1学期⑥
翌日。屋上で昼食をとっていた時だ。リアとレイアの第六感が警鐘を鳴らす。そして、空に漂う歪な魔力に気がつく。
昨日、魔王がどうのこうのと話した後だからこそ、少し警戒していると。空間が割れるように爪痕が走った。向こうには闇の空間が広がっており《門》に詳しいレイアは『扉』こそ無いものの、似たようなモノだと気がつく。つまり、何者かが強引に《門》を開いたという事だ。
「《結界魔法》!!」
リアは即座に結界を張る。なにかは分からないが、あまり良いモノではないと直感で理解する。その時、どうしようもない威圧感が叩きつけられる。生物の本能を刺激する。何かが、空にいる。
「《召喚:戦乙女》!!」
レイアが即座に召喚すると、空に向けてけしかける。しかし、戦乙女の刃が振るわれようとした瞬間。バクンと音を鳴らし、上半身が消えた。獣に食いちぎられたかのように半身が消えた戦乙女は、不気味極まりない。
「な!?」
レイアが驚き目を開く。戦乙女はかなり硬い。並の攻撃など効かない。それが一瞬で半分にされた。訳がわからない。
リアは空中に向かい無数の座標を設定すると、瞬時に鋭く、針のように『貫く』結界を張る。だが、全てが弾かれた。リアの結界は1tトラックがアクセル全開で突っ込んでもビクともしない。それが、簡単に砕ける程の強度。
「《召喚:灰》!!」
基本攻撃力の無い、ただ《灰狼》の応用でレイアは空に灰を撒いた。
「なんだ、あれ」
輪郭が顕になる。宛ら、爬虫類に翼を取ってつけたデカブツ。まるで『ドラゴン』のようだ。魔物とは違う。直感だがそう思った。
そのドラゴンは、強靭な爪でリアが張った結界を切り裂く。屋上には他の生徒もいるのだ。これは不味い。
突き動かすのは正義感。怖いとは思う。だがそれ以上に、『英雄願望』が背中を押した。
結界を足場に空をかける。
「《境界線の剣》」
必殺を引き抜き、爪の攻撃を立体起動で避けながら切り付ける。魔法は……通用した。ドラゴンの足が吹っ飛び、霧散する。寸前の爪も紙一重で避けれる。いける!! そう思った油断が誘った。巨大は俊敏な動きで……回転した。尻尾らしき部位が振り下ろされる。
「《結界魔法》」
即座に結界を幾つも展開するも割れていく。尻尾の一撃がリアに迫る。身体を一転させなければ《境界線の剣》が振るえない。やばい、そう思った時だ。8つの影が躍り出る。グレートソードを担いだ戦乙女が寸前で受け止めてくれた。
「リア!!」
「あぁ!!」
結界で足場を作り。そして一閃。尻尾を切り飛ばす。そして、予想に反して尻尾を起点に巨大が崩れ始め、何処かに消えた。地面には透明化が消えた、巨大な所々鱗のある、尻尾型の肉片が鎮座。そして空から血の雨が降り注ぐ。他の生徒は既に退散しており、血の雨を受けたのはリアとレイアのみだ。
「まぁ……」
「無事でよかった」
……………
事が終わって直ぐに、グレイダーツが駆けつけた。
「良かった、無事だったかお前ら!!」
「師匠!! 来るのが遅いよ!!」
「すまん、私の方でも足止めをくらってな」
「学園の防衛システム? に反応は無かったんですか?」
「学舎の防御をすり抜けられた。相当、手の込んだ襲撃だったみたいだな。本当に情けない。にしても、よくドラゴンを退けたな」
「……」
「……」
「校長、正直ドラゴンとか言われても……」
「そんな生物、御伽話の中じゃないかい? あれは、何者かがけしかけた特殊な魔物かなにかじゃ」
「でも、この尻尾? は灰になってないな」
「あ、確かに」
グレイダーツはリアの言葉に「だよなぁ」と目頭を軽く揉み、同時に「あっ」と何かを思い出し納得した様子で応えた。
「そういえば歴史から隠蔽したんだっけか。なら知らなくても当然だし、信じられる訳ないな。なぁ、証拠さえあれば信じるか?」
「そんな証拠、本当にあるのかい?」
「あるにはあるよ。実際私の知り合いがこの世界にいる最後のドラゴンと《契約》を結んでいる」
「知り合い?」
「『クロム・クリント・セラス』」
「!?」
クロム・クリント・セラス。彼女は嘗ての大戦時にありとあらゆる回復系の魔法を使い、万を超える数の人々を癒したとされる『聖人』の称号を持った英雄だ。彼女の魔法は最早奇跡の域にまで達し、『魂』という曖昧な概念を見れるようになったと記録され、治癒魔法の極致に達した唯一の魔法使いである。そして、その言葉通り彼女は1度死んだ人間でも、時間が大きく開いていなければ蘇生できるレベルの腕と技術をもっているらしい。勿論、魔法だけでなく医学の技術も凄まじい。
そして、今や回復魔法の教科書や医学関連の参考書には必ず名前が上がるほどの有名人である。
ただ、現在は何処で何をしているのか分からない英雄であり、さらに本人が嫌がった為か、彼女の写った鮮明な写真は殆ど存在しない事もあり、謎の多い英雄だ。
そんな彼女と会える機会が今訪れた。正直言うと、デイルの次に好きな英雄だったから興奮度が半端ない。
「連絡取れるんですか!? できれば直接お会いしてお話ししたいのですが!!」
最早ドラゴンの事など頭の片隅にしか残っていないリアは、グレイダーツに鼻息荒く詰め寄る。
「ちょ、近い近い」
「あ、ごめんなさい」
グレイダーツに片手で顔を押し返され、少しだけ冷静になったリアは、2、3歩後ろに下がる。
「なんだかなぁ……私の時と反応が違いすぎないか……」
グレイダーツは蚊の鳴くような細い声で呟く。その声は近くにいたリアにも聞こえていなかった。
当人のリアは何故か再びしょんぼりした態度のグレイダーツに、困惑気味に首を傾げる。
「とりあえず電話するからそこで待ってろ」
何処からか携帯端末を取り出し、番号を打ち込んでからグレイダーツ校長は耳に端末を当てた。暫く経つと繋がったようで、グレイダーツ校長が電話の相手と会話を始める。
「久しぶり、私だ。……うん? だから私だって。は? 誰? って酷すぎだろお前。私だよ私。詐欺じゃないから、ハルクだよハルク・グレイダーツ!! あぁ、じゃあ要件言うけど、こっちにすぐ来れる? 待て待て待て切るな!! わかったよ貸しひとつ」
苦々しい表情と共に深い深いため息を吐き出しながら、グレイダーツ校長は通話終了のボタンを押す。それから、手のひらを前に向けた。
「位置は隣国の……中央首都の公園。座標は南通り1ー3……《門》!」
口で繋がる先を言いながら、グレイダーツは魔法を発動させる。流石に距離が遠いのか《門》の扉が構築されるまで少し時間がかかったが、それでも数秒で繋がったようだ。
黒い悪趣味な扉からガチャリと音が鳴り、ゆっくりと開いていく。
「ぐぇ」
と同時に、グレイダーツが吹き飛んだ。扉の先に目を向けると、誰かの白い手が拳を形作っていた。
手の持ち主は、ゆっくりと扉から姿を現わす。
一言で言えば、病弱そうな20代後半くらいに見える麗人だった。
整った顔立ちだが、眠そうな瞼と目の下には濃い隈が出来ており、青い瞳には光が無い。長い緑がかった灰色の髪は手入れされていないのか、至る所に枝毛ができてボサボサだ。
それから着ている服は黒いジャージで、有名なスポーツブランドのものである。その上から白い白衣を着るという良く分からない服装だ。
そしてリアは……この人が、かの有名な治癒魔法の使い手であるクロムさんだとは到底思えなかった。言葉にし難いが、何というか、生気が全く感じられないから。
そんな彼女は、握った拳を開き、半眼でグレイダーツ校長の方を見ながら、無表情に声をかける。
「久しいなグレイダーツ」
声をかけられると同時に、頰を撫でながら起き上がったグレイダーツ校長の目には剣呑な光が灯っていた。
「この私をぶん殴っておいて悪びれもせず挨拶とは…….喧嘩売ってんのか?」
「なぜ、この私がお前に喧嘩を売らねばならない。ただ、寝起きで苛々していたところにお前の顔があった。だからついでに殴った。それだけだ。あえて言うなら、そこにいたお前が悪い」
「よーし分かった、私もお前の顔面見てたら苛々してきたから殴るわ。避けんなよ」
拳を握るグレイダーツに、彼女は小馬鹿にしたように眉根を寄せる。
「阿保か、避けるに決まっているだろう」
「お前のそういう態度本当に嫌いだわ!!」
「奇遇だな。私もお前が嫌いだ。特に年齢詐欺しまくってるその見た目が」
「はぁん? 年齢詐欺はてめぇもだろう!」
互いに睨み合う2人。このままでは話が全く進まないので、戦々恐々としながら会話に割って入る。
「あの……貴方がクロムさんですか?」
白衣の彼女に問うと、寸分悩む素振りを見せた後、わざと大きく口を開きながら小さな声で応えた。
「そうだ、私がクロム・クリント・セラスだ。デイルの弟子よ」
そう名乗った彼女の口……綺麗に並んだ歯の奥に、明らかに普通よりも長い犬歯が見えた。
「俺の事知ってるんですか?」
犬歯の事に触れずに問うと
「デイルに散々自慢されたからな。弟子が可愛くなったと」
「……」
デイルに全く罪悪感がない事がよく分かった。違う意味で目頭が熱くなり、顔を伏せたリアに変わって今度はレイアが彼女に声をかける。
「失礼なんですが聞きます。本当にクロムさんなんですか? 師匠と同じで若すぎると思うんですが」
リアもずっと疑問に思っていた事を聞いてくれた。そんなレイアとリアの純粋な疑問に、彼女はため息を吐いて応えた。
「……そうだな、一言で言うなら、君の師匠と同じで私は半分人間ではない」
「……えぇ?」
「ほら、八重歯がよく見えるだろう? まぁ微妙に違う所も多いが……例えるなら、私は『吸血鬼』といったところだ」
吸血鬼……。彼女は、血を啜って若さを得ているとでも言うのだろうか。
困惑で言葉を詰まらせるこちらに代わって、半分人間では無いと言われたグレイダーツが語気を強めながら説明してくれた。
「あいつは自分の身体を吸血鬼に近いレベルに改造してあるんだよ。だから他人の血を飲む事で細胞を活性化させて若さを保っているんだ。だから人間辞めてるのは彼奴で、私は辞めていない」
胸の赤い石を撫でなら、グレイダーツはキッパリと自身は人間だと断言した。それに代わってクロムは胡乱げな目つきでグレイダーツを見やったが、しかしすぐに2、3回、眠そうに瞬きをして目線を戻す。
「言い訳する事もないな、そう言う訳だ。で、だ、グレイダーツ。いい加減、話を進めてくれないか。私は眠いんだ……今すぐ帰りたいのだが?」
クロムは大きく欠伸をして深いため息を吐く。
「分かったよ……お前、ギルグリア・ガルアと《契約》で契約してたろ。一度でいいからここに呼んでくれないか?」
「彼奴をか? あのクソドラゴンを……。あぁ、あの肉が……確かドラゴンがいる事を証明したいのだったな。面倒だがいいだろう。では、お前が《門》を開けろ」
「命令口調が本当に腹立つな……はぁ、《門》」
「貸し一つ、忘れるなよ。さて繋がるだろうか? ……《契約》を履行する。我が名の元へ現れろ。ギルグリア・ガルア」
「繋がらなかったら貸しは無しな」
「何を言っている。契約の意味も知らんのか? 借りは返してもらおう」
「黙れ吸血鬼。それだと私だけが損じゃないか」
「お前が損だと言うのなら、私も骨折り損だ。だから等価交換は成立しているぞ」
「どうやっても私に貸しを作りたいんだなお前は」
「当たり前だろう? 錬金術は少し疎いのでな」
軽口を叩き合いながら、2人は魔法を発動させた。
城門のような巨大さで、黒い《門》の扉は幾重にも青白い魔法陣を回転させながら現れ、その横では赤黒い魔法陣を足元に出現させながら、クロムが《契約》を繋ぎ始める。
2人の魔法陣は、ある種芸術レベルの美しさであった。ネオンのように鮮やかに、淡く光り輝く魔法陣達は、機械の基盤のように隙間無く配置され一つも狂い無く作動している。
そうして、暫くその美しさに見惚れていたその時である。グレイダーツ校長が発動させていた《門》の扉に、いきなり「ズガンッ!!」と爆弾でも爆発したかのような破砕音を伴って、大きな罅が入った。
そして、罅の隙間から、縦に長い瞳孔と、金色の大きな瞳が此方を覗いているのが見える。
その瞬間、足元から言い知れぬ威圧感と寒気が這い上がってきた。
アレには勝てない。
明らかに普通の生き物、いや魔物すら凌駕する凄みがあった。
生物としての格が違う。
そう瞬時に思わせる程の圧倒的な威圧感だ。そんな相手と目が合った瞬間、全身は震え、頰に一筋、タラリと冷たい汗が伝った。




