ゴールドシーカー9
「リア、俺は……。満足だ。帰る方法を探そう」
「え?」
「これ以上は危険だ。考古学者としての勘が言ってる。あれは確かに黄金郷かもしれない。けど、関わるのは良くないってな。写真のひとつでも撮れたら俺は満足だ」
やり切った。ケイに浮かぶ笑顔は、人生で最も絶頂にいる。まるで全てに満足してしまったかのような……。だけも、リアはケイの娘なのだ。仮面の裏にある本音はよく見える。
「行きたいんだろ?」
「……」
「行くぞ。有無は言わせねぇ。ここまで来て、満足だ、なんて嘘をつくな」
「でもだな、リア。この状況は明らかに異常だ。今直ぐに帰る方法を探したほうが」
「言い訳はいらない。それに、帰る方法なんてそれこそ分からないだろ。俺は、あの黄金郷にヒントがあると思ってる」
「うぐ……」
「行こうぜ」
サムズアップするリアに、ケイは貼り付けた笑みを解いた。そこに浮かぶのは、黄金郷を初めてみた瞬間に浮かべた笑みだ。子供のように、ワクワクを隠さない。ケイは童心に返っていた。
「そうだな、行こう!!」
…………………
黄金郷……正確には金の城に近づくにつれて、文明レベルも分かってくる。現代でも通用し得るデザインの家。場所的には田舎の筈だが、道路にはスタイリッシュな車が行き交い……空には小型の飛行機が飛ぶ。人が確実に根付いている、しかも文明レベルは高い。人の姿は既に確認できた。今着ている服でも怪しまれる事はないだろうが……。捕まると厄介だ。
「親父、ちょっと飛ばそう。背中に乗ってくれ」
「頼んだ」
リアはケイを背中に乗せると、地面を強く蹴り加速する。街の景色が流れていき、田舎から徐々に都会へと変化していく。人の数も増えていき、巨大なビル群も見えてくる。まるでサイバーパンクの摩天楼のようだ。だからこそ……遠くに見える巨大な黄金の城が、どこか場違いに感じた。
更に道ゆく人々が増えて行く。メインストリートのようで、人の話し声や商売の声でごった返している。
「黄金郷って、てっきり中世みたいな文明だと思ってたけど」
「やっぱり遠くに見えていた黒い塔みたいなの、ビルだったのか。ここはなんだ? 現代とそこまで差が無い……」
「石板と矢に導かれて来た場所なんだ。何か意味があるんだろうけど……」
「寧ろ、石板や矢に導かれた……って考える方が不可思議に思える。まだ、古代遺跡の中からSSDやUSBが発掘されて……という方が納得できるぜ」
「そもそもさ、ここは『古代』なのか?」
「俺も思った。異世界に飛ばされたって言われた方が納得する」
「異世界……」
最近、神話事変があったから、異世界の可能性は否定できない。正確には、無数の壁を超え異世界とも言える変化を遂げた同じ地球……なのだが。ここもそうなのか?
と、そこでリアとケイはひとつ、不可思議な事に気がついた。
「空気に魔力がない?」
「……本当だ。生まれた時か、呼吸するのと同じようなもんだし、意識してなかったけど」
「だから魔物がいなかったのか。ってか、魔物とかどうでもいい。これは、まずくね?」
「まずい、魔力は相手からしたら未知のエネルギーだ。敵対したら厄介だぞ」
「詰所か、警察組織に頼るって手は? いや、その前に言葉は……」
「英語の亜種? まぁ、分からないこともないな。リア、少しこっちに寄ってくれ」
「ん?」
ケイは指先に魔力の光を灯すと、リアの前でフラッシュを焚くように光らせた。
「まぶし!? え、なに!?」
「どう? 訛りが消えただろ?」
「……確かに、流暢に聞き取れる。何その魔法、ちょっと詳しく」
「家に帰ってからな。さて、じゃあ警察組織を探してみよう」
歩き出そうとして。
ドラゴンの第六感が警報を鳴らした。
リアはほぼ無意識にケイを抱き上げると後退する。すると、そこに光の玉らしきモノが着弾し弾けた。弾けた光はジャラジャラと鎖を吐き出したかと思うと、チリになって消える。
弾道を読み空を見上げる。
緑の軍服。胸には勲章らしきバッジが幾つかつけられている。
顔立ちはとても美人だ。長い金色の絹のような髪。ひとの理からズレたように感じる、どこか人間離れした美貌。下から覗く双眸は蒼く、今は全てを品定めしているかのようだ。
そして、最も目立つモノが2つ。背中から生える、左右で6枚の巨大な翼。例えるなら天使の羽。それが太陽光を遮り影を作っている。
頭の上で淡く輝く光の輪っか。ヘイローは体の一部のように頭の上で静止していた。
「ほぉ、よく避けたな異邦人」
「お話の前に攻撃するのは良くないぞー?」
「さっきのはただの拘束弾だ。縛って連れて来いって命令でな」
「そりゃ、なんで?」
「お前達2人……特にお前だ。お前から渦巻くエネルギーを不穏分子として拘束させて……」
拘束と聞いて構える。しかし、そこまで話した所で、さっきから放っていた威厳をかなぐり捨てるかのように彼女はガシガシと頭を掻いた。
「やめだやめだ、なんでこのルシファー様が上のお言葉に従わなきゃいけねぇんだ。すまんな異邦人」
「いえ、えぇ?」
「取り敢えず、自己紹介しようぜ。私はルシファー。『天使』の先兵だ」
「……天使?」
「なんだ? もしかして天使を知らねぇとか言わないよな?」
「見るのは2度目……」
天使。キルエルの事は知っているので、この世界に天使がいる事は分かっていた。過去と未来に小さな線が繋がる。やはりここは……時間を移動しただけの可能性が高い。地球で、辺境。やがて海に沈む世界。
「私を入れてたったの2回?」
「あ、まずった?」
「まずったな。でも私は不良天使なので黙ってあげよう。けど、君ら2人が……奇妙な客人なのには変わりないんだ。すまんけど、私の執務室まで来てくれ。あっと、その前に自己紹介の続きな、お前さんは?」
「俺はリア・リスティリア。色んな事情でちょっと人間から外れた魔法使いだ。よろしくルシファーさん」
「魔法使い? へぇ……」
と、ここまでリアとルシファーの会話である。渦中のケイは一言も話さず、キラキラとした目でルシファーを眺めていた。
「天使!! まさかこんな……。失礼、羽の付け根を見せていただいても? 待て俺、先にヘイローを確認すべきか?」
「おい、このお嬢ちゃんは?」
「えっと、俺の親父のケイ・リスティリアです」
「親父ね。は? 親父って言った? 男? これが!?」
初見の人は、普通に少女と間違える。もう40代のはずなのに、ケイの容姿も中々に神秘があるなとリアは思いつつ。
「親父、ルシファーさん困ってるから」
「いやでも天使だぞ!? 考古学者としては身体の隅々まで調べ上げたい!!」
ルシファーはケイの知的好奇心に驚かされつつ、呆れつつ。しかし、彼に邪な気配が一切なく純粋な好奇心のみで言っているのだと『分かる』。
「……私ん家行くか?」
「ルシファーさんの家に?」
「あぁ、私の予測だけど……。2人はこの世界に無いエネルギーを内包している。差し詰め……別の世界か時間から来たんだろ?
「時間、そう言えば今は何年ですか?」
「1509年、金天の月」
「全く知らないっす。たぶん、時間を遡って来ましたね」
「オーケー把握。上司どもは不確定要素だ、革命軍の新技術かもしれない、とかうるさくてな。困ってるみたいだし、私も好奇心ジクジクすっからお話しようや。お茶くらいなら出すぜ」
ちゃめっ気たっぷりにウインクするルシファー。話し方の節々や所作の一つひとつから、彼女の人の良さを感じるが、果たして信じていいのだろうか。けれど、この時間の事は何も分からないし、どうやら組織的に敵対関係にある可能性が出来た。革命軍とやらも気になる。そして何より、帰れないから他人を頼らなければ生きれない。
信じるしかない。彼女の善性を。
差し伸ばされた手を取ろう
とした瞬間。
リアは再びケイを抱き上げると大きく後退。ルシファーはバックして飛び上がる。そして、退いた場所に光の柱が突き抜けた。光は熱を持っているのか地面を焦がす。突然の光の柱に、周囲の人々は悲鳴をあげながら一斉に距離を取った。「天使が来た、天罰よ!!」と叫び声が聞こえてくる。
緑のミディアムヘア。翡翠色の双眸。顔は怖いほど整っていて、けれどどこか気の強さを放ち、怜悧な印象を受ける。ルシファーと同じように左右にそれぞれ3枚の翼を生やし、頭にはヘイローが浮かんでいる。
ルシファーは乱入者を睨んだ。
「んだよミカエル。邪魔すんな」
「またお前は、大天使様のご意向から外れた事をしようとする」
「忠実な犬はいやだねぇ。リアもそう思うだろ?」
「ここで俺に振るのやめて?」
ミカエルはリアとルシファーのやり取りを冷たく見下ろしながら、光の鎖を出現させる。
「もういい。お前は本部へ帰れ。この異邦人は私が連れて行く」
「おっと? 残念ながら、もう私の客人になった。邪魔すんなら、やるか?」
「一度も私に勝った事のないくせに」
「……っち」
ルシファーはそそくさとリア達に近づくと耳打ちで話しかけてくる。
「ぶっちゃけ、2人って戦いとかできるタイプ? ちょーっと手伝ってほしいんだけど」
「俺はいける。親父は無理」
「すまないね、戦いは専門外。自衛で精一杯だよ」
「りょーかい、んじゃリア。話しててお前が良いやつなのはなんとなく分かったからよ。適当に弾幕ばら撒くだけでいいから、手伝ってくれ」
ミカエルの双眸が細く研ぎ澄まされ、強く重圧感が増していく。蛇に睨まれた蛙、とはこの状況を言うのかと思いつつ。
リアは退屈だった。
最強の魔法を手に入れても、それを振り回す事ができない世界が。
師匠もレイアも『模擬戦』はできる。けど、全力でぶつかり合えない。
フラストレーションが溜まっていた。命を賭けるほど楽しく熱い戦いがしたいと、ずーっと心の奥底に閉じ込めていた思いが。ふつふつと湧き出る。無意識に閉じ込めていた、バトルジャンキーの気質が露わになっていく。
ミカエルがどれほど強いのかは分からない。けど……全力で戦える機会は中々ない。きっと、天使であるミカエルには『権能』がある筈だ。何の力を宿しているのかは不明だが、末端天使のキルエルですら『時間停止』。
なら、殴っても死にはしないだろう。
「《境界線の狩武装》」
ステージへと引き上げられたリアの魔法が、神秘的な光を放つ。両手のガントレットは、鈍い玉虫色に光っている。魔力と神力の掛け合わせ。全身全霊全力の最強装備。
「じゃ、やりますかルシファーさん」
「なにそれ、いいねリア。最高にクールだぜ」




