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1学期⑤

 これといった説明はなかった。

 いや、話が続かなかったと言うべきか。


 要するにだ。軽い空気の中語られた歴史の裏側には、これ以上説明するような事は無い。あれが全てで、これ以上語るべき歴史はない。

 と言う訳で話を纏めると、あの大戦時に魔物側の王としてヴァルディア・ソロディスという女がいた事、スライムがちょっかいをかけてきたのはそのヴァルディアが原因かもしれないから気をつけろ、とこんなところだ。因みにスライムが理性を保ったように行動した原理や、どんな魔法を使ったのかはデイルやグレイダーツをもってしても分からないらしい。だが、不思議なスライムという点だけで繋げてもいいくらいには復活の可能性を視野にこれまで行動してきたらしい。なので……警戒するに越した事はないのだとか。


 しかし、だ。いきなり歴史の裏に『魔王がいた』と言われても、どう反応しろといった話で。しかも重要機密っぽいところがまた反応に困る。

 そんなこんなで、リアとレイアは「そんな事教えていいの?」やら「魔王ってどんな魔法使いなの?」と全力で更なる説明を求めたのだが、本当の本当に言う事がないようで「まぁ、最強のテロリストだから気をつけろ」と会話を締めくくられた。


 リアは当然(最強のテロリストが学校にちょっかい出してきてるのにダラっとしてていいのかな?)と思ったが、デイルとグレイダーツは揃って昔話を始めてしまい……。


 老人同士の会話に口を挟むのも無粋だし、第一『魔王』の話を聞いたところで自分達がどうにかできる訳でもないので、諦めてダラダラする事にした。それにだ、仮に魔王がちょっかいをかけてきていたとして、自分達から繰り出せる事などない。どこにいるかも分からない、本当に復活したのかすら分からない存在に割く時間は無いのだ。ただ、グレイダーツからは『警戒はしておいた方がいい』と忠告を貰い。一応、それなりに対応するつもりではある。


 そうして幾分かの時間が過ぎ去り、2人は揃ってダラけきっていた時に、ガチャリと応接間の扉が開く音が聞こえた。

 扉の向こうからスタスタと近づいてきた足音は、ソファの一歩手前で停止する。


「どうされました? リア様レイア様」


 さっき退室したカルミアだった。

 リアはカルミアに尋ねられ、ダラリと天井に向けていた頭を前に戻した。釣られてレイアも深く腰掛けていた下半身を持ち上げ体勢を立て直す。


 そして、彼女の服装を間近で見たリアは思わず口走った。


「凄い格好ですね」

「私こういった衣装を着るのは初めてなのですが……似合ってますか?」

「似合ってると思うけど、着るのは家だけにした方がいいかも」


 彼女のメイド服は一新されていた。胸元が菱形に開いたエプロンドレスへと変貌している。彼女は意外にも着痩せするタイプなようで強調するように胸の谷間が見えており、思わず顔を埋めたくなるような魅力を放っていた。

 それから、さっきよりも更に短くなったスカート部分が何とも言えない如何わしさを加速させている。足には黒いニーソックスが履かれており、スカートの裾とニーソックスの間から覗く絶対領域の瑞々しさもワンポイントだ。


 と、ここまで総評すれば可愛いメイド服なのだろうが、ぶっちゃけ一言で言えば『えっちぃメイド服』である。しかも、カルミアの人形のように整った顔立ちもあり形容し難い背徳感もプラスされている。正直俺が男なら、大変興奮していた事だろう。それくらい、エロくて可愛いかった。


 しかしそんな評価をしながらも、よくよく考えればあの服を着るのは自分だった可能性もあったのだと思うと、本当に着なくてよかったと、心底ホッとする。


 そんな、男子の視線を独り占めしてしまいそうな姿のカルミアが現れた事で、デイル達も一旦会話を止める。というより、デイルが一方的に話を止めた。

 その理由は言わずもがな、鼻の下を伸ばして「ふぉふぉふぉ」とだらしのない笑みを浮かべいる時点でお察しだ。このジジイ、やはり変態である。

 そんなデイルに、グレイダーツは目を細めて口を開いた。


「お前そんなキャラだったか?」

「可愛いは正義じゃよグレイダーツ」

「あれはジャンル的に、可愛いというよりエロ寄りだろうが」

「エロは世界共通の萌えじゃ」

「お前に何を言っても無駄だって事はよく分かった」


 呆れた顔でため息を吐くグレイダーツの元へ、カルミアは近づいていく。歩く度に短いスカートが揺れて、ちらちらと絶対領域の向こう側(パンツ)が見えそうだ。リアはとりあえず頑張ってパンツを見ようと目を凝らすデイルの顎から下に結界を構築して小突いた。デイルば喉元を抑え蹲るが、不思議と罪悪感は湧かない。むしろ一回、魔導機動隊に突き出してやりたいくらいである。


 そんなこんなで邪魔者に牽制しながら、黙って展開を見守る。


「ご主人様、どうでしょう?」

「あー、まぁいいんじゃね?」


 投げやりに答えるグレイダーツに、カルミアはぷくりと頰を膨らませた。


「むぅー、ツマンナイです。もっと蔑むか罵倒するなりしてください。ここは……そうですね『この雌奴隷が、そんな格好してこの私に虐めて欲しいのかぁ?』とか、そんな事を言う場面ですよ」

「言うか!! つか、前々から聞きたかったんだがお前から見た私ってどんな印象なんだよ」

「はて、どんな印象と言われましても。そうですね、言葉にするならやはり『ご主人様』ですかね?勿論エロい方でのご主人様です」

「あぁ、もうそれでいいわ。ツッコムのも疲れた」

「なんなら私の『中』に突っ込んで下さっても……」

「『中』って強調すんな! 意味深な発言に聞こえるだろ、まったく……。あと、そんな格好で校内を歩かれたらたまったもんじゃないから、さっさと着替えてこい!」

「……分かりました」


 少し物足りなさそうな雰囲気を纏いながら、踵を返しドアに向かって歩き始めたカルミアは、しかし途中で足を止めるとリアの方に顔を向けた。


「リア様。この服の感想と共に、リア様のお母様へ写真を送りたいのですが、とりあえずリア様とお母様のメアドを教えて頂いてもよろしいでしょうか?」


 急なお願い。

 だけど、そのお願いをリアが断る訳がない。


「いいよいいよ!! こっちから頼みたいくらい!!」


 もう既に、無意識で携帯端末を握りしめているあたり、嬉しさがよく伝わる事だろう。

 そんな、リアの満面の笑みを見たカルミアは思わずボソリと呟いた。


「な……なんて可愛いらしい笑み……。あれ、おかしいです。性的に興奮している訳ではないのに、なんだか胸がドキドキしてきました……」


 無表情な彼女にしては珍しく、少しだけ目を開き困惑しているようだ。

 しかし、携帯端末のメアド欄を開いていたリアはその呟きと表情の変化に当然気がつく事なく。

 だが、リアとは逆にバッチリ呟きを聞いていたレイアは同意するように深く頷いた。


 リアの、比喩表現を用いるのなら『全てを魅了する、満開に咲いた向日葵のような明るい笑顔』は、今日も本人が知らぬ所でその効果を発揮している。


…………


「じゃあ師匠。もう話す事はないみたいだし、僕は帰る」

「なら俺も」


 メールアドレスの交換を終えてから、レイアはグレイダーツに向かって手を振りながら背中を向ける。


「気をつけてなー。あ、ちょい待ってくれ。あれ渡すの忘れてた」


 彼女はふわりと重力を感じさせない跳躍で接近すると。


「一応持っててくれ。手作りのお守りだ」


 そう言って、赤い小さな巾着袋を投げ渡してきたので咄嗟に掴んで受け取った。

 なんの変哲も無い小さなお守り。しかしリアもレイアも、それが普通のお守りでない事を察する。

 何故なら、よく観察しなければ分からないくらいではあるが、薄っすらと微弱な魔力を感じるからだ。しかし、一体何の魔法が付与されているのかは全く見当がつかない。実は本当に何も魔法はかけられておらず、ただのお守りの可能性は充分にあった。なので。


「ええっと、ありがとうございます?」


 なんと言えばいいのか迷い語尾が疑問形になってしまったが、とりあえずお礼を言ってポケットに仕舞う。レイアは「お守り、ねぇ……」と呟きつつ裏表を確認してから同じようにポケットに仕舞った。


 2人がお守りを仕舞ったと同時に、グレイダーツは応接室の扉を指差して口を開いた。


「まぁ、ついでだ。帰るなら玄関口まで《(ゲート)》開くからそっち通っていけ。その方が早いだろうし」


 グレイダーツの指先から魔力が迸り、再び趣味の悪い扉が現れる。


「じゃあ遠慮なく」

「やっぱ便利だよなぁ《門》の魔法……」


 ここ最近散々見た《門》の魔法。その便利さは最早全ての魔法の頂点に位置する事だろう。

 扉を開ければ行きたいところに繋がっているなんて応用が効きまくってとても使えるし、なにより通学も買い物もとても楽になりそうだ。

 そんな『楽をしたい』という下心もあるが、それでもここ最近ほんの少し薄れかけていた魔法への欲が心の中で再発していくのを感じた。もしかしたら、それが1番気になった理由なのかもしれない。


「なら今度《門》の魔法を教えようかの?」


 リアの《門》に対する興味を察したデイルは、貪欲に魔法を求める姿を肯定し教えることを口約束する。リアはありがたく「お願いします」と敬語で返した。


 それから、リアとレイアは揃って軽く一度頭を下げると、《門》の扉を開いて出て行った。


…………………


「注意喚起はできたし、即席だがお守りも渡せた。……校長室の警備システムに反応しなかった時点で彼奴らに魔物が取り憑いてる可能性もなかった。なら、やるべき事は学校全体の警備システムの強化だな」


 グレイダーツは、確認の為に言葉を並べ深いため息を吐き出す。やるべき事が沢山あって、どれから手をつけるべきかと頭を悩ます。


「にしても、本当にあいつが復活して、ちょっかいかけてきてるのか。実際のところどう思うよ?」


 あまり議論しなかった本題を蒸し返し、ソファに深く腰掛けてダラけていたデイルに問う。

 実際、グレイダーツ自身はヴァルディアが関わっている可能性が高いと思っているだけで、まだヴァルディアの仕業だとは考えていなかった。その最もな理由が『一度死んだ事になっている』からだ。

 と言うのも昔、マントルの地下深くに封じた過去がある。マントルの地下深くだ、常人ならばそれだけで死ぬだろう。だが、グレイダーツやデイルはまだ生きていると考えていた。しかし、ここ50年なんの音沙汰も無かったのが気がかりで仕方ない。復活したのならいつ? いや、本当に死んでいる可能性もある。今回のスライムだけで判断するのは……いや、可能性があるなら警戒した方がいい。


「知性を持つ魔物か。しかし50年もあれば、やろうと思えばお主でも知性のある魔物くらいなら容易く作れるのではないかの?」


 デイルの言葉に、グレイダーツはムッと少しだけ苛立つ。


「無茶言うな。この私がどれだけの時間を魔物の生態研究に費やしてきたと思ってんだ。今尚分からない事だらけなのに作れる訳ねーだろ」

「そうか。まぁわしも無理だしそうじゃろうな」


 髭を撫でながら自身も無理だと言い放つデイルにグレイダーツは「結局何が言いたい?」と結論を催促する。


「『スライム』という一点だけ見れば、あやつの十八番だから納得できる。その上でわしは……過去、魔物側に立ち操ったあいつならば知性のある魔物を作れてもおかしくないと思うのじゃよ。

 実際、人魔大戦時に使われた魔物操作の魔法も判明しておらんしの。なら、あやつの可能性が何よりも高いのは明白じゃろ」

「成る程。確かに一理あるが……まぁ、どの道今できる事は警戒を怠らない事だな」

「そうじゃのぅ。時間はあるし、わしの方でも多少なりと調べてみよう」

「期待はしないでおく」


 会話を終えたとばかりにデイルは《門》の魔法を発動した。このまま帰るつもりのようだ。しかしグレイダーツは最後に相談するつもりであった話を思い出し、背中越しに声をかける。


「デイル。最後に聞きたいんだが、もし構内にいたのがヴァルディアの(けしか)けたスライムだと仮定するなら、お前はあいつの行動をどう見る?」


 熟慮しているのか、暫し沈黙するデイル。そして長い間の後、ゆっくりと口を開いた。


「わしらの弟子か、はたまたここの学校の生徒を狙ったか。わしはそのどちらか、もしくは両方だと考えておるが……」


 グレイダーツは全く同じ考えだった為に、軽く頭を2、3回掻いた後で同意するように頷く。


「だろうなぁ」

「だからこそ、あのお守りを渡したのじゃろう?」

「お見通しか」


 あのお守りに隠された魔法を知っているデイルは生暖かい目を向ける。

 グレイダーツはその視線を鬱陶しそうに睨み返し、デイルの背中をバンバンと叩いた。


「急に呼び出してすまなかったな。じゃ、早く帰れ」

「あれ、謝罪と最後の言葉が噛み合っていないような気がするのじゃが」

「気のせいだ」


 不服そうにしているデイルの背中を強引に押し《門》の向こうに押しやった。デイルが通過した後、扉は霧のように空中へ消える。


 それから校長室に戻ったグレイダーツは、壁に掛けてある絵画のような学校の地図を額縁から外しテーブルに広げた。そして手に魔力を込め地図を撫でる。


「『我、学びの城の王冠なり。回廊よ開け』」


 解放の為の鍵となる呪文を唱えた瞬間、魔力と共鳴するように地図が青白い光を放ち始め、中心に鍵穴に似た紋章が浮かぶ。グレイダーツがその鍵穴に指で触れた。すると、呼応するように鍵穴が蠢き『Open』の文字が現れる。


「さて、やりますか……はぁ、今日は泊まりになりそうだ……」


 愚痴りたい気持ちを抑えつつ、グレイダーツは立体に浮かび上がる半透明の地図に魔法と仕掛けを組み込んでいくのだった。

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