました」
嘘である。調査などしていない。
公爵の眉が、ピクリと動いた。エリック様の顔から、血の気が引いていくのが手に取るようにわかる。
やはりそうか。嫌がらせはこの二人が関係している。
「……ただの我儘だろう。あの娘の潔癖には、私も辟易している」
「左様でございますか」
私は、あえて慇懃に、そして「狂気」を込めた笑みを浮かべて問いかけた。
公爵の鉄灰色の瞳と、私の視線がぶつかり合う。
旦那様。貴方が、エリック様を使ってお嬢様の命を狙ったことなど、既にお見通し。……お嬢様が『泥水』と呼んだのは、貴方の浅薄な野心そのもの。
私にお嬢様の世話を任せた事が間違い。この王国の公爵と我儘放題のお嬢様。どちらが私にとって重要なのかなど決まりきっている。
私の筋張ったこの手を綺麗だと仰って頂いた日より私の忠誠は王国でも公爵家でもない。お嬢様に捧げている。
「せっかくのあの見た目だ。家の為に役に立たせれば良かったものの……アレはもう欠陥品だ。アルフレッド、命令だ。ヴィクトリアの失態を報告しろ。廃嫡して修道院に送る」
「……承知いたしました」
一礼をし、部屋を後にした。
さて、どうしたらいいものか。
そんなことで悩むより、お嬢様の我儘で悩みたいものだ。
コツコツと規則正しい音だけが響く廊下、毒入りの紅茶を処分をどうしたらよいものかだとか、公爵様から今後追及される事をどうかわそうかだとか、お嬢様はやはり可愛いなどと考えていると曲がり角から人影が現れた。
夜明け前の銀を溶かし込んだかのような銀髪。
腰まで伸びたその銀髪の毛先は少しだけウェーブがかっているのがまた愛らしい。
綺麗なアーモンド型の目の奥、青色の瞳はほんの少し不機嫌そうである。
「アルフレッド」
鈴を転がしたような声が私の名を呼ぶ。
手に持つ扇子を口元に広げる。濃紺のベルベットドレスがほんの少し揺れた。
「アルフレッド。……わたくしの許可なく、不細工な場所に長居するのは許しませんわ。……貴方のその手は、わたくしを飾るためだけにあるものですのよ?」
ああ、お嬢様! 旦那様のような俗物に私が毒されないよう、釘を刺してくださるのですね! この手はあの日から、貴女様だけのものです……!
本心ではあるが、そう言えたらいいのだが……。
「ええ。承知しております。お嬢様」
「よろしい」
不機嫌そうな色をふっと消し、小さく笑ったお嬢様は私に背を向けて歩き出す。
任せてくださいお嬢様。御身は私の命に変えてもお守りいたします。




