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第一章 異世界転移と邂逅 第1話:落橋(らっきょう)と橋精霊

「ねえ、私は誰?教えて」

「私はアララ。アララが私の名前」

「私……『アララ』! 私の……『私』!」


――ドアを開けただけのはずだった。


ショウは、目の前の光景に思考を止めた。


濁流。

ニュースでしか見たことのない、

川幅いっぱいに暴れ狂う茶色の水。


そして、その中央に――今にも落ちそうな古い木橋。


欄干に、小さな子どもがしがみついて泣いていた。


「誰か!橋の上に子どもが取り残されている!!」


考えるより先に、体が動く。


(橋脚が腐ってる……流木が当たってる

 ……構造限界だ。あと三十秒で落ちる!)


思考より先に「専門家」としての計算が

脳内を駆け巡る。


きしむ音。

鈍い衝撃。


(まだ持つ……!)


揺れる橋を駆け抜け、

子どもを抱き上げた瞬間、

足元が大きく傾いた。


「頼む……受け取れ!」


岸にいた大男めがけて、

子どもを放り投げる。


その踏ん張りが、

寿命の尽きた橋にトドメを刺した。


崩れ落ちる橋の上で、岸へ跳んだ。

――そこで、ショウの意識は途切れた。



暗い空間。


風だけが、ショウの周りを回っていた。


「……あなた……だれ……?」


震える、消えそうな声。


「ここ……どこ……?」


「わたし……なに……?」


ショウは返事をしようとするが、

声が届くのかもわからない。


「橋が……こわれた……」


その悲しげな声に、ショウは思わず叫んだ。


「大丈夫だ! 俺が直す!」


「……直す?」


「そうだ。俺は橋のスペシャリストだ!」


「……あたたかい。あなたの言葉、風みたい……」


その瞬間、目覚めたショウの視界に

完全に壊れた橋が映り込んだ。


「げっ……どうすんだよ、これ」



「おい、目ぇ覚めたか。命拾いしたな」


背後から声がして振り向くと、髭面の大男が立っていた。


「……あんたは、あの時の……」


「子ども投げるなんざ、なかなかの変人だな」


にかっと笑うその顔は、妙に善良そうだった。


「子どもは?」


「安心しな。けがはねえ。親がおめえに感謝してたぜ」


そこへ、初老の男――村長が現れた。


「このたびは、村の子どもを助けてくださり、ありがとうございました」


「いいって。助け合うのは当然だ」


「ベルモンドさんには助けていただくばかりで……」


「ベルモンド?」


「俺の名前だ。おめえは?」


「ショウ。橋上翔だ」


ショウは、そこでようやく気づいた。


(ベルモンド?……ここ、どこだ?)


「ここってどこなんですか」


ベルモンドは呆れた顔で言った。


「中央大陸だよ。この世界のど真ん中だ」


(……世界?)


ベルモンドは戸惑うショウを見て、豪快に笑った。


「よし、こいつは俺の見習いってことにしとけ!」


「見習い?」


「そのほうが都合がいいだろ、おめえにとっちゃ」


村長はため息をついた。


「ベルモンドさん……橋は、どれくらいで通れますか?」


「早くて数か月だな」


「そ、そんなに……!」


その会話に、戸惑いは消え、思考がすべて橋に集中した。


「橋が壊れて困ってるんですよね?」


村長は深くうなずいた。


「物資も人も渡れず、困り果てております」


ショウは勢いよく前に出た。


「じゃあ、橋をかけましょう!」


「えっ」


村長が驚く中、ショウは胸を張った。


「俺は橋の専門家だ。任せてくれ!」


だが――


「ふざけるんじゃねえ!」


ベルモンドが怒鳴りつけた。


「橋ってのはな、土地の記憶を繋ぐもんだ!若造が軽々しく言うな!」


ショウはきょとんとした顔で言い返す。


「俺は素人じゃない。今の橋よりずっといいものを、もっと早く作れる!」


その瞬間、ショウの髪が風もないのにふわっと揺れた。



「理論的には三日で架けられる!」


「泥も触ったことねえ若造が、“三日で架ける”だと?」


「できる」


「……あ?」


重たい沈黙。


やがて、ベルモンドは舌打ちして腕を組んだ。


「……いいだろう。言ってみろ」


ショウは、地面に枝を走らせた。


「橋脚は使わない」


「……は?」


「この流速、この水位。この川に“脚”を立てるのは無理だ」


集まってきていた村人たちがざわつく。


ベルモンドは黙って見ている。


「だから――」


巨大な放物線――カテナリーを描く。


「空に逃がす」


「……空?」


「吊り橋だ」


空気が変わった。


「荷重は分散できる」


「両岸に固定すれば、橋は浮く」


「問題は“支える力”――アンカーだ」


ショウの指が、岩場を指した。


「あそこに固定する」


ベルモンドの視線が動く。


岩を見る。地面を見る。


そして――ショウを見る。


「……本気で言ってんのか」


「本気だ」


即答だった。


やがて、ベルモンドが口を開いた。


「……続けろ」


ショウは一気に説明した。


縄を束ねてケーブルにすること。

張力を逃がすための角度。

荷重の分散。

最低限必要な材料。


そして――


「三日」


最後に、そう言い切った。


誰も、笑わなかった。


ベルモンドが、ゆっくり口を開いた。


「……理屈は通ってる」


村人たちが息を呑む。


「だがな」


一歩、前に出る。


「“できる”と、“やれる”は違うんだよ」


ドン、と岩を叩いた。


「これをどうする」


ショウは言葉に詰まった。


「掘れるか? 動かせるか? 固定できるか?」


「設計図は立派だ」


ベルモンドは、吐き捨てるように言った。


「だが現場は、紙の上じゃねえ」


ショウは、岩に手をついた。


押すが、動かない。

掘るが、指が痛むだけ。


わかってしまう。


(俺一人じゃ――)


その時、風が、揺れた。


(……橋……かけられないの……?)


(……悲しい……)


ショウは、歯を食いしばった。


「やる。絶対に、架ける」


その瞬間、ドン、と肩を叩かれた。


「だから言ってんだろ」


ベルモンドがニヤリと笑う。


「橋は一人じゃ架けられねえ」


村人たちを見回す。


「おい、お前ら」


低いが、よく通る声。


「仕事だ」


人が動き出す。


ショウは、呆然と立っていた。


その横で、ベルモンドが言う。


「指示出せ、設計屋」


「……!」


「お前の橋なんだろ」


ショウの中で、誰かの声が響いた。


(橋は、みんなで架けるものだよ)



その夜、ショウは村長の家に泊まった。


(……何か忘れてる気がするけど……明日から吊り橋だ!)


遠足前の子どものようにワクワクして眠れず、ようやく寝ついた時――


「やっと……声……とどく」


あの声がした。


「君は誰だ?」


「わからない……私は……誰?」


「ここの橋が壊れて悲しいって言ってたよな」


「うん……悲しい」


「じゃあ、君は橋の妖精なんじゃないか?」


「妖精?……橋の?」


「橋には、その橋の妖精と獣が宿っているって聞いたことがあって、

 あれ、俺、そんなことどこで聞いたんだ?」


「いままでも、橋を守っていたんじゃないか?」


「わからない……目が覚めた後のことしか覚えてない」


「目が覚めたって?」


「直すって言ってくれたとき」


「あの橋が壊れたとき?」


「そう、それより前のことは何もおぼえてない」


「う~ん、ショックで記憶喪失になったのか。

 いや、そもそも妖精が記憶喪失になるのか」


考え込むショウに、泣き出しそうな声が訴えた。


「ねえ、私は誰?教えて」


「大丈夫だ、橋は、俺が、いや俺たちが直してやるから」


「ちがう!ちがう! 

 怖いの、このまま消えてしまいそうで。

 私がなくなりそうで」


「だから、橋ができれば――」


「そうじゃない!」


それまでショウのまわりには

おだやかな風が舞っていた。


それが、激しい突風となって

ショウをふっとばした。


「うおっ」


「あっ、ごめんなさい」


風はすぐに元のおだやかなものに変わった


「君は、自分が何者なのかわからないから不安なのか?」


「そう……なのかな?」


「そうか、じゃあ取りあえず名前をつけようか」


「えっ」


「俺も君を呼ぶのに名前がないと話しづらいしな」


「名前……」


「そうだなぁ」


考え込むショウの意識に、突然ひとつの名前が浮かび上がった


「……アララ」


「アララ!」


声はすぐに反応した


「私はアララ。アララが私の名前」


「あ、ああ、気に入ったかい」


「アララ、私はアララ」


何度も繰り返しながら

風は嬉しそうにショウの周りを舞った


そして、その速度が徐々に速くなり

光の粒子が混じってきらきらと輝くと

やがて収束して人の姿となった


それは10歳ほどの少女だった

柔らかな光に包まれて浮かんでいる。


緑の髪。

葉のドレス。

風と水の力をまとった、小さな精霊。


彼女は、ゆっくりと目を開けた

その瞳は、深い緑色


ショウを見つけた瞬間

顔中に明るい

太陽のような満面の笑みが広がった


「あはっ! ショウ、ありがとう! 私……『アララ』!」


そう叫ぶと、彼女は纏っていた風を爆発させるようにして

ショウのもとへ飛び込んできた。


力いっぱい、ショウの体に抱きつく


「私……『アララ』! 私の……『私』!」


抱きついてくるアララの体は、

精霊らしく

ふんわりと軽かった。


ただ、その肩から伝わる震えと

ショウの体を濡らす涙は

彼女が今

確かな「存在」になったことを物語っていた。


感謝と、存在の喜びで

涙を流し続けるアララ


その温かさと、予期せぬ実体化に


「え、あ、あ、アララ……?」


ショウはただ、あたふたと困惑するしかなかった



――夢だと思っていた。


だが。


「ショウ、目が覚めた?」


枕元に、アララがいた。


「うおっ……夢じゃなかったのか……!」


「アララは、ショウのそばにいるよ! だって、名前をくれたもん!」


昨日まで実体のなかった精霊が、

今、目の前で確かに呼吸し、笑っている

その現実に呆然としていると、部屋の扉が乱暴に開かれた。


「村のもんが拾ってきたぜ」


ベルモンドが古いショルダーバッグを放り投げた。


「ああっ! 俺の鞄! 俺の……七つ道具!」


ショウは床にダイブするように鞄を掴むと、

それを抱きしめた。

 

だらしなく口元を緩ませ、

金属とナイロンの匂いが染み付いた鞄に

すりすりと頬ずりをする。


「あああ……無事だったか……お前たち……レーザーの電池は……?

  野帳ノートは濡れてないか……? 会いたかったぞ……!」


その様子は、感動の再会というより、

常軌を逸した fetishism(物神崇拝)に近い。


ベルモンドは露骨に顔をしかめ、一歩引いた。


「……おい。こいつ、マジで気持ち悪りィぞ……。」


村長も、村人たちも、呆れを通り越して

気味の悪いものを見る視線をショウに注いでいる。


アララでさえ、少し離れた場所から、首を傾げて呟いた。


「ショウ……変。ちょっと怖い」


だがショウは気にしない。

彼はうきうきして鞄のジッパーを開け

中から、使い込まれたレーザー距離計、

オートレベル、野帳、そしてペンを

宝物を並べるように床に広げた。


「よしよし、みんな生きてるな! さあ、これからこの世界に、俺の最強の橋を……」


彼が、レーザー距離計を頬に寄せ、頬ずりをしようとした、その時だった。


突風が吹き荒れ、道具が光の渦に飲み込まれた。


「俺の道具がぁぁぁ!」


光が収束し、道具が落ちてきた。


アララは泣きそうな顔で座り込んでいた。


「ごめんなさい……ショウの力になりたくて……」


ショウは道具を拾い上げた。


異変に気づく。


レーザー距離計は、以前よりも鮮明に光る。

野帳は微かに輝き、ペンは驚くほど滑らか。


「……性能が桁違いだ……!」


アララが与えた力で、道具は進化していた。


ショウはアララを抱き上げた。


「すごいぞアララ! お前、天才だ! これで完璧な橋が作れる!」


アララは顔を赤らめ、ショウを見つめた。


「……アララ、ショウの役に立った?」


「役に立ったなんてもんじゃない! お前は俺の最強の相棒だ!」


アララは満面の笑みを浮かべた。


「うん! アララ、ショウの相棒! 二人で橋、かけようね!」


……ただし、アララの姿は他の者には見えない。


ショウの変人レベルは、村で最高値を更新した。

読みやすさ向上のため、序盤の構成を整理しました!


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