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1・公爵令嬢と侍女

「いやあっ! やめて! たすけて!!」

「お嬢様、お嬢様、大丈夫でございますよ!」

「お姉さま、早く目を覚まして!」


 私は二人の声で目を覚ました。カーテン越しに朝の光が眩しく目に飛び込んで来る。

 ああ、と私は息を洩らす。まだ、大丈夫だった。まだ、あれはただの夢……。


「また、『寝ぼけて』しまったのね、わたくし。ごめんなさい、ありがとう、二人とも」


 私の顔を覗き込んでいるアリスとクリスティーナは、ほっとした顔になる。私の腹心の侍女と私の妹。大切な、ふたり。


「おはようございます、お嬢様! ハーブティーをお持ちしますね!」

「お姉さま、ご気分は大丈夫?」

「大丈夫よ」


 と私はふたりを安心させるために微笑んでみせた。


―――


 最初に、アレクに婚約破棄される夢を見てから半年が経とうとしていた。ディアナさまの夢を見て、それが現実にならないままにディアナさまが王都を去られて、やっぱり不吉はなかったのだと安心したのも僅かな間だった。

 私は、頻繁に不吉な夢を見るようになってしまったのだ……。


 夢には色んな場面が少しずつ変化して出て来る。

 私が陛下を暗殺しようと企てたとして死罪を賜り、処刑される夢、これが一番多い。時には本当に首に刃の衝撃が走り、目覚めたあとまで痛みを感じる事さえある。でも、本当に首を斬られるのはもっとずっと苦痛の筈だから、たぶんこれは私の想像の痛みなんだろうと思う。それでも、恐ろしく、苦しかった。

 だけど、夢の中で一番辛いのは、アレクから軽蔑と憎悪を向けられるときだった。

 同じように処刑されるにしても、周囲の人々の反応が、夢によって様々なのだ。アレクは、もしも本当に私が殺されそうになったならきっとそうしてくれるだろうと思うように、私を死の運命から護ろうと必死になり、でも周囲に阻まれて泣き喚いている時もある。だけれど、別の夢では、処刑人に手荒く扱われる私を冷ややかに眺め、私を断罪し、別の娘を伴って何でもないみたいに処刑される私に別れを告げる時もあるのだ。私は必死に矜持を保って振る舞っていたけれども、内心は絶望に満たされていた。

 私の家族も私と共に処刑されてしまう。お父さま、お母さま、お兄さま……アレクとお兄さまは親友なのに、必死に私を弁護するお兄さまを、アレクはある時は『彼女は俺が大事にするよ』と笑いながら、ある時は『こんな筈じゃなかった』と詫びながら、処刑を見ているのだ。晒されたお兄さまの首……ああ、こんな事を夢に見てしまうなんて、私の精神はおかしいのかも知れない。不安のせいと思いたいけれど、もしかしたら私は狂気を持っているのかも知れない……。

 また、ある時は、私の代わりに妹が処刑台に立たされている事もあった。

 いつの場合でも、アレクの傍には、私でない別の娘がいた。それは、見慣れた、あかるい笑顔のやさしい――


『アリシア。おまえがこれからはアレクさまをお支えするのだよ』

『はい、お父様』


 馬鹿げたことに、夢の中でアレクの傍に付き添っているのはいつもアリスなのだった。だから私は、これが未来視ではなく悪夢なのだ、と思う事ができる。私の侍女のアリスが公の場で王太子の隣に立つなんて未来がある訳がないから……。


―――


「お嬢様? わたしの顔になにかついてますか?」


 私が無意識にアリスの顔を見つめてしまっていたので、アリスは不思議そうに問うてくる。


「ごめんなさい、なんでもないのよ」


 そう言って、殆ど何も考えずに、


「大好きよ、アリス」


 と言っていた。


「おおおお嬢様? やっぱりお具合が悪いみたいです!」

「ええ、そんなにおかしいかしら? だっておまえはわたくしの大事な妹だもの」

「妹だなんて畏れ多いですわ。有り難すぎて息の根が止まりそうです!」

「止まられては困るわ……」


 そう言って笑いながら私は起き上がった。


「まあ、アリス、わたくしだってあなたを姉妹のように思っていてよ?」


 と妹のクリスも言う。


「本当の姉妹になれればいいのに、とさえ思うわ。アリスはただの侍女とは違うもの」

「ただの侍女でございますよ!」


 幼い頃から離れた事のない私の侍女。乳母やや侍女長、他にもたくさん長年傍で仕えてくれた人はいるけれど、アリスは特別だ、と小さい頃から私とクリスは言い合ってきたものだった。アリスはいつだって謙虚だけれど、公爵家の人間に対しても決して諂ったりしない。機嫌を取る為の嘘なんか言わない。友人の令嬢たちよりずっと、心の言葉を信じていられる。だから心地いいのかも知れない。

 そしておとなになった今、私もクリスも、エドワードお兄さまの気持ちに気付いている。アリスを愛していらっしゃるということ。でも、お兄さまが隠しているということと、アリスの生来の鈍感が加わって、アリスは全く気付いていない。身分のせいでお兄さまが、アリスに辛い思いをさせたくないと諦めていることも。

 私は以前に、アレクに、ふたりの事はなんとかならないのかしら、と相談した事がある。お兄さまの一方的な片思いならアリスにはもしかしたら迷惑かも知れないけれど、そうでないことくらいわかるから。

 アレクは頷いて、アリスは男爵家の養女という出自だけれど、愛する私と親友のお兄さまの為ならば、周囲が納得できるよう、伯爵家の養女という肩書を用意出来ている、と言った。


『だけどさ、ヴィー』


 とその時アレクは言った。


『エドが自分で、アリスを娶って護りたい、と言って来なきゃ駄目だと俺は思うんだよ。妃にするにしろ愛妾にするにしろ苦労させてしまう、それくらいなら諦める、というエドの考えが俺は気に入らない。俺だったら、ヴィーを諦めるなんて絶対に出来ない。ヴィーに苦労もさせない。どんな手を使ってでもヴィーを離したくないよ。他の男にヴィーを幸せにして貰おうなんて発想はない。俺は身勝手かな?』


 私はとても嬉しかった。


『身勝手なんかじゃありません。わたくしはどんな苦労だって、アレクの傍にいる為なら厭いません。わたくし達の婚約は政治だったのかも知れないけれど、それでアレクをこんなに愛せて、わたくしほど幸せな人間は他にいないのではないかしらと思うわ』


 アレクは私の言葉を喜んで抱き締めてくれた。

 お兄さまもこんな風に考えて下さればと思うけれども、現実は私とアレクは誰からも祝福される許婚なのだから、そうでないお兄さまに意見するのは躊躇われてはしまう。


 それはともかく。

 夢の中でアレクの傍にいた娘がアリスで、仮に未来視だとしたら、アリスは伯爵令嬢の身分を手に入れるということなのかしら? いや、私が断罪されている状況でそれはない。お兄さまだって処刑されてしまうのだし。

 でも……。


「アリス、アリス! おまえにお客様です!」


 部屋の扉の外から、侍女長の声がした。


「お客様……?」


 とアリスは首を傾げる。

 

 これが、運命の扉が開く一歩だとは、この時誰もわからなかった。

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