2日目⑥決着
遠くから観察しながらダルクは関心したように呟いた。
「凄いな2人とも」
隣で《情報の保管庫》を操作していたライラも頷いた。
「あぁ、だがリアの《結界魔法》は技術の発展途上感を感じさせる」
「確かにレイアの《戦乙女》はなんか完成されている感じはあるが……。でも、あの剣さ」
「異様だ。面白い事にあの剣に関しては数値が出ない。完全に未知の魔法だ」
…………………
《回転する粒子結界》の回転速度は段々と加速していき、代わりに回転の間隔が荒くなっていく。そうして回転速度を最大まで上げたところで、リアは魔法名を宣言した。
「《結界の暴風爆発》」
加速しすぎた結界は中心点から外れ、乱回転したままドーム状に爆ぜる。まるで竜巻の如く凄まじい暴風と、破片になった結界の粒子が周囲へと広がった。それはたったの1秒間の出来事であったが、暴風を纏った結界のカケラは降り注ぐ弾丸の雨を一時的に弾き、消し飛ばした。
その隙を狙っていたリアは弾丸の雨が途切れた瞬間に地を蹴り跳躍。
ひと蹴りで空を飛ぶように加速しレイアへと接近する。
片手に集めた魔力は既に形を成し《境界線の剣》を形作っていた。
一拍遅れて、幾つかの銃口が方向を変えて魔力弾を撃ってくるが、狙いをブレさせるために《結界》を張って逸らし地に着いた足でまた地面を蹴る。
あと少し。あと2回くらいの跳躍で、この剣はレイアへと届く。
そう思い跳躍の最中《境界線の剣》を下に構えるが、その時。
2体の白く美しい鎧を纏う戦乙女が、両側を挟むように接近してくるのが見えた。手にはそれぞれロングソードを握っている。
いつの間にやらレイアは戦乙女を召喚していたらしい。しかも2体だ。
視界が加速していく中、集中力は再び極限まで高まる。自身を含めた全ての世界の時が緩く感じる程の集中力。そんな中で戦乙女が剣を振り下ろすのが見える。そんな彼女達に、リアは結界を構築した。
振り下ろす速さと威力を上回るように、ただ殴りつけるだけの結界を。盾で殴りつけたような打撃は剣撃を相殺するように放たれ、戦乙女達の剣を跳ね返した。
その威力に耐え切れず、戦乙女達は大きく仰け反り、追撃する時間を大幅に遅らせる。例え切れ味で負けたとしても……例えるなら斧と薪だ。力負けした場合、柔らかいものでも固いものに勝てる。
そして、それだけの時間があれば充分だ。
重力により地に着いた足で、再び地面を蹴る。
いける。
このままレイアの身体に一撃入れれば、魔力の流れごと魔法を断ち切れる。そうすればお互い魔力が無くなって終わりだ。
その時レイアの手に戦乙女と同じ装甲が纏わりつく。手には魔力の粒子が収束すると一瞬で魔法陣を形成して、超大型の剣へと姿を変えた。空に影を作るほどの巨大な剣は、レイアを守るように横に薙ぎ払われる。リアの体を真っ二つにせんとでも言いたげな強烈な物量。恐らくあれは『本物の剣』。
(なるほど、この剣の特性を理解……はしていないかもしれないけど、最適解だぜレイア)
境界線の剣の弱点を一つ挙げるならば……切る難易度によって魔力を消費するというところにある。出現させるだけでもかなりの魔力を持っていかれるが、それ以上に『法則全てを無視する』という超現象を起こすのには代償が必要だと言う事だ。
だからリアは思った。判断と幸運。魔法使いとして必要なモノを兼ね備えたこの少女は、自分に苦渋を飲ませたのだ。認めるべきである。自分は驕っていないがライバルはいるのだと。
リアの境界線の剣がレイアの大剣を斬り落とす。逸らされた刃の鋒がギリギリレイアの頬を擦り。互いの魔力が消し飛んで、2人は魔力切れでダウンした。
………………
「つっかれた。本当に強いなレイア」
「えへへ、有り難く称賛は受け取っておくよリア。でも君は僕より凄いよ。なんでも切れる剣なんて反則じゃないかい?」
「いやいや、普通に俺の結界切れるほうがずるいから」
空はどこまでも澄み渡り、そしてなんというかこの、ザ青春のようなやりとりが心地よく感じる。
「はぁ、にしてもこの勝負」
「あー、そうだね」
「レイアの勝ちだ」
「リアの勝ちだ」
「「はぁ?」」
お互いを勝者にして褒めようとしてカウンターを食らった気分である。
「なにを言っているんだい。あの剣はもう少し顕現できていただろう? 僕は大剣を真っ二つにされた時点でなす術はなかったよ?」
「そんなことはない。あれ以上動くのは難しかった。だから、レイアは小さな剣でも召喚すれば完全にトドメをさせたよ」
顔を見合わせて、ははっ、と2人は笑った。
「じゃあ、今回は引き分けにしておこうか」
「そうだな、今度は負けないぜ」
……………
そんなこんなで寝っ転がって身体を休めていると、2つの足音が近づいてくる。
足音はすぐ側で立ち止まり、続いて快活の良い声と、静かだが優し気な声が聞こえた。
「やーやー、お疲れのようだな後輩達よ!!」
「魔力切れでのダウンっぽいが、保健室まで連れて行った方がいいか?」
ダルクの言葉を遮るようにライラはこちらを気遣う言葉を言った。リアとレイアはその気遣いを有り難く受け取る事にする。
「じゃあ、お願いします」
「僕も、お願いします」
「あいよ」
「あれ、私も手伝う流れ? ま、しゃーない。私の肩も貸してやろう」
レイアはライラが、リアにはダルクが肩を貸してくれた。
それから保健室までの道のりの最中、ライラやダルクから決闘中の感想を聞いたり、リアはダルクに胸を揉まれたり(揉んだ理由を聞いたら「デカイのが悪い」と言われた)しながら、保健室へと辿り着いた。
保健室には人はおらず、先生もいなかったが、一眠りしたかったのでリアはベッドを借りる事にした。
ベッドに横になるリアとレイア。その2人に、ダルクとライラは部室へと戻る前に、其々言葉をかけた。
「私らは部室に戻るわ。ティオを放置してたの忘れてたし」
「私もデータの整理をしたいから戻るが、まぁ、また何時でも来てくれ。歓迎する」
「はい、ありがとうございます」
「僕も、なんだかんだで楽しかったです」
「おう、じゃーの!!」
「では、またな」
別れの挨拶を済ませると、ダルクもライラも保健室から出て行った。
静かな保健室の中、外から聞こえる生徒達の喧騒がまるでBGMのように聞こえてくる。
「僕も、少し休んだら今日は家に帰るつもりだけど。リアはどうするんだい?」
横のベッドからレイアの問いかけが聞こえる。リアは目を瞑りながら少し考え、後の予定を口にする。
「ちょっとだけ寝て行く」
「了解。じゃ、起こさないように出て行くよ」
目を瞑ると、窓からの暖かな日差しと春先の澄んだ空気がよく感じられた。それから程よい疲れのせいもあって、強烈な眠気が襲う。その眠気に抗えず、リアの意識は段々と微睡みの中に落ちていった。
…………
「寝るの早っ!? まったく……。僕一人だと暇じゃないか……」
静かになった保健室には、リアの規則正しい寝息だけが聞こえてくる。
そっと顔を覗き込んでみると、リアの気持ち良さそうな寝顔がよく見えた。
「改めて見ると、睫毛長いんだなぁ」
端正な顔立ちのリアだが、よく見れば見るほどに綺麗に見えた。それに、無防備な寝顔と小さな唇に目がいき、なんとも言えない気分になってくる。
柔らかそうな薄桃色の唇。
思わず、その唇に触れたいという衝動に駆られ、指を伸ばした所で「ハッ」となって思い留まった。
「な、何を考えているんだ僕は……きっと疲れてるせいだな」
目を逸らし心に生じた変な気持ちを振り払うように2回ほど頭を振る。
そうして気持ちが落ち着いてからもう一度リアを見ると、ボタンの取れたカッターシャツと開いた胸元が見えた。
呼吸により小さく上下する胸元からは黒いブラジャーがチラリと見え、側から見れば誘っているようにしか見えない。全く無防備だ……。
「これは……男子が来たらマズイな」
とりあえず布団を首までかけておく。
それから「ふぅ」と一息ついてレイアはベッドの上に座り込んだ。
「……とりあえず、保健室の先生が来るまで休んでくかな」
その間リアの寝顔を眺めながら時間を潰す。時々ニヘラと口元を歪めたり、眉間に皺をよせたりして面白かったから余り暇をせずに済んだが、彼女は一体どんな夢を見ているのだろうか。
ただ自分も女なのに、そんな子供らしい一面が可愛らしく感じた。出会ってまだ2日だが彼女はどちらかと言えばお姉さんタイプなのは確かだ。だからこそギャップ萌えか何かで可愛く見えるのかもしれない。
「ふっ、やっぱり疲れてるね、僕」
なんて呟きながらも、する事がないので彼女の寝顔を見ながら時間を潰した。
それからだいたい30分後に養護教諭の若い女の先生が戻ってくる。僕は先生に生徒が1人寝ている事を伝えて保健室を後にした。
余談ではあるが帰りの途中にリアの妹であるルナちゃんに出会った。ので一応彼女にリアが保健室で寝ている事を伝えておいた。
……しかし彼女の嬉々とした目を見てレイアは思った。
伝えても良かったのだろうか? と。