1.ハッピーエンドへ復讐を
悪役令嬢が世界を救った。
「…これで、やっと」
裏ボスは、打ち倒された。
大地に響く祝福の声。世界のすべてが彼女を称える。傍らには第一王子、未来の宰相や騎士団長、そして聖女までも。
悪役令嬢と呼ばれ、家族からも疎まれていた彼女は、救国の乙女となった。
誰より愛される乙女に。
「サーシャ!」
笑みと拍手と包容。溢れんばかりの愛が彼女に降り注ぐ。これ以上ないハッピーエンド。
それを理解して、サーシャは涙した。
「―――――……!」
この国に、永久の繁栄があらんことを。
「これのどこがハッピーエンドよ!」
怒りのまま"スマホ"を地面へ叩きつける。
勧善懲悪の物語。正義の勝利。その中心の女はただ呆けて感涙を流すだけ…。
「何が"サーシャ"よ!!!」
力の限り机を叩けば、ダンッと鈍い音が響き、カップの中身が服へ跳ねる。けれど、それはシミになる前にすぐさま失せ、スマホさえ手元へ戻ってくる。
スマホ越しのサーシャはなおも喚くように泣き続け、周りの人間も賛美を止めない。
「反吐が出る。」
アレクサンドラ・フォン・ディア。最高級の宝石を冠する名は、本来、私を指す言葉だった。
建国を支えた四つの家紋が一つ、ディア家に産まれた私は、絶大な魔力を持ち、全てを注ぐべき相手もいた。
この世で唯一、愛した人。
ふっ、と背後で笑う声がした。
『驚いたな。地獄にしては綺麗すぎる。
ね、サンドラ。』
現れたのは、先ほどスマホのなかで死んだ"裏ボス"。王国の第2子であるアレクサンダー・ツー・クラウン大公。
私は、彼にすべてを捧げた。
「あら、ちゃんとご自分の立場をお分かりなのね。
大公閣下。」
それもすべて遠い過去、否、"ゲーム"の中の話。こんな蛇のような男など…、もはや愛していない。
『ははっ。
やっぱり、アレクサンドラはそうでなくっちゃ』
ここに来るまでに、この男が対峙していたサーシャ。今も生きている彼女は、私じゃない。
"転生者"というらしい。
「ご存知?
ここ、ゲームの世界なんですって。」
ここは乙女ゲームの世界。そして私は悪役令嬢。世界に混沌を呼び、主人公に殺されるべき存在。
そんな悪役令嬢に転生してしまった不運な異世界人。それが今のサーシャ。
「18年。
ずっとここで見てましたわ。」
悪役令嬢だった私が、どんどん幸せになっていくのを。
家族からも愛されなかった私が。生きてるだけで謗られた私が。婚約者にすら裏切られた私が。
国さえ救って、幸せになる物語を。
「ふざけないで!!!!」
机を蹴り飛ばせば、甘そうなお菓子や紅茶が地面に散らばる。
「私じゃ幸せになれないっていうの??!?!!」
努力を怠ったことはない。毎日必死だったし、それに見合う力も持っていた。努力と才能と家紋。全てを持っていた。
サーシャと同じものを持っていた!
それなのに
「何でこの子だけ幸せになるのよ!!!!」
殴っても殴っても元通りになる机に、私は何度でも怒りをぶつける。努力した。強くなった。側にいた。だって愛されたかった。
何一つ違わない環境で、貴方だけが幸せになるの?
なら。それなら。それが事実なら。悪いのは、
『間違ってるよね。』
蛇のような男は、笑う。初めて会った、あの日と変わらぬまま。
木漏れ日の庭園で、私はアレックスを好きになった。
王家の第2子。私以上なはずの重圧と孤独のなか、なのに、いつも笑みを絶やさず、転んだ私に手を差し伸べてくれた貴方。尊敬していた。役に立ちたいと思っていた。運命と信じていた。
愛していた。
そして裏切られた。
「お黙りなさい。」
睨み付けども、やはりアレックスは微笑んだまま。
絵画のように美しい笑みのせいで、この男に心がないと気付くのに8年も掛かったわ。
息を吐いて、腰掛ける。椅子は独りでに引くし、頼んでもいないのに紅茶は暖かく、甘いお菓子は軽食へ変わる。
「ご遠慮なさらないで?
閣下も当然、私の憎悪対象でしてよ。
あんな小娘一人殺せない無能な大公閣下。」
視線すらやるのが惜しくて、私は紅茶を啜る。
レモンの爽やかな香りが私の怒りを撫でた。それさえ腹立たしかったけれど、黙って飲み込む。
『サンドラ、契約をしよう。』
軽食へ伸ばした手を思わず止めてしまった。
知っていたからだ。この男がどこまでも狡猾で傲慢で卑劣な人間であることを。
アレックスは契約などしない。
「言葉は正しくお使いなさいな。
命令、脅し、洗脳、どれかの間違いですわ。」
動揺は見せぬよう。軽食のサンドイッチを頬張る。
このエビアボカドという料理は、サーシャの世界の食べ物らしい。彼女が来て以来、この世界に浸透した。
『僕に転生してみない?』
「グッ」
吐き出さぬよう、とっさに口を覆う。
自分の耳とそして脳を疑い、それからアレックスの神経を疑った。
落ち着いて、けれど迅速に咀嚼して飲み込んで、私は大きく息を吸った。
「ご乱心ですの?!?!!」
力一杯に叫ぶ。
人生でこんな風に叫んだことは一度もない。断言できる。
乱心…。確かに、混乱するなと言う方が無理のある状況だった。死んで、天国のような場所に神は居なくて、ましてゲームの世界と告げられて、
当然受け入れるだろうという、私の考えが間違っていた。
この男も存外人間…
『復讐したいだろう?』
「当然ですわ。」
思考を挟むまでもない。私は、世界に、貴方に、サーシャに復讐する。その為なら悪魔とでも手を結ぶ。神だって殺してみせる。
けれど
「お考えが足りないのね。」
私は笑う。貴方のような笑みで。
「貴方として生を受けた暁には、私、この世すべての拷問を受けますわ。
徹底的に貴方の体を辱しめて、甚振って、塵以下の肉塊へ堕とすのみですわよ。」
その過程で私が痛みを味わおうと、掠り傷とすら思わない。だってその程度の苦しみ、私の1割にも届かないから。
『僕もさ。
サーシャの鼻を明かしてやりたい。』
頭のてっぺんから爪先まで、この男に信じられる部分はない。というか…、この世に信頼など存在しない。
世界にとって私が悪役令嬢なように、私にとって世界が悪だから。
『憎いんだ。』
蛇は笑う。
「良い響きをお持ちなのね?」
それだけは信じられる。
『君、サーシャを口説いてきてよ。』




