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世界軸4


 リアが警戒しつつも、300重程の《境界線の結界》でポッドを囲う。すると、やはり謎の圧力はポッドに鎮座する存在から放たれていたのか空気が澄んだ気がした。


 そして自ずとダルクの手にある手帳を見るために皆が顔を寄せる。ダルクは軽く魔力を流して安全を確認する。どうやら手帳に仕掛けは無く安全らしい。


「開くぞ?」


 全員が頷くのを確認してから手帳を開く。すると、何枚か写真らしき紙がヒラヒラと落ちた。クロエが真っ先に反応して拾い上げ、首を傾げた。


「……リア姉」


 クロエはすぐにリアへと写真を渡した。手渡された写真を見て、リアも困惑する。


「……俺達?」


 それは、全員が白衣を着た遊戯部の一部メンバーの集合写真だった。何かの研究をしているのか、巨大なコンピューターらしき機械やライラの家でも見た事の無い、謎めいた機械が背後に写っている。

 中心にライラ、左右にそれぞれ皆がいる。唯一居ないのがクロエとルナ。


「ちょいと私にも見せてくれ」


「我も気になる」


 ライラに言われて写真を手渡す。彼女はとても興味深げに写真を見ながら、指で表面をなぞる。ティオは自身の草臥れた様子の顔に、親近感を感じる。


「こんな写真撮った記憶なんてない。どころか、みんな少し大人びて見えるんだが。20代前半くらいの見た目してないか?」


「我の背も結構高いな。言っちゃなんだけど、今後この写真に写る我と同じくらい伸びる可能性は10%もないぞ?」


 ティオの言葉に気を引かれたダルクとルナは。


「私にも見せてー」


「私も気になります!!」


 2人揃って覗き込む。そこで、唯一リアの事情を知っているダルクだからこそ、ひとつ違いを見つけた。


「……リアっちの顔さ、ぶっちゃけ女の子にしか見えないんだけど、髪はショートだし胸は無いしこれ性別、男じゃないか?」


 ダルクの言葉にルナが小さく頷いた。ダルクはルナの言いたい事を理解する。つまり、この写真に写るリアは『性転換していない』ようだ。リアが男だった時の姿をよく知るルナは懐かしさすら覚えた。そう正真正銘の男の娘である。実は中学生時代はもはや国宝級の存在であるが故に男ですら後ろの穴を狙っていたレベルだ。だからルナがぐるると警戒していた事をリアは知らない。ついでに友達が出来なかった理由でもあるので、ルナは生涯黙っているつもりだ。


 故に、この世界で撮る事は絶対に出来ない写真だと証明されてしまった。その事実を突きつけられた4人は、どこか薄ら寒い不気味さを感じる。ところでリアは、身体にドラゴンの血が流れたのだから、ワンチャン男に戻る事もできるのでは? と思ったが、今はさておいて。


「僕にも見せてくれないかい?」


 最後にレイアの手に写真が渡る。レイアは写真の中の自分の顔を見て「不思議だね、別人とは思えないよ」と感想をひとつ。これで全員が写真を見たが、当たり前のことで誰ひとりとして真相は分からない。けれど、誰もがこの写真に写るのは自分だと思った。思ったが、だからどうにかなるわけでは無く。ダルクは次に話を移す事にした。


「写真の謎も気になるが、少なくともこのポッドは私らと何らかの因縁がある事が分かったな」


「薄々、最初に発見したのが私って時点で何か運命的なものは感じたがな」


「……厄介ごとは向こうからやってきたわけか。このこの、リアっちとレイアの疫病神め」


「偏見だよ!?」


「ヴァルディアの件で違うと強く否定できない自分がいる」


「うっ、それ言われると僕もそうじゃん……」


「でも、この中で1番疫病神なの先輩っすよね?」


「はいはーい、次は手帳見るぞー!!」


「話を逸らしやがって……」


 リアの恨めしい視線を無視して、ダルクは再度手帳を開いた。まずは表紙を捲り1ページ目を見て眉根を寄せ。2ページ目、3ページ目と捲り呟いた。


「……これは日記か?」


「文章の解説ならば我に任せろー!!」


「速読できるのティオだけだもんな。任せたー」


 ティオが手帳を受け取り、速読で内容を頭に入れていく。時々、読み止めてしまいそうになりつつも10ページほど読んで、筆者の名前を確認した後、ティオはまず3人に向けて一言発した。


「色々と興味深い内容だ。どうにも業務日誌と日記とが混雑しているような。そして名前が因縁めいていて驚いたぞ。著者ヴァルディア・ソロディス、あのポッドの搭乗者もヴァルディアのようだ」


「燃やすか」


 もう名前も聞きたくねぇ、そんな思いがヒシヒシと伝えてくるリアに苦笑いを浮かべつつも。


「リアの気持ちは察するが、しかし待って欲しい。彼女は、今回に限りどうやら研究者として存在するようだ。決して敵ではないらしい」


………………………


 乱雑に書かれた図形や設計図が細かすぎて分からない部分を除き、ティオが簡潔に内容を纏めてくれた。そうして、どうもポッドで死体となっているヴァルディアらしき人物の体験を皆で共有する。


『 この度、友人達と開発した世界初の量子コンピューターも50機器ほど増設でき、ある程度の未来予測が可能となった。大発明である。

 外界からの粒子流入を阻止する為に発明した『ヘキサニウム』という物質により、完全なるシャットアウト空間の構築に成功。何物も粒子すら通さない金属の形態をした物質は、おそらく今後この世界をより良い方向にも、科学者としては非常に不愉快だが悪い方向にも使われていく事だろう。


 さて、科学の発達した世の中において、AIを用いた50年後の観測を行った。結果、人類はおよそ1.5割以上の増加を示した。豊かさと平穏、民の格差。仲間内でも話題に出さないようにしているが、統治者達の腐敗。生じる先進国の少子化。これにより各国の対応と優しい国々の救済のおかげで、どうにも民族が変わる勢いで人種の比率が変動するらしい。悪い方向に。優しさは悪とは言わないが、考えものだ。


 さらに、異常気象による作物の不作。海水温上昇による魚類への影響。観測する上で問題点として挙げられた『新たな細菌』による家畜への感染。人の比率に対して、食料が足りなくなっていく。


 そうなれば当然、争いが起きる。


 その時、何故か『特異点』として私の名前が挙げられた。


 意味が分からなかった。


 しかし、量子コンピューターが言うには、私は『毒』を用いて人口の5割を殲滅するらしい。


 ……はっきり言おう、殺人については少しも考えなかったとは言えない。私にだって、死んで欲しい人間はいるものだ。だが家族の為に、友人の為に、そして人間の未来の為に、仄かに生じた狂気を抑え込んだつもりだった。なのに、私の名前すら記入していない量子コンピューターは、名指しで私が人を大量殺害すると言ってきたのだ。死んで欲しい数人でなく、人口の5割……何億人を殺すつもりなんだ? その時の心境を想像して……無理だった。


 人類の未来を観測し、より良い方向へと導く為に可能性を計算して出力する。出来うる限りの対策と統治、国家間の必要なやり取りや条約を提案する筈なのに。私は人のために科学者となった。なのに』


『 なぜ? 』


『 友人の力を借りて擬似ブラックホール生成装置を開発した。これにより『あり得る世界の観測』を可能とする。言わば、並行世界の観測機器だ。主任としてライラが、助手としてレイアとティオが率先して計画、開発してくれた。彼女達は賞状と称賛を浴びるべき素晴らしい科学者だと思う。しかし彼女達も含め友人達は興味無いと言った。らしいなと少しだけ心が軽くなったが、ここからが本番だ。

 他世界の観測により、この地球に必要な事が分かればいいが。ここ最近のニュースは……暗いモノばかりで。誰にも話せずにいて、私の中に渦巻く『殺せ』の言葉が冗談でなくなっている。寝る前には幻聴すら聞こえてくる始末だ。汚い人間に生きる価値などあるのか? と。リアに勧められた漫画でも読んで落ち着こう』


『他世界の観測において、私という存在の危険度が証明された』

 

『観測において、初めて『異世界』を量子コンピューターが示した。並行する世界だが、私達が存在する上で、全ての文明が違う。言わば無数に並行する世界の絶対的な壁の向こう。発達した科学の無い、未発達の世界。そこにおいて私は自身の欲を満たす為に、国一つを滅ぼしていた。量子コンピューターが言うには、どうやら免疫の無い疫病を流行らせ実験を行ったのだとか。私が言うのもなんだが、狂っている。しかし科学者としては非常に興味深い。そう考えてしまう時点で、程々に私も大概だと思った』


『今日、申請から2年かかったが、量子コンピューターを半月、私用できる許可が降りた』


『この世界の私という個人はマシかもしれない。だが、ヴァルディアという特異点は異常だ。世界の壁を超えた、名称1%の世界において観測されたイカれた実験。2%の世界で行った、全国の統治者を殺すシリアルキラーとなった私。3%の世界で、文化と文明による侵略実験。あらゆる世界でヴァルディアという個人は狂気を振りまいていた。

 狂気を持つ理由を知りたい。だから、この世界で神にも等しい頭脳を借りる』


『愉悦、納得。なるほど、これはとてつもなく甘い毒だ。納得は人生の全てにおいて優先される。私もそう思う。12.24824%の私を見て、異常にも羨ましく感じた』


『何年かぶりに手帳を開いた。別の日記や報告書を書く機会が多く存在自体を忘れていた。読み返して、この世界における結末を書くにはいい資料になるなと思った。

 さて、私達もそろそろいい歳になった。観測するのも疲れる。この世界も確実に終幕へと向かっている事が嫌でも分かった。量子コンピューターが示した未来は、どうしようもない人口爆発による滅亡から動く事はない』


『まじか。完全に人類を、世界を滅ぼした私がいた。誰かに手帳を見られる可能性もある為、世界軸は記載しないでおくが、その世界において、私は『化け物』であった。異能力でもあるのか前に観測した私なのか。世界を渡り歩いて出会い、同時にお互いを喰らい合い融合して、とても人間とは言い難い姿となった。


 あれを捕まえる事は出来ないだろうか?


 量子コンピューターに国に黙ってさせている『世界軸跳躍』の計算結果が、10年以内に出るといいな。ダルクにも密かに頼んで、理論を考えてもらっているが。この25年、科学には限界がある事が良く分かった』


『ティオがとんでもない発明をする。なんでも『若返りの薬』を作ったのだとか。だからここ1年の観測が疎かだったのかと納得する。寧ろ1年で作ったのか? 私のまわりには天才しかいないな。話を聞くとDNAの強化による全ての細胞や肉組織の一新、蘇生を可能とする薬だという。意味は分かるが、注射するだけで若返るなど……下手をすれば戦争の火種だ』


『世界を滅ぼした私をずっと観測している』


『私達の世界はもうダメだ』


『仲間に、私の計画を話した。このどうしようもない世界の行く末を密かに操る『毒』の話を。人道に反しているが、最早最善手もない。このままでは、私達の地球も滅びを迎えて終わりだ。それが皆も分かっているのか、意外にも友人達は賛成してくれた。当然だが反対の意見は勿論あるが、科学者であるが故に現状を変える方法が人類を減らす事しか思いつかない様子だ。


 未来を観測したくせに、結局こうなった。私達の研究は意味があったのか?


 ティオが原案となる、伝染する『毒』の構築表を見せてくれた。私達には先に解毒細胞を施す事で『毒』を無効化できるらしい。彼女も、私と同類……。いや、違う。彼女は本当の意味でこの世界の為に手を汚す覚悟をしていた。醜い人間を皆殺しにしたい、なんて思っている私とは違うのだ』


『ダルクとリアが、量子コンピューターを無断で使い、設計図を練り上げていた。世界軸跳躍の為の理論は複雑すぎて、まるで『魔法』のようだ。しかし跳躍できるのなら、全ての時間軸における私の『狂気』を回収できるかもしれない。あわよくば、この世界の自然を再生させ、社会を再構築することも。いや、夢を見すぎるのは辞めよう。科学者になってから、決めた筈だ』


 そこまで読んだ所で、リア達は少し休憩する事にした。手帳を金庫にしまい、謎の封印物体をティガに監視してもらいながらリビングに戻る。そして、真っ先にダルクが呟いた。


「私らがヴァルディアと科学者をやってる世界があるとか面白すぎるだろ」


「そうですねぇ。どうにもその世界は中々に難儀な問題に直面していて、たぶん面白いって言ったら不謹慎なんだろうけど。きっと、世界の終焉ってこういう事なんですね……」


「しんみりしてる所に悪いですが。手帳には出てこなかったけど、先輩達がいるなら私やクロエちゃんも居るんですかね?」


「世界軸理論を前提とするならいると思うぜ。まぁ、あの手帳に出てくる事はないかもしれないけど」


「とてつもなく気になる世界です……それに、狂い切っていないヴァルディアと協力する先輩達、お姉様……」


「私とリアっちが、めちゃくちゃ重要な位置にいそうなのもなぁ」


「こっちの俺そんなに頭良くないのに……」


「リア姉、それもあるけど、手帳の中に『魔法』みたいって言葉があったよね? もしかして、この手帳のヴァルディアは、魔法の無い世界に居た?」


「確かに、魔法使いって表記が一切無かった……。だから、狂気が薄いのか?」


「どっちにしても、怖いね……」


 少し震えるクロエをリアは優しく抱きしめた。


 一方、頗る頭の良い3人も感想合戦を開く。


「未来の観測か。恐ろしいな。しかも、私が『若返りの薬』を完成させたらしい事も驚きだ。魔法薬学無しの科学のみで作れるか? と言われれば微妙だしな。しかし成る程、戦争の火種になる……か」


「僕の立ち位置も気になるね。あったら知りたい事が沢山ある。けど確かなのは、量子コンピューターなんて代物はきっと、遊びやしょーもない事に使うのが1番なんだろうね」


「というか、それ以前に私達が量子コンピューターを開発するってのがあり得ない。この私ですら、量子コンピューターなんて……あれ?」


 そこでライラは言葉を詰まらせる。あるじゃないかと。


「カラドニウムがある……。この金属が誕生してしまった以上、不可能とも言い切れない。それに、手帳の世界にもカラドニウムと名称は違うが、『ヘキサニウム』って特殊な物質や金属が存在するらしいな。もしかすると私達が思っているよりも『科学』が発達している可能性がある」


「科学も過ぎれば毒だな。未来の観測なんてしたら、絶望が待っているだけかもしれないのに」


「僕たちは長生きするかもしれないから、余計に酷だね。未来なんて分からない方がいいよ。未知の方が、きっと楽しいからね」


 炭酸飲料を飲み、喉と頭をスッキリさせたライラ。リアとダルクは、レイアの言葉に頷くと同時に、同感ではあるが手帳のせいか仄かな不安を感じてしまった。それを察したライラは出来るだけ明るい口調で。


「昼食を食ってから、改めて手帳とポッドの秘密を探ろうぜ。私は腹が減った」


 先輩の気遣いに、リアはふっと笑みを浮かべると。


「なら俺がなんか作りますよ」


「我、パスタが食いたい!!」


 まだ、何も解決していない。これから先、とてつもない事が起きる可能性もある。故に、魔法使い達は休息を求める。

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[一言] 魔法がない世界線か……
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