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世界軸8


 ホテルの一室。

 デイルは携帯端末を耳に当てる。電話の向こうからは、少し急いだ声色でリアが説明をする声が聞こえてくる。


『……って訳でポッドの中身は俺の可能性が高いらしい』


「……これまた、予想外じゃの」


『ほんとだよ。ただ、魔法とは限らない未知のエネルギーを内包しているのは確定だから気をつけて』


「分かった……しかしもう夜も遅いしのぅ。ワシらも明日に出かける予定でな」


『もどかしいな。でも、俺に出来ることはもうないんだよなぁ。だから後は頼んだぜ。それとその、気をつけてな』


「肝に銘じておこう」


 携帯端末の通話を切り、デイルはホテルの一室で思考する。


 魔力の反対側。マイナスの魔力。穢れた魔力をそう呼ぶ者もいるのか、と思考する。この世界では普通だと思っていた、生き物達による魔力の清浄作用。その根底を揺るがす『呪』は、とても興味深い。

 人差し指を立て、炎を灯す。灯し続けるだけで、それがマイナスなんて不思議な魔力に変わる事はないが、燃え尽きていく魔力には少なからずの穢れが混ざる。


「70年生きても分からぬ未知がある。ショウケイの奴がそれを探究し続けていたとして、簡単に教えてくれるだろうか」


 魔法使いにとっては、研究とは自身の財産である。なにものにも変え難い、何よりもの宝だ。だから、クロムやデイルのように新たな魔法というものは公表されると同時に、その者に対する『歴史』と『栄誉』という付加価値を齎す。最近であればリアの《境界線の狩武装》、公表はまだだがレイアの《魂静世界『紅夜行』》。


 それらの価値ある財産を果たして、ショウケイは見せて解説して、そして出来るのならばポッドの元へ連れて行けるだろうか。


 50年前。最も癖の強い魔法使い、しかし最強達が揃っていた時。あの世代の人間の性格が普通なわけがない。


 そんな心配をよそにベッドに背を預ける。どちらにせよ、一眠りしたら日本時間において7時ごろになる。手土産は何がいいか、クロムやクラウとは関わりが深かったように思うが、果たして歓迎されるだろうか。


………………


 連絡先を知っているクロムにより、ショウケイに電話をかけると、とある座標が2つ送られてきた。ひとつは《門》を開く場所。もう一つは自分の居る場所だと。


 事前に渡航許可証を取り《門》で日本に入る。ジトリとした空気と纏わりつく暑さとは裏腹に、空は何よりも高く青く澄み渡っている。周囲では蝉が伴侶を求めて鳴き、日本の夏を演出している。


 そんな中でも、中央都市である『渋谷』……よりも逸れた山岳地帯へと歩く。道路には車すら通らず、道には草が覆い茂る。


「クロム、ショウケイの声どんな感じだった?」


 まだまだ生きている英雄の方が多いとは言え、時代は移り変わる。ショウケイとて、歳という呪縛から逃れる事はできない……と思いつつ、デイルは他のメンバーを見てイレギュラー多いなと思った。

 クロムはグレイダーツの問いに対して。


「若かったな。奴も何かしらで若さを保っているのかもしれん」


「あっしのように神に支えて若さを保っておるのかもしれぬのぅ」


 ミヤノがのほほんと笑うが……もしかして英雄達は歳という呪縛を撃ち破るのが普通なのか? 素直に老いぼれた自分も、このまま死にゆくより……そんな考えが過った時だ。


「ん?」


 ふわりと空気が変わった気がした。それは熟練の魔法使いだからこそ感知できたもので、だからこそ警戒心が先に出るが。ちょうどショウケイが示した目的地から3キロメートル離れた地点である。


「人避け、かのぅ?」


「まぁ、隠居するなら私もやるな。クラウと仲が良かったなら、結界についても詳しいだろう」


「それにしては、魔力の残滓も感じないがな」


「確かにのぅ、あっしの使う神力に似ておる」


 ミヤノの神力に似ているなら大概やばいのではと全員が思ったが、言ったところで歩みは止められないので黙々と進む。


「なんじゃろうな、奇妙な懐かしさを感じるの」


「……デイルも思うか? 私も、とっくに死んだ母を思い出したわ」


 グレイダーツが珍しく優しい目つきをしている。こんな場所で、呪いの研究をしているとは思えない。


 そして暫く進むと、開けた土地に出た。遮る木々が無くなり、陽射しが照らすその場所は。美しいな『黄色』で彩られていた。


「これは……綺麗じゃな」


 ミヤノが目を見開いて見惚れる。神に仕え美しいモノを多く見てきたミヤノが見惚れるのだ。


 広大な土地に広がる『向日葵』の畑は、見る者全てを魅了するかのように大輪を咲かせる。真ん中には一本、向日葵が避けるように道が出来ており、向かう先に少し大きめのウッドハウスが見える。


 デイルは座標を確認すると、ここから大凡50メートルを指している。ここが、ショウケイの隠居地なのだろう。


「洒落たところに住んでんなぁ」


 グレイダーツがそう言いながら先行して、皆も着いて行く。ショウケイは結界の反応で自分達が入ってきた事に気がついているだろうが……まだ出てくる気配はない。


「自分の庭を楽しめとでも言うのか? ふむ、老化に伴う脳の変化でもあるのだろうか?」


「ショウケイが本当に老いてるとは限らねぇけどな。にしても、ガーデニングか……じじくせー」


「けど良い趣味だ」


「……あぁ」


 和やかな気持ちのまま進む。やがて、ウッドハウスにたどり着くと呼び鈴を鳴らす。

 「リーン、リーン」と鈴虫のような音が響いた、瞬間……四方を囲うように黒紫色の薄い膜が張り巡らされる。空は青から不気味な色に変わり、さっきまで綺麗に見えていた向日葵が不気味に見つめている気がした。そして……魔力を感じない。少しだけ動揺するが、比較的落ち着いていたミヤノは一歩前に出ると。丁度、扉が開いた。


「久しぶりだな、みんな」


 落ち着いた声。立つのは若い男であった。

 博識そうで端正な顔立ちだが、鷹のような鋭い目つきが威圧感を放つ。しかし優しさも同時に感じる。少し長めの髪はこの地域では普通の黒髪なのだが、先端に向かって徐々に白くなっていた。黒いTシャツにラフなショートパンツはザ・夏という雰囲気を放っていた。


「お前も老けておらぬのか」


「はっはっはっ、そりゃ、まだまだ死にたくはねぇからな。久しぶり、デイル。学生時代はまぁ、あんまり絡みはなかったけど、クラウが良く話してくれたから一方的に知ってるぜ」


 それから他のメンバーを見て。


「なんでお前ら老けてねぇの? グレイダーツは知ってっけど」


 至極当たり前の疑問を漏らした。リア達との交流で感覚が鈍っているが、そもそも英雄はあまりメディアに顔を出さないのである。クセとアクの強すぎる過去が脳裏を過ぎて。もう長く会ってない奴も老けてない者が多いんだろうなと思った。


「いや、みんな理由があるんだな。詳しく聞いたら長くなりそうだし、中に入ってくれ。早速本題に入ろうか?」


「話が早くて助かるぜ。おじゃましまーす」


…………………


 どうやら歓迎してくれるようで一同はほっとした。同時に知識という財産を、同級生である自分達に見せてくれるショウケイの器の大きさを感じた。


 清潔感溢れる外見のウッドハウスとは裏腹に、中はクロムの研究室程度には荒れていた。だが、寝室だけは整頓しているようで中に案内される。ふかふかの絨毯なのでそのまま着席する。


「俺に会いに来たのは呪いについて聞きたいのと、呪物の調査依頼、で合ってるよな。先に説明しておきたいんだが、皆はそもそも呪いについてどの程度知っているんだ?」


「あっしの見解じゃと、神力……聖属性の魔力とは逆のエネルギー……みたいな?」


「神力は俺も研究し尽くした。面白いエネルギーだよな……。それで、確かに似たエネルギーでもある。俺は神力は神を縛るエネルギーとも考えていてな」


「なぬ、そんな認識はないのだが?」


「普通はそう。でも不思議だろ? なんで神様はこの地上にいるんだ?」


 そう言われればミヤノは言葉に詰まる。


「ま、そんなもんだよ。でも神力は魔力と同じプラスのエネルギーでもある。聖属性とはよく言ったもんだ。それで、呪力は魔力の対極に位置する。人間に必ず存在するエネルギーだけど、大体の人は一生を終えるまで知覚しないマイナスで『負』のエネルギーだ。そして魔力と違い霧散しにくい。


 最近だと、リヴァイアサンが面白い例だ。アレにはかなりの呪力が溜まっていた。人の感情の『負』のエネルギーと澱んだ魔力が歪な魂を形造り、縛る。俺が《魂縛》って呼んでる現象でもあり……魔物が発生する原因とも考えている」


「つまり澱んだ魔力だけでなく、『呪力』からも魔物は生まれると?」


「人が死んだら、魂の余剰エネルギーが呪力に反転し始め、やがて魔物へと転じると俺は考えてる。人間は魔力の自浄作用を持ってるが、死んでからも機能するとは思わないからな。なのにエジプトには王のミイラが、この日本には即身仏っていうミイラがある。つまりだ、適切な方法なら死体を保存もできる。俺が呪力に着手する時に、真っ先に目をつけたのがこの事象なんだ。だから、日本に来た。要するに、呪力も魔力同様に扱えるって事だ。


 それに……言っちゃなんだが、ヴァルディアが魔物を操れた要因って、最終的に魔力だけじゃ説明つかないだろ?」


 全員が黙る。長年の謎。結局ヴァルディアは狂気で動いていたとはいえ、そもそもどうやって魔物の軍勢を作ったのかは、未だに分からない。ショウケイがまさか、その問題にメスを入れてくるとは思わなかった。


 皆が呪力について思いを馳せる中でショウケイの話は進む。


「語り続けて悪いが、この日本は古来より呪力、それに続いて呪術を使ってる形跡が多いんだ。さっきも言ったように呪力はマイナス、負のエネルギー。そして日本には呪術……俺は『適切な処理方法』をそう呼んでいるんだが、どこから知識を得たのか分からんが沢山の『呪物』がある。


 血塗れのベッド、トヨタ商事の仏像、コトリバコ、リョウメンスクナ……。数え出したらキリのない呪物が今も各地を転々としてる」


「呪物は呪力とは違うのか?」


「呪物はそうだな……物として存在する、呪力をエネルギーとして動く魔法陣とでも思ってくれ……。というか魔法道具があるじゃないか? あれの呪力版だ」


「概ね理解はしたが……」


「神力を用いるあっしにも呪力はあるのかの?」


「神様の浄化作用は異常だが、人は新陳代謝するだろ? 同じことさ。負の感情がゼロの人間は存在しない。魔法は使わなくとも、魔力を持つ以上は呪力も必ず生まれるんだ。ただ、ミヤノはかなり少ない。爪の垢くらいしか無いぜ」


 ショウケイはこほんと一つ咳をして区切りをつける。


「ここまで説明して、最後に。この日本特有の魔物を知ってるか?」


「地域の生き物によって個体差があるのは知ってるが、態々いま話すって事は呪いか?」


「呪いだ。魂の余剰エネルギーは負に転じて魔物になる。しかし器が無ければ霧散するはずなんだ。なのに……日本においては器が無いまま魔物化する事がある。これは古来より……神事の多さと呪術が密接に関係した結果だ。土地柄がそうさせている。とは言っても、この辺の究明はまだなんだがな」


「……幽霊が魔物になるっていうのか?」


「概ねその認識で良いよ。ただ、魔物と言っても呪力に過ぎないのは確か。余程大量の呪力を内包しない限り一般人には見えないし知覚出来る者も少ない。だから、俺が呪術師をやってるんだ。弟子もそれなりにいて、日本の魔導機動隊の特殊機関から報酬を得て活動してる。人に危害を加えるまでに成長する前に祓うんだ」


 ショウケイの事を自称、呪術師だと思っていた4人は思っていたよりもしっかりとした理由があって驚いた。同時に、そんな面白い話なら拡散しろよクラウ、と悪態も吐いた。そうしたら、きっとかなり呪力という存在について……いや、だからこそ広めなかったのかもしれない。


 呪力は魂の余剰エネルギーが転じて生まれる、人の負の感情が澱みとなって生まれる……。大勢の人間に知られれば、それなりに厄介な事になるだろう。そうか、そうなるとリア達が去年の夏に戦った『澱み』と名付けた魔物も、ある意味で呪力から出来ていたのかもしれない。


「さて、じゃあみんなの言う、異世界から降ってきた呪物を見に行こう。呪力を知らない人が圧力を感じるレベルなら……あんまり放置するのは不味いからな」


「その前に、お主の研究をこんなに簡単に頼って良かったのかの?」


「あー、俺はあの癖が強すぎるクラスの中では普通だよマジで。人が困ってたら協力するさ」


「すまぬ……正直、変人だと決めつけていた」


「……当時、呪術師を名乗っていたのは黒歴史だ。そこだけは掘り返さないでくれ」

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[一言] > 当時、呪術師を名乗っていたのは黒歴史だ 中二病でも患ってたのかな
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