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1学期⑦

 焦り、焦燥、心臓の鼓動が大きく脈打つ。喉から漏れる吐息と、肺に溜まった空気が重く感じて、体を縛り上げているように錯覚する。


 切り札である《境界線の剣》を出したとして、果たして魔力は保つだろうか?


 そう考えて、しかし開き直った。


 やれるだけ、やってみればいい、と。


 自分は……あの英雄の弟子だ。なら、なぜできないと言える? いや、英雄に憧憬を抱いて、魔法使いを目指したんだ。諦めるなんて言葉やできないなんて言葉は元から持っていない。持ってはいけない。


(相手が何者だろうと、こんな所で負けたら師匠に顔向けできない。それに憧れた英雄になりたいなら)


 意地を見せる時だ。

 瞬時に血液の流れより速く魔力を纏わせる。時間にして0.5秒。

 濃度の高い魔力の残り滓が、自身の体の外へ溢れんばかりに漏れ出て、キラキラと鱗粉のように周囲を舞った。そうして全身全霊をかけ《結界魔法》を発動する。全生徒を守る為に現在張っていた結界を全て砕き高速で乱回転させた。同時に「キィイイン!!」と何かの攻撃らしい衝撃を弾いたようで、摩擦音と金属がぶつかり合うような甲高い音が響いた。火花が散る。


「リア!!」


 リアに向かって、レイアが名を呼ぶ。顔には安堵の表情が見てとれたが。

 だが、安堵するには早い。リアはレイアに向けて、腰に手を添え剣を抜くような仕草をしながら叫ぶ。


「戦乙女を召喚してくれ!!」

「分かった!! 《召喚:戦乙女》!!」


 赤黒い魔法陣を砕きながら現れたのは、一体の戦乙女。魔力を多くもらった戦乙女は力強く感じた。


 そして、彼女が戦乙女を召喚するのと時を同じくして、リアも全魔力を一つの魔法に込め、剣を鞘から引き抜くような仕草で魔法を発動する。


「《境界線の剣》」


 《結界魔法》の奥義。発動自体はできたが、かなりの魔力を持っていかれた。

 境界線を断ち切る魔剣。その、境界線という概念の曖昧さと、魔法の高度さ、そして複雑怪奇な構成故に、リアの残りの魔力では果たして切れるだろうか?


 無理かもしれない、情けないが自分の限界は分かる。だからレイアに託す。


 リアは魔力を練り上げ、持ち手から離れても魔法の構成が崩れないように『存在を固定』し《境界線の剣》をレイアの戦乙女に向けてぶん投げて渡す。


「受け取れ!!」


 戦乙女は弧を描いて飛んでくる《境界線の剣》の柄を片手で掴み、両手で構えた。


「任せろ!! 戦乙女よ切り裂け!!」


 レイアの叫びに呼応するように、音速を超えたであろう速度で、戦乙女は《境界線の剣》を振るった。


 澄んだ音を鳴らし神秘的な光の円を描く。まるで三日月のような光景を幻視した。それから抉るように剣を振るいまくる。


 そして、一呼吸遅れて、戦乙女と《境界線の剣》を塗りつぶすように、歪んだ空間から赤い液体が降り注ぎ、その真横に何かの大きな赤い塊……甲殻や鱗の付いた肉塊のようなものが、ぐしゃりと音を立てながら墜落してきた。どうも大きな蜥蜴の尻尾のように感じる見た目だ。


 全魔力を使い切った事で、レイアの戦乙女と、回転する粒子結界、境界線の剣は揃って魔力になり虚空に消えた。


 そして、空に浮かんでいた歪みも消えて無くなっている。

 警戒したところでもはや魔力がカケラもないのでどうしようもないが、しかしどうやら終わったらしい。リアはジャンプして屋上に上がると、肉塊を目にする。UMAかな?


「とりあえず、その肉塊がどうこうの前に、僕はシャワー浴びて着替えたいよ……」


 よく見れば、リアもレイアも鉄臭い血らしき赤黒い液体が至る所に付着していた。これはもう、取れないシミになっていそうだ。

 そうして悲鳴をあげて屋上の扉から逃げる生徒を見ながら、2人は揃ってフェンスに体を預け、空を仰ぎ見るのだった。


……………


 ルナは急いでリアの元に辿り着くと声をかける。


「お姉様!!」


「ルナ……わっと」


 ルナは汚れるのを気にせず、リアに抱きついた。血のついた服を見て、咄嗟にとった行動であった。


「ち、血が!! 大丈夫ですか!?」


「俺の血じゃないから大丈夫」


 安心させるように言うと、ルナは血のついた場所を撫で「ほ、本当に大丈夫なんですね?」と確認してくる。リアはそんなルナの頭を優しく撫でた。


 そんな彼女達のやり取りを見ていたレイアは近づくと口を開く。


「これはもう、4限目に間に合いそうにないな」


「昼休みだったの忘れてた……」


 屋上にある時計塔の指針を見ると、もう授業開始2分を切っていた。だから野次馬がいないのかと納得しつつ、まさか初っ端からサボる羽目になるとはと肩を落とした。


「《門》を使えば間に合いそうだけど、どうするリア?」

「どうするもなにも……流石に血塗れで授業には出れんだろ?」

「ふふっ、そうだね……」


 「授業サボるとかなんか青春っぽいしな!!」と言いたい気持ちをグッと抑えながら、この謎の肉と血塗れの屋上をどうしようかと話し合っていると。


「あの、校長先生に連絡してはいかがでしょう?」


 隣にいたルナがもっともな事を言った。


…………………


 携帯端末で連絡すると、すぐさまグレイダーツ校長は《門》を開いて屋上にやってきた。


「あー、ここにも……」


 何かを察したのか、肉塊を指で突きなが興味深く観察するグレイダーツ校長に、失礼だが割って入り2/A教室へと《門》を開いてもらうように頼む。


 優等生で生徒会の役員でもあるあるルナに、授業をサボらせる訳にはいかない。本人はかなりグズったが、しかしリアはルナを押し込んで屋上から退室させた。


 それと同時に、授業開始のチャイムが鳴り響く。


「お前らはいいのか?」


 ルナが通った《門》を閉めたグレイダーツは、リア達の方を見ながら問う。返答など決まっているようなものだ。

 ぶっちゃけ、制服が汚れているなんて言い訳である。個人的に、何かに攻撃された事やこの肉塊が一体何なのか気になるから残る、そう決めたのだ。それに、真実までとは言わないが、少しでも情報を得られないまま授業に出たところで、集中して受ける事なんてできない。


 そんな感じの事をグレイダーツ校長に言うと。


「一理あるな。しゃーない、今回の欠席は免除にしといてやるよ。私も……少しお前達と話があるからな……」


 そう言って、軽く手を振るグレイダーツ校長。すると小さな《門》が開き、ガラガラと音を立てて骨のような物体が転がる。


「さっき私も襲われたんだよ。すまんな、来るのが遅れて。まぁ、大丈夫なようでなによりだ」

「僕とリアがいなかったら怪我人が出てたかもしれないんだぞ師匠!!」

「うっ……それはすまない。いや、私の方も中々に手強かったんだ」


 レイアは声を少し荒らげらながら、グレイダーツの態度に怒る。まぁ、実際怒って当然だと思う。自惚れるつもりはない、ないのだが、リアとレイアが対応しなければ死人が出たかもしれないのだから。


「学園の防衛システム? とかに反応は無かったんですか?」


 リアは気になった事を、レイアの言葉に続けて聞く。


「不思議な事に学園の防衛システムに反応しなかったんだ……。勿論、デイルの結界にもな。とりあえず、焼け石に水かもしれんが防衛システムの魔力反応系を強化してきた」


 学園のシステムに関してはグレイダーツ校長にしか弄れないので、結局のところ何を言われたところで納得するしかない。なら、次に話し合うべき事は。


「透明な何かに襲われたのも含めて話し合いたいんですけど……まずあの肉塊は何なのでしょう?」


 空中からぼとりと落ちてきた赤い肉の塊。よく見れば所々に鱗や甲殻のような部位が見える。これが何なのか、何の肉なのか気になって仕方なかった。そんな問いに、グレイダーツ校長は得意げ(見た目少女だからドヤ顔にも見える)に口を開く。


「《知識深書の解析紙デウス・カルタレコード》」


 グレイダーツ校長を中心に青白い魔力の光が爆ぜるように広がる。それと同時に魔力で構成されたA4サイズくらいの紙が現れ、無数に周囲を舞った。そんな中、光る文字を刻みながら数枚の紙だけがグレイダーツ校長の手の先の、空中に停止する。


「解析魔法だ、私独自に改造したものだが……ほれ、ここ見てみろ。構成物質に人間や他の動物と同じようなタンパク質やら脂質の他に……龍血(希少血漿)プロメテウス(希少骨髄)の骨、サンドラ(希少細胞)の肉に、オリハルコン(自然に存在しない鉱石)の鱗が含まれてるってよ。

 つまり、推測だけど……襲撃してきたのは恐らく龍種(ドラゴン)だ!! 透明化もドラゴンの魔法なら頷ける」


 キラキラとした目で確信のこもった宣言に俺は内心、「は?」と疑問符を浮かべまくった。というか誰だって、こんな反応しかできないだろう。


 ドラゴン。そんなアニメやゲームに出てくるような架空の生き物が存在して、しかも襲ってきたなんて言われても……だ。しかも、オリハルコン? そんな伝説の金属はファンタジーの世界だけで現実にあるなんて聞いた事もない。

 素直に(その魔法、本当にちゃんと機能してるのかな。ドラゴンなんているわけないじゃないですか……)と思った。

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