閑話+世界軸1
リアはなんとなく思い浮かんだ友人の姿と、長年生きてきたドラゴンの姿を重ねる。知識という点では……いや記憶喪失なのだったか。なのだとしたら『オクタ君』にも見せるべきではと思った。
「ところでレイア、この魔法はオクタ君には見せた?」
「ふぇ? なんでオクタ君に?」
「オクタ君って、元からよく分からん存在じゃない? 昨年の『澱み』の一件である程度は分かっても、さ。だから、もしかしたらドラゴンの魔法に触発されたら何か思い出すんじゃないかなって思って」
リアなりに考えていた事のひとつ。デイルから学べる事はまだまだ沢山あるが、彼自身から「見解を広げるなら、わし以外にも知識や魔法を学ぶ事は良いと思うぞリア」と言われた。なので、此度の経験はとても有意義で……話が逸れた。つまり、オクタ君にも何かしら『ある』と考えている。少なくとも、ドラゴンと同じ知識を忘れている可能性が。オクタ君には悪いが、友達であると同時に宝箱を探るようなワクワクとした存在でもあるのだ。
レイアはリアの推測に頷く。
「確かに、オクタ君が生まれてから乾物になるまでの記憶は無いって聞いてるし。うん、オクタ君を呼んで少し話しをしてみるのは正解かもしれない」
「先に聞くけど、オクタ君にドラゴンの血が覚醒した事は伝えた?」
「それは勿論。友達だからね」
「なんて?」
「『無茶はしないでくれよ』ってさ」
友達という言葉は、少なくともオクタを心から救ってきたのだろうと思う。だから、レイアも彼もしくは彼女に隠し事はしたくないのだろう。兄弟子や姉弟子とは違う、異色な友達だ。
「よし、契約の名の元に来たれ《召喚:オクタ君》」
久方ぶりの呼び出しである。《門》の扉が現れ、そしてゆっくり扉が開いていくと。
闇を切り取ったかのような暗い空洞をしていた顔は、病的なまでに白いが中性的な人間のものになっていた。まるでレイアとリアを見て基本として作ったかのような、少し吊り目ガチの整った顔立ちだが、金色の瞳の瞳孔は横に長く羊のよう。髪はサラリとした白髪ではあるが、左右には頭から紫色の触手が2本垂れ下がっていた。服は灰色のパーカーしか着ておらず、両腕と手は普通の肌色だが、脚だけは紫色の触手で無理やり形だけ作ったかのよう。
「どうした、突然呼び出して」
「まってレイア。これがオクタ君? イメチェンした? ってレベルじゃねぇ美少女……少年? なんだけど」
「おぉ、久しいなリア。人間性が戻ってから人間の生活に紛れる為に努力して誤魔化しているんだ。なぜか変身魔法のようなモノは使えたからな」
「ほえー、オクタ君も頑張ってんだね」
「まだまだ、だがな。して、レイア。緊急要請ではなさそうだが、何か用事か? 手伝える事ならいいのだが。まさか、ドラゴンの血で何かあったか!?」
「大丈夫だよ!!」
「そうか、良かった……なら、戦闘中……でもないし本当に何の用事だ?」
「それなんだけども」
レイアは先のリアとの会話をある程度、掻い摘んで伝えた。すると、オクタ君は顎に手を当て「うぅむ」と考え込む。
「記憶に関しては、これでも頑張って取り戻す努力はしているのだがな。《魂々世界》を仮に体験するとするならば、逆に私が習得すべきだろう」
「……オクタ君の『魂の世界』が見れたら、確かに何か分かりそう」
「なんだか余計にもどかしくなってしまった。どうにか僕の記憶と経験を体験できる方法があれば!!」
「難儀だな」
リアもレイアも脳以上に魂は何ものにも変え難い記録媒体だと考えている。リアも《魂の渇望》を体験して、受け継いだ記憶だけで発動できた経験から、少なくとも記憶が記録されているのではないかと。他にもシエルの一件もそうだ。彼女は魂を降ろされた時に記憶を持っていた。だから、オクタの言う魂の世界を見れたらという言葉はその通りだ。
そこで、何となく不思議に思っていたことを伝える。
「オクタ君ってさ、記憶無いんだよね? じゃあなんで《触手》や《水魔法》が使えるんだ?」
リアの問いにレイアとオクタは互いに視線を交え、首をかしげる。
「言われてみれば確かに?」
「……よく考えれば謎だな。私は一体どうやって」
「謎が増えたー!!」
「でも、確定している事はふたつあるね」
「あぁ、あの夏の頃から使えた多少の《変身魔法》と《水魔法》だな。つまり、水を司る生物……ぶっちゃけ『蛸の王様』だったりしない?」
「それは私としてはなんか嫌だな……」
「嫌なんだ……」
それからレイアとオクタと話を続けるリア。多少の魔法談義も交えて、《魂々世界》を中心に話を続ける。だが、オクタ君の魂の世界を見るという課題は当分先になりそうだと結論つけた。
また、《魂々世界》には普通に莫大な魔力が持っていかれる為に、レイアの練度と魔力では1日に1回が限界。あとは、やはり発動の対価はそれなりにあるようで、魔力の回路を酷使する為に使用から10分は『魔法自体使えない』らしい。本当に最終手段であり、勝つと決めた時に使う切り札なんだなとリアは思った。
しかし、それでも。半径10メートルに居る者すら全てを巻き込み発動できるので射程圏内に入ってしまえば終わりだ。
やっぱり強い。
ただオクタの記憶に希望があるのも分かったのは収穫だ。しかしその知識はレイアとも共有すべきモノで、やはり頼ってばかりもダメだ。
果たして自分は《境界線の狩武装》や《皐月華戦》以上の魔法を習得できるだろうか。
ギルグリアは《黒龍》に属する魔法しか教えてはくれなかったので、恐らくカラレアのような研究し続けて手にした魔法は無い。
もし究極的な魔法のヒントでもくれたら抱かれてやっても良いのにと、リアは1年前には思いもしなかった事を思った。
………………
みんなで交流会やパーティーかって程に騒いでゲームして遊び尽くした翌日。疲れてソファや床で泥のように眠る皆々の上を急いだ様子で飛びながら、ティガはソファで寝ていたライラの耳元に着地する。それから口を耳元に近づけて呼びかけた。
『マスター』
「んぁ? うぇ……ふぁあ、ティガ? んんっ……どした?」
ティガの声で目を覚ましたライラは、肩を伸ばして眠気を覚ます。時計を見るとまだ朝早く、モーニングタイムにはもう少し寝たいところなのだが。起こしたということは、何かあったのだろうとあくびを噛み殺すと眼鏡をかけた。
皆は眠り込んでいるので、彼女達を起こさないように出来るだけ最小限の声でティガは話す。
『緊急事態です』
緊迫……とは少し違う。困惑と戸惑いが多分に含まれた緊急事態宣言に、ライラは腕を組む。いつだって冷静に。このなんでもありのご時世、冷静とは能力なのだ。
「……取り敢えずモニターに回してくれ」
『情報をまとめました。映像取得、表示し解説します』
デルヴラインド社の監視衛生から映像が表示される。青い地球が綺麗な色を発している、美しい青の景色が画面いっぱいに広がる。しかし、何かオレンジ色の点が見える。明らかに、何かが大気圏で燃えている事が分かる。
「なんぞこれ、隕石じゃねぇな……拡大できないか?」
『これが限界です。地上からの観測機では雲が邪魔で見えません……』
「む……」
隕石、ならばこのまま放っておいても燃え尽きてしまうくらいの大きさだが。事前情報、特に宇宙の開発が進んでいる今、接近している小惑星や隕石に気が付かない訳がない。
つまり、どこから生えてきたのか分からない物体が地上に飛来している。
「よし、見に行くか」
『本気ですか?』
「まぁ、半分くらいは野次馬かな。ただ取り敢えず安全性を確認しに行きたいってのが本音。下手な隕石に未知のウイルスとか付いてたら怖いだろ?」
『それはマスターも同じですが』
「まぁ、大丈夫大丈夫。どのみち誰かが見に行かなきゃいけねーしな。それに、もしまた特殊な素材とかだったら我が社で独占できる」
こっちが本音である。もし、あれが隕石で新たな特性や金属が見つかった場合、他社に取られるよりはデルヴラインドの方が平和に使える自信がある。
思い立ち、リア達を起こさないようにするりとソファから降りる。途中ダルクの顔面を踏みそうになりながらも、ライラはリビングの扉を開き、早足に進む。場所は研究室である。服は必要最低限を着ているので問題ない。
「ティガ、M2の飛行テストを今行う」
『まだ安全性が、と言ってもマスターは聞かないでしょう。既に準備中です』
「流石だ」
歩きながら、ティガはライラの要望に応えるための準備を着々と進めていった。
『グラル・リアクター好調。フライトユニットアクティブ、熱核ジェットクリア。補助UI起動。カラドニウム製パワードスーツ試作機M2《バルバトス》アクティブ』
「成層圏に近い、呼吸アシストもセットで。内蔵機類への凍結防止塗料は塗ってあるか?」
『完了しています。装着盤起動』
研究室の1箇所に辿り着く。床にはなにも物が何もなく、開けた場所。ライラはスリッパを脱いで後方に投げると、床の印に従って一歩踏み込んだ。すると、床が規則的な形状に開いてゆく。そして迫り上がるように白で塗装された、重厚感のある靴型の装備が現れた。ライラがその靴にねじ込むように足を入れると、カチャンと音を立てて前足の浮いた箇所が閉まり、別のマニピュレーターが靴を固定するキャップボルトを閉めた。
それからライラが両腕を広げると、パワードスーツの腕部と熱核ジェットを備えた両手装甲パーツを持ったマニピュレーター達が現れ次々に装着していく。ネジを閉め、キャップボルトを閉め、装着アシストなどを熟すマニピュレーター。
次にライラの身体に合わせたカラドニウム外骨格が胸と背中に装着される。背筋が伸びる感覚だ。ついでに巨大なパイプ状の配線機器もセットされており、胸部の中央には動力炉であるグラル・リアクターが光を放っていた。ここから、足やスカート、腕や武装にエネルギーを回す。
次に外装の装着が始まる。腕の関節を補助しながらも覆うようにカチャンと白く塗装された装甲が装着される。足も同様に、装甲が次々に装着、途中にキャップボトルやネジを閉めながら装着されていく。
身体の装着が終わると、次に頭だ。西洋の騎士のようなスリットの入った兜は、レイアのデザインが光っている。頭という最も大切な部位を守る割にはシンプルであり、装着は簡単に行われる。そして、外骨格の動力線と接続されるとスリットの隙間からカメラアイの赤い光が煌めいた。
兜の下では呼吸のしやすいように酸素循環が行われる。そしてオンライン通信が開始され、ライラの家のコンピューターとティガなどのAI、身体機能と心拍や血圧に健康状態の大凡のシステム計測結果、パワードスーツの現状などの3D表示がアクティベートされた。最後に、規則的な線と少し特殊な魔法陣をなぞるようにエネルギーの青い光が流れていく。
「『電力による魔法の再現』も模擬テストでは大丈夫だったが、ぶっちゃけこの装備で飛べるか?」
『現在研究中のプリント基板による魔法の再現の理論組立は60%です。搭載されているモノで飛べる可能性はありますが……そもそも現状、某映画のように足底と両手の熱核ジェットによるスラスターのみでは体勢の維持は不可能。いえ、理論的にも不可能です』
「OK、用意していたスラスター『スカート』と『バックパック』も装着してくれ。シストラム初号機の轍を踏むのは愚かだしな。今回は安全に行こう」
再び床が開くと、内側に薄型のバーニアを内蔵したスカート状の白い装甲が腰部分に装着されていく。装着されたスカートの内側にあるバーニアはグラル・リアクターと繋がると、噴射口から熱気を吐き出す。
最後に天井から薄型で菱形のバックパックも降り、背中に装着されると、菱形の尖った真ん中下が開いて大きなスラスターが。左右からは空中での移動をアシストするバーニアが出現し、動力炉と繋がると接続を確認すると排気して接続を確認する。
これで、漆黒のドレスのような、しかしどことなく近未来的かつ西洋甲冑を感じる、パワードスーツ《バルバトス》の装着が完了した。
『オールチェック、グリーン……クリア。模擬技術飛行魔法基板の設定数値クリア。オールチェック完了』
「装着時間は?」
『53秒です』
「全装甲の重さ」
『70kg』
「カラドウニウムは意外と重いからなぁ。要改善項目だな。んじゃ《バルバトス》のテスト飛行兼、謎の落下物体の調査に移行する」
『サポートに移ります。マスター、お気をつけて』
「頼りにしてるぜティガ。んじゃ《バルバトス》、行っきまーす!!」
バーニアとスラスターから炎のような青白い光を吹き出し、ふわりと浮かんだ。まだ碌に通路も整備していないので、研究室の窓を突き破り、シストラムにも負けない速度で飛び上がる。
空を悠々と、まるで空自体が私のものだと言わん雰囲気を纏い、ライラは飛行する。コツを掴むのは早く、一度の飛行で体勢を整える。グングンと上昇していき、やがて厚い曇天を突き抜けた。兜の内モニターに映る大空の青は美しい。ゆくゆくは網膜投影システムも確立したいところだ。
「イィィイヤッホォォオ!! コイツは気持ち良いな!!」
『確かに気持ち良いですね』
「だよな!! まぁ、遊びはこの辺にして。《バルバトス》の能力データを見る限り、流石に大気圏に突入してる速度の物体を受け切るほどの出力は無理か。いや、正確には『カラドニウム』では受け止められはするだろうが、捕まえられたとしてそのまま海上にドンだな。ただ軌道上の計算した結果、海に落ちてくれるだけありがてーけど」
『……推進力的には、やはりグラル・リアクター2機以上でないと押し返すのは難しいと進言します』
「ティガ、着地点に無人回収船を出しといてくれ。あと親父に緊急連絡で『ディオ名義でデルヴラインド社が対応すると通達』って設定にして任せてくれと送っといて」
『了解です。あの、マスター』
「うん?」
『アレは完全に未知の存在です。気をつけてくださいね?』
「ありがとな」
…………………
少し離れた海域に墜落する事が分かってはいたが、もし街の方だったらとんでもない事態だったろうなと思いながら、飛行するライラ。マッハで飛んで2分程の空域を、赤熱した物体が落ちてくるのが見えた。その物体を見て第一に浮かんだ感想は。
「……帰還ポッドか?」
例えるなら太陽光パネルを捥いだ人工衛星のようで、人が乗っていてもおかしくない物体だ。というか大気圏突入用のポッドにしか見えない。
『全ての宇宙事業の記録を洗いましたが、今日は帰還の予定は確認されていませんね……』
「……どうみても帰還ポッドなんだがな」
『しかし、そうなると……どこから落ちてきたのか? という問題も発生します。宇宙事業は抗争が激しいですが、連合国の決まりで勝手な大気圏突入は無いかと……。しかし、ならば余計に不自然です』
「普通、宇宙から大気圏に落ちてきたなら、事前の公表か観測機にひっかかる筈だしな。まぁ魔法なら、いや……リア達といるせいで感覚が狂ってるが、そもそも世界中で《門》を使える魔法使いは手で数える程しかいないし可能性は無いに近い。んー、ティガは引き続き調べてくれ。私はもうちょい接近して、と」
バルバトスを落下物の速度と合わせながら、観察する。型式は検討がつかない。流石に父のディオが携わる宇宙船なら仕方ないが、次期社長として頭に入れている宇宙船には該当しない。
「ティガ、映像から見て他の会社の無断機体の可能性は?」
『……映像から判断はかなり難航します』
「……他社なら下手に手出しするのもなぁ」
AIの頂点であり、最新の検索エンジンすら凌駕し、ハッキングなんて息をするように出来るティガが言うのだから、本当に情報が無い事が証明されてしまった。
とはいえ、隕石ではないのでウイルスなどの心配はなさそうなのは安心だ。あとは、アプローチをどうするか。《バルバトス》には現在、右腕にカラドニウムのブレード。エネルギーをかなり消費する上にチャージに60秒かかるが、グラル・リアクターの電力砲。熱核ジェットのパワーブレス、の3つくらいである。流石に小型ミサイルやペタワットレーザーのような武装を作る余裕はなかった。
しかし、かといって明らかに人が乗っていそうなコレを攻撃していいのだろうか?
カラドニウムでなければ触れた瞬間腕が吹っ飛ぶ速度だが、ライラは扉っぽい部分を叩いた。
「ノックしてもしもーし。誰か乗ってる?」
窓とかはないが、相手の内部機器から電波などを出せるなら受信はできる。そう思っての対応だったのだが。
「返事は無し、か」
対象と共に雲を突き抜ける。海に落ちるまで、もう時間はない。
すいません、話の練りが甘いので純粋に面白くないと思うか、設定がズレそうなら書き直すか消すと思います。まぁ、消せるのがネット小説の良いところさん




