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入学式


「お姉様、起きてください!!」


 耳元でルナの大きな声が響き、リアはゆっくりと目を開けた。窓から差し込む日差しに思わず目を細めながら、ゆっくりと体を起こす。天気は晴れのようだ。爽やかな空気を肺に吸い込みながら、壁にかけてある時計を見る。

 時刻は7時。入学式は9時からなのでまだまだ時間はあるが、準備などをしなくてはいけない事を考えればそろそろ起きたほうがいい時間だ。


「おはようございます!!」


「おはよ」


 元気に朝の挨拶を告げるルナに、低めのテンションで返しながら大きく欠伸をした。

 覚醒しきっていない頭を動かし、再び垂れ下がってくる目を気力で開く。それから、再び潜り込みたいという衝動を抑え。温かい布団から這い出た。


「ん?」


 と、起こしてくれたルナの格好を見て首をかしげる。ルナは既に制服をしっかりと着用して、髪もセットした後なのか綺麗なストレートになっていた。


「……準備するの早くないか?」


 時刻はまだ7時なのに、こんなに早く準備する事はない。そんな疑問を投げかけると、ルナは手に持った鞄を胸元まで持ち上げながら答えた。


「ちょっとやらなくてはいけない事がありまして……早めに学校に行かなくてはいけないのです。なので、ごめんなさいお姉様。今日は一緒に登校できません…」


「やらなくてはいけない事? 生徒会とか?」


「はい、そんなところです」


「おぉ……」


 驚いた。

 ルナはどうやら生徒会の役員らしい。成る程、ならば入学式の準備などの手伝いをしなくてはいけないという事か。


「分かった、頑張れよ」


 頬を緩ませながら言うと、ルナは可愛らしく微笑んだ。


「はいっ、あ、お姉様も遅刻しないように気をつけて下さいね!!」

「分かったよ、ルナも気をつけてな」


 ルナを玄関まで見送ってから、リビングに戻って昨日の夕飯の時に炊いておいた白米と納豆でのんびりと朝食を済ませる。

 それから寝室に戻ると、時刻は7時半。


「……着替えるか」


 両手でネグリジェを脱いでベッドに置く。下着姿のまま、クローゼットの扉を開けて中からニーソックスを取り出して着用する。太ももまで締め付けるニーソックスは、この時期だととても温かい。


「下着にニーソックス」


 自身の胸元から足元を見て、なんとも言えない感覚に苦笑いする。男だったら拳を突き上げて喜ぶ光景だが……しかし。


「自分の体で見ても嬉しくねぇけどな」


 自虐っぽく呟き、クローゼットから灰色のTシャツを取り出して着用。更に上からカッターシャツを着用してボタンを閉めた。


「次に着るものは……スカートだな……」


 クローゼット脇に吊ってある灰色チェックのスカート。改めて手に取ってみると、スベスベと手触りが気持ちいい。生地の良さが良く分かる。


「……よし」


 意を決してスカートに足を通し腰まで引き上げた。それから、チャックを閉めて固定する。

 そして履いてから気がついた。スカートの丈は膝より短い事に。そのせいかスースーと冷たい空気が入り込んで落ち着かない。

 あと、やはりと言うべきか、男の精神のせいで女装している気分になる。既にワンピースを着て出かけている時点で今更ではあるが、それでもこれはこれ、それはそれだ。


「思ったより気恥ずかしい」


 くるりと回ってみると、スカートは風に乗ってふわりと浮かぶ。

 こんなの、ちょっと強い風が吹けば下着が見えるじゃないか。なぜに女の子達はこんな衣服を履いて平気なのか……下着丸出しなのと変わらないのではと気恥ずかしくなる。

 どうしようかと思いを巡らせた時、ルナが選んだ服にちょうど良さそうなものがある事を思い出した。


「スパッツも履くか」


 そう、スパッツである。あれなら下着の上から履けて、なおかつズボン代わりにもなる。

 クローゼットの下着入れを漁り、黒いスパッツを引っ張り出し着用する。太ももにぴったりなスパッツのおかげで、気休めではあるが少しだけ気恥ずかしさが和らいだ気がした。

 それから、カッターシャツをネクタイで締めて、その上から灰色のブレザーを着る。

 これで、とりあえずは着替え終わった。


「はぁー」


 ベッドに腰掛けながら、長く伸びた髪を手櫛で適当に整える。

 それから時計を見ると、時刻は8時前だった。まだ時間的には余裕があるが、それでも少し早めに出た方がいいだろうか。


「行くか」


 スクールバッグを掴むと、勢いをつけてベッドから立ち上がり玄関まで向かう。玄関先には新品のローファーが置いてあり、それを靴べらを使いながら履いて外に出た。ローファーなんて初めて履いたが、くるぶしあたりが靴擦れしそうだなと思った。


 それはそうと、外のひんやりとした空気が顔を撫でた。同時に暖かな日の光を全身に浴びて、冷えた体をほんのりと温める。


「爽やかな朝だなぁ」


 これで着ているものが男子用の制服ならなぁと、心の中で願望を呟きながら玄関の鍵を閉めるのだった。


…………


 通学路を暫く歩くと、段々同じ制服を着ている人が多くなっていった。学生寮を出た時から全然制服を着ている人を見なかったので、道を間違えたのか心配になったが杞憂だったようだ。


 それから程なくして見えてきた荘厳な雰囲気を纏う巨大な城を、目を細めながら眺める。

 いつ見ても『凄い』といった陳腐な感想しか出てこない。言葉に尽くせないくらい、素晴らしく美しい建造物だ。

 そして、学校に向かう生徒もまた、同じように城を見上げている生徒がチラホラと見受けられる。恐らく自分と同じ新入生なのだろう。


 それからもう暫く歩くと、ようやく校門らしき巨大な門のアーチが見えた。銀色のアーチには細かな薔薇の装飾が数多く施され、城への入り口としては満点の美しさだ。そんなアーチの隣には長テーブルが置かれ、受付係らしい制服を着た生徒が新入生に案内のような物を配っていた。そのせいで小さな列ができている。

 と、通り過ぎようとしてチラリと長テーブル横の看板が視界に入る。そこには、『新入生はこちら』と書かれていた。どうやら絶対に並ばなければならない列のようだ。リアもその列に並んで順番が来るのを待った。

 それから数分で自分の番が回ってくる。カウンターの前に立つと受付前の女子生徒に名前を聞かれ、答える。それから少しの間、なにやらごそごそも紙の束を探していた彼女だったが、目的のものを見つけたのか「どうぞ!入学おめでとう!」と言いながら1枚の紙を手渡してきた。

 咄嗟に「ありがとう」と礼をしながらその紙を受け取り、受付から離れた場所で目を通す。紙には自身の名前から始まり、入学式のプログラムと学校の地図、それから『クラスA』と大きな文字が書かれている。このクラスAとは、プログラムを見る限り入学式終了の後に向かうクラスのようだ。


「俺はAクラスか」


 紙を折り畳み、ポケットにしまってから足を進める。アーチをくぐると一気に視界が開け、改めて土地の広さに感嘆した。

 それから辺りを見回し、様々な建造物を観察しながら他の生徒の流れに従って歩いていく。すると、何人かの生徒が足を止めた。

 リアもまた、周囲と同じように足を止めて、上を見上げる。すると、煉瓦造りの巨大な塔が2つ連なったような巨大で古風な建物が太陽の日差しを遮っているのが見えた。

 ポケットの地図を見て場所を確認すると、どうやらこの建物は『大聖堂』らしく、入学式の会場になっている。


(学校の敷地内に大聖堂なんかあるのか)


 なんで聖堂? と思った。普通、入学式は体育館とか講堂でやるものではないだろうか。グレイダーツ氏はあまり神様なんて信じてなさそうな印象だけど、案外そうでもないのかな。

 そんな事を考えつつ建物を眺めながら歩みを進めていくうちに、入り口まで辿り着いたようだ。入り口前の大扉には門前のアーチの時と同様に何人かの係りらしき生徒が立っている。よく見れば、生徒の何人かの腕には『生徒会』と書かれた腕章がつけられていた。


(ルナもどこかで働いてるのかな?)


 ボーっとそんな事を考えながら、大聖堂に足を踏み入れようとしたその時だった。


「そこの君、止まれ」


 凛と透き通るような声色がリアの足を引き止めた。

 立ち止まる俺の方へ、1人の少女が立ち塞がるように歩いてくる。

 その少女の顔に目を向け、思わず息を飲んだ。綺麗な長い銀色の髪をポニーテールにまとめ、整った顔立ちにつり目がちな翠眼は、勝気な印象を醸し出している。間違いなく美少女の部類だ。

 そんな彼女の腕を見ると『生徒会』と文字の書かれた赤色の腕章が見えた。


「えっと……」


 何かを言おうと口を開くも、引き止められる心当たりが皆無で言う事がない。そして声をかけてきた女子生徒は、口ごもりながら内心狼狽えている事などお構いなしに、どんどんとこちらに近づいてくる。

 お互い動けば体の一部が当たりそうな距離まで近づいた。リアは片足を引いて少しだけ仰け反った姿勢で彼女の動向の意図を探ろうと頭を回転させるが、全く分からない。


 困惑した顔で息を飲むリアを気にした様子を見せずに、彼女は突然、胸元に向かって両手を伸ばしてきた。白魚のような手は、そのまままっすぐ胸元まで向かいネクタイにすっと掴み上げる。

 何をされるんだと恐々としていると……彼女はその掴んだネクタイを、手慣れた手つきで一度解くと。


「ネクタイが曲がっているぞ新入生」


 そう言って締め直し始める。

 どうやら、ネクタイが曲がっていたらしく、さらに直してくれるようだ。

 リアはされるがまま、ネクタイを締め終わるのを待った。


「これでよし。完璧だ」


 彼女は口元を少しだけ緩めながら呟く。リアは綺麗に整えられたネクタイを右手で軽く触れながら口を開く。


「ありがとうございます」


 短く礼を言い、軽く頭を下げて立ち去ろうと足を動かす

 だがしかし、何故か彼女の視線が自分の顔を凝視しており、離れられない威圧感を感じた。


「俺の顔に何か付いてますか?」


 緊張しながら聞くと、彼女は慌てたように両手を胸元で振った。


「いや、すまない。誰かに似ている気がしてな」

「誰かに?」

「ついさっきまで似たような顔を見ていた気がするのだが……」


 目をつむり唸りながら記憶を探っている様子の彼女。

 リアは彼女の返答を待っている間に誰に似ているのか少し考えてみたが、生徒会の腕章を付けている時点でなんとなく当たりがついた。

 たぶん、ルナの事ではないだろうか。

 そう考え「それって……」と前置きしながらルナの名を言おうとしたその時。


「お姉様!!」


 背後から本人の声が聞こえた。振り返ると満面の笑みで駆け寄ってくるルナが見える。

 ルナはリアの真横まで来ると、ネクタイを直してくれた彼女に顔を向けて口を開いた。


「あ、副会長。お疲れ様です」

「ルナ、君もな」


 腕を組みながら彼女は言いながらリアとルナを交互に見ると、納得したように頷いた。


「先程、君は彼女の事をお姉様と言っていたような気がするのだが、もしかして姉妹なのか?」


 ちげぇよ、兄妹だよ、と言葉にしたいが頭のおかしい娘の戯言としか思われなさそうなので、息と共に言葉を飲み込む。


「はいっ、そうです!!」

「成る程。似ている訳だ。ならば、自己紹介しておこう。私は生徒会副会長で3年のエスト・ローザシドラだ」


 差し出された彼女……エストの手をおずおずと握り返しながら、リアも簡潔に自己紹介を口にする。


「どうも。リア・リスティリアです。妹がお世話になっております」


 握手を終え、お互いに手を離したところでエストは口を開いた。


「いやいや、それはこちらこそだ。会長が会長だからな。本当に君の妹の働きには助かっているよ」


 そう言ってエストは疲れたように微笑み、ルナも同時に苦笑いを浮かべていた。


「あの人、基本的に楽しい事にしか興味がありませんしね……。今日挨拶するのも副会長ですよね?」

「あぁ、といっても一言二言だけだがな」

「それでもですよ。本当にお疲れ様です」


 2人は揃ってため息を吐き出す。話を聞く限りだと、今の会長は仕事をしない人のようだ。なぜそんな人が生徒会長なのか不思議で仕方がない。

 そして、息を吐ききったところで、エストはこちらに目を向けた。


「それは置いておいて、えっと、リアと呼ばせてもらっていいか?」

「構いませんよ」


 いきなり名前で呼ばれて少しだけドキッとした。コミュ障故の、たぶん、ちょっと震えていたであろう声でOKの意思を伝えると、彼女は柔らかく微笑んだ。


「ありがとうリア。ならば、君も私の事はエストと呼び捨てにしてくれて構わない」


 そう言われてもリアにそれは、少々難度が高い。昔から女友達などいなかったからか、会ったばかりにの女性に対し呼び捨てで名を言うのは……無理。


「えっと、じゃあエストさんと」


 リアの返答に、エストは少々つまらなさそうな顔をした。


「そんなよそよそしい呼び方などしなくてもいいのだが」


「いえ、いきなり呼び捨てはちょっと……」


「確かに出会ってすぐの人間を呼び捨てにしろというのは難しい話か。ならば仕方ない。だが、どうせなら私は君と友達になりたいと思っている。だから、遠慮がなくなったら、その時は呼び捨てで呼んでくれ」


「は、はい」


 キリッとした顔でそういう彼女の対応に大人びた人だと思った。

 しかし……友達か。エストの言葉を頭の中で反復する。先も言ったが、リアにはこれまで友達がいなかった。だから、いざ友達になりたいと言われても全く実感が湧かない。

 と、そこまで考えたところでリアは重大な思い違いに気がついた。そうだ、自分は今は女の子だ。男の時に直ぐに友達になりたいなど言われる筈がないではないか。あまりに卑屈すぎる気がしなくも無いが、事実男であったなら対応も違っていたかもしれない。

 そう思うと内心とても複雑な気分になった。でも、初めて友達ができたのだから良しとしよう。


 なんて考えている内に、ルナとエストは2人仲良さそうに仕事の打ち合わせのような会話を始めた。それを傍目で見ていると、周囲のボソボソとした声が耳に届いてくる。


──お、おい。あれ副会長のエスト様じゃないか?


──あ、マジだ。やっぱいいな、銀髪ポニーテールの美少女は。って事は隣にいるのは…ルナ様か!


──やっぱ可愛いよなぁ、生徒会メンバー


──だよな。朝からこんな近くで見れるなんて、今日はいい事ありそうだぜ


 聞こえてきたのは男子の声だ。推測ではあるが、おそらく在校生なのだろう。その声にはまるで有名人にでもあったかのように感情が高ぶっているようで、興奮した声なのが分かった。元男だから余計に。

 だが、よく聞くと男子のものだけでなく、時々女子の声でルナとエストの事を話しているのが聞こえた。内容はあまり聞き取れないが、悪口ではない事は確かだ。

 どうやらこの2人は俺が想像しているものよりも遥かに人気なようである。

 エストは当然だろうと思うが、ルナもそうだと知ってちょっと誇らしげな気分になった。まぁ、確かにルナの容姿もそうだが明るい性格は人を惹きつけるものがあるのだろう。


 そんな事を考えて、思わず「ふっ」と笑みを漏らしていると、また別の話声が聞こえてきた。


──ってかさ、さっきからあの2人の近くにいる可愛い娘、誰なんだ?


 疑問の声に、別の男子が確信したと言わんばかりに力強く答える。


──分かんねぇけど、間違いなく美少女だよな


──あぁ、しかも胸がでかい。最高だな


──確かに、スタイル抜群。って、そういやさっきルナ様が、彼女の事を「お姉様」って呼んでなかった?


──そういや確かに。まさかルナ様の姉君!?


(なんだこの会話。っていうか、会話の女の子って俺の事だよな……)


 ルナとエストの他に近くにいる女の子は自分しかいない。なによりルナが「お姉様」と呼ぶのはリアだけだ。

 気がついて意識すればする程、多くの視線を感じる気がした。とくに顔と胸元に。少しだけ鳥肌が立つ。


「じゃあ俺はそろそろ行くよ」


 小さな声で言うと、ルナは「分かりました。では、帰りは校門前で待ち合わせしましょう!!」と返事をした。リアは頷いて肯定し、エストにも「では」と一言言ってからその場を逃げるように離れる。


 正直な話、心は男の筈なのに、なぜか凄く恥ずかしかった。たぶん鳥肌は男の心のせいで男子の視線が気持ち悪く感じてしまうからで、恥ずかしいのは精神が女へと傾いているせいなのだろう。


 去り際、男子や女子が『照れてる顔……可愛い!』とか言っていたのだが、その言葉をリアが聞くことはなかったのだった。


…………


「おぉ……」


 大聖堂に足を踏み入れた瞬間、その光景に息を飲んだ。

 かなりの広さがあるにも関わらず、床には綺麗に磨かれた白い大理石で埋め尽くされている。天井は高く、等間隔に大きな金色のシャンデリアが3つ並んで吊るされており、更にその一つ一つに暖かなオレンジ色の光がふわふわと浮かび薄暗い聖堂内を照らしていた。おそらくは魔法による光なのだろう。

 壁には外壁と同じく灰色のレンガで造られているが、外とは違いこちらも綺麗に磨かれてシャンデリアからの光を反射している。それから、壁沿いに等間隔で大きな灰色の柱が10ほど並んでいた。


 そんな広い空間には、聖堂らしく長い木製の椅子が配置されている。他の生徒を見る限り、皆適当に座っているようなので、リアは一番後ろの空いている席に座った。

 携帯端末をポケットから出して時間を見ると、8時40分。式開始まで後20分くらいだ。開始の時間になるまで、母さんにメールしたりネットサーフィンをしながら時間を潰した。その間誰か隣に座るかなと思ってソワソワとしていたが、結局、誰も隣に座る人間は終ぞいなかった。悲しい。


 そして、時刻は9時になる。


 大聖堂には、ざっと120人程度の生徒が集まっていた。それぞれがソワソワとした面持ちで着席しており、辺りは生徒の数と反比例するかのように静まり返っている。


 しかし、誰も前方にある壇上に出てこない。

 時間が遅れているのかと考え、始まるまで瞼を閉じようとした、その時だった。


 横に並ぶ柱の隙間に四角形の魔方陣が浮かび上がった。色は赤黒く、その光は薄暗い聖堂内を禍々しい色彩で照らしていく。

 暫くすると、魔方陣が蜃気楼のように揺らめいたのが分かった。そして、魔方陣の中から「ガシャリ、ガシャリ」と鉄が擦り合う音を鳴らして、銀色の物体が徐々に姿を見せ始める。


 現れたのは、西洋製らしき鎧達だった。


 高さは大体180センチと中々に大柄だ。銀色の装甲は全てが鏡のように煌めいていて、一種の芸術品のような印象を受ける。

 手には身長より長い鉄製のハルバートが握られていて、鎧同様に冷たく輝いている。斧のような形状の切っ先は天井へと向けられていた。

 頭部を守るヘルムのバイザーの下にある視界を確保する為の隙間は、まるで漆黒の闇のように黒く染まっており人の気配を全く感じない。恐らく人は入っていないのだろう。それなのに全ての鎧の片目に当たる部分からは赤黒い光が炎のように揺らめいていた。


 そんな鎧が合計22体。柱の間に一体ずつ現れたのだ。


 訳が分からず、新入生達はざわざわと騒ぎ始める。だが、その時、鎧達は一斉にハルバートを天井に掲げると、石突を勢い良く地面に突いて「タンッ!!タンッ!!」と音を鳴らした。

 軽やかに響き渡った音の影響で、辺りはシンと静まり返る。そのせいで「ひゅう」と小さな悲鳴が聞こえるくらいに。

 そんな状況の中、聞き覚えのある声が聖堂内を駆け抜けた。


「新入生諸君、入学おめでとう」


 壇上に目を向けると、シャンデリアの光を受けてより金色に輝く綺麗な金髪の美女。


 いつの間にやら。壇上の上に校長であるグレイダーツが立っていた。服装は前に自宅で会った時よりも飾りっ気の無い黒のローブだ。


「私が校長のハルク・グレイダーツだ」


 グレイダーツの言葉に一瞬静かになるも、再びざわざわと話し声が聞こえ始める。

 その反応に、無理もないと思う。だって、若すぎるもの。なぜ若いのか知っているからリアは動揺はしなかったが、知らない者からすれば別人だと思うことだろう。


 新入生が騒ぐ中、さっきと同じように綺麗に揃って再び鎧が動いた。そして、ハルバートを持った手を掲げ石突で地面を「タンッ!!タンッ!!」と2回音を鳴らした。その音にビクリとして、新入生は押し黙る。

 何とも言えない緊張感の中、飄々とした口調でグレイダーツは続ける。


「私がグレイダーツだと信じられない者もいるだろうが、一応ここにある鎧全ては私が《召喚魔法》で動かしている物だ。それだけ言えば多少は信じてもらえるか?」


 それを聞いて息を飲む音が数多く聞こえた。ここに来るまでに少なくとも魔法の歴史や様々な本から、錬金術や召喚術の難しさが分かっているからだろう。しかも、今の召喚術は生き物を呼び寄せる物ではなく命令を聞いて自身で考えて動く『擬似生命』の方だ。一時とはいえ生命と同じ『自身で判断して動ける者』を生み出す魔法の難易度は、言うまでもないだろう。

 それをグレイダーツは22体同時に行っている。この時点で、この人の非常識っぷりが充分に伝わった。まぁ、人魔大戦の時は千を超える兵を召喚した事があるらしいが。とても有名な話だ。


「お前らが信じようが信じまいが、私には関係ないしどうでもいいがな。さて、では新入生への歓迎の挨拶は終わったから、これから2つだけ話をしようか」


 どうでも良さげに言い放つ。

 静まり返る聖堂内で、皆グレイダーツの言葉に耳を傾けている。


「まず、君達はこの学校に魔法を学ぶ為に来ている事だろう。中には、将来の夢を目指して来た者も多い筈だ。

 そこで私は一つ言葉を贈りたいと思う。どんな事でも、決して臆するな。魔法の道は無限だ。それはこの学校で学ぶ事でも広がるが、それだけではない。己が努力すれば、この学校で学ぶ事以上に道は多くなる。それは誰であってもだ。

 だからこそ、何事も諦めずに自身の道は自身で切り開け」


 マイク越しだが、それでもその言葉は聖堂の隅から隅まで響いた。


 新入生の数多くが顔色を変えた事に、グレイダーツはニヤリと人のいい笑みを浮かべると話を続ける。


「いい顔だ……じゃあ2つ目。学校生活での注意点だ。校内では魔法の使用は禁止していない。だがしかし、それで流血沙汰が起きた場合においてはそれ相応の処置を取らせてもらう。気をつけるように。私からの話は以上で終わりだ」


 グレイダーツはタンッと足を鳴らすと、それに合わせて鎧達も足を鳴らす。そうして、グレイダーツも鎧達も姿を消した。


 静寂が降りる。鎧が消えた事で場を支配していた緊張感や重圧も消えたように感じたが、そのもっともな要因はグレイダーツ氏が退場した事にあると思う。しかし、それに気がついている者は少ないだろう。


 彼女が消えて数秒経過したあと、壇上の右端にある木製の扉がキィーと軋んだ音を立てながら開いた。扉の向こうからは、生徒会副会長のエストが背筋を伸ばし綺麗な姿勢で歩いてくるのが見える。その凛とした姿に、何人かの男子達はほんのりと頬を朱に染めていた。

 彼女は壇上に立つと、マイク越しに口を開いた。


「新入生の皆、まずは祝辞を。入学おめでとう。私は生徒会副会長のエストという者だ。さて、生徒会として話す事はあまりないが、グレイダーツ校長の言った事に付け足して伝えなくてはいけない事があってな。もう暫く耳を傾けてほしい。

 まず、校則に関してだ。この学校は確かに校内の魔法使用を許可しているが、人への被害の他に建物や備品への損傷があった時も罰則があるから注意してくれ。その他の校則はこの後教室で配られる生徒手帳に記入してあるから、それを確認してくれると有難い」


 言い切ってから、エストはスッと息を吸う。


「まぁ、長話もなんだし、ここで生徒会からの話は終わりだ。この後はホームルームがあるから、渡された地図を見て教室に向かって待機だ。あぁ、あと、何か困った事があったら是非生徒会を頼ってくれ。では、解散!!」


 解散の一声で、それぞれが少しづつ席を立ち始める。

 終わってみれば、なんともあっさりとした入学式だった。

 でも、グレイダーツ氏の魔法が見れたし、結構有意義な時間だった気もする。

 そう思い、母さんに『変わった入学式だった』とメールをして、リアも腰を上げた。


 ところで、出口に向かう際いつぞやのショッピングモールで見た白髪が見えた。しかし、顔は見えず外に出る頃には姿を見失ってしまう。

 同じクラスであったら声を掛けてみようと思いつつ、大聖堂から教室のある建物へ向けて足を進めた。


…………


 教室棟。

 学び舎となる建物は総じてそう呼称されるようだ。そして、それは城の事を指す。

 目的地である1/Aクラスの教室は長い廊下を抜けた先にあるようで、リアは一階の廊下を歩いている。それから幾つかの扉を過ぎ去ったところで、扉前に『1/A』と書かれたプレートを見つけて立ち止まる。因みに、1とは学年のことで、この学校は大学も兼ねている為卒業までは5年かかるのだが、それはまた後日に説明しようと思う。

 教室への大扉は既に全開にしてあり、俺は中を伺いながら足を踏み入れる。そこは、教室というよりはどちらかというと講義室のような印象の部屋だった。半円形の部屋は、前方の黒板を中心に円状の長テーブルが配置してある。そして、後ろに向かって少しだけ段差が上がっており、たとえ後ろの席でも前方がよく見える作りだ。

 そんな教室内には既に生徒が10数人おり、その中の男子の何人かが自分の方に顔を向けている。

 降り注ぐ視線に少し身じろぎしながら、自身のネームプレートを探した。

 と、後ろの席から探していると、一番端っこにそのプレートを見つける。窓際で一番後ろの席とはなんとも運が良い。

 木製の椅子を引き、腰掛けて机に鞄を下ろす。ふと、隣の席のネームプレートを見ると『レイア・ヨハン・フェルク』と書かれたネームプレートがあった。この名前の子が今日から1年間、隣席になるようだ。


(レイアさん、か。名前からして女の子かな。どうせ隣だし仲良くできるといいな)


 そう思い、腕を伸ばしたりして軽くストレッチしていると。


「あ……」


 すぐ隣から声が聞こえた。

 声の方に目を向けると、白髪の幼い顔立ちの少女が立っている。長い前髪は纏めて二本の黒いヘアピンで留めていた。白髪の下から覗く素肌もまた、きめ細かくシルクのようだ。長い睫毛の下から覗く翠眼は、知的な雰囲気を纏っているように見える。

 文句無しに可愛い。

 ただ、背は低めである。だがしかし、それも彼女の可愛らしさにプラスされている。

 そして肝心な事だが、俺は直ぐに分かった。狐の仮面をつけていないが、彼女で間違いない。

 まさか、同じ教室で出会うとは思いもしなかった。


「えっと、久しぶり?」


 なんと言えば良いか迷い、語尾に疑問符がつけながら挨拶する。

 リアの言葉に、彼女はどこかホッとしたように笑みを浮かべ返答した。


「うん。久しぶりだね。お姉さんかと思ったのに、まさか同年代とは」

「グレイダーツさんから聞いてないの?」

「僕の師匠、あんまり肝心な事言わないんだよ……。師匠の友人の弟子だとは聞いてたけどね」

「そうなのか」


 短く返すと、不意に頰をぽりぽりと掻いた。やはり、同年代の女の子と喋るのはとても緊張する。

 緊張している事など知る由もない彼女は、あっと思い出したように口を開いた。


「……この間はありがとう。おかげでオクタ君が魔物だってバレなかったし、殺されずに済んだよ」


 ぺこりと頭を下げる。後髪がふわりと舞った。


「いやいや、そんな大層な事した訳じゃないし」


 焦り気味に言うと、彼女は頭を上げてホッと胸を撫で下ろしてから、活発そうな笑顔で口を開いた。


「はぁ〜、君が良い人でよかったよ。あ、できたら名前を教えてくれないかい?」


 名前を聞かれ、心臓がドキリとする。こういうのって、友達になる為の儀式のような気がする。って事は、この後の返答次第で友達になれるかが左右されるわけで。

 リアは心臓のバクバクとした音を聞きながら口を開いた。緊張で胸が苦しいがどうにか言いたい事を伝える為に喉を震わす。


「俺はリア・リスティリア。君の名前は?」


 名前は知っていたが、あえて問いかける。こういうのは、お互いに自己紹介をする事に意味があると思うから。


「僕は、レイア。レイア・ヨハン・フェルク。よろしくね、リアさん」

「あぁ、こっちこそよろしく頼む。あと、できたら俺の名前は呼び捨てにしてくれないか?」


 心の中で(そっちの方がよそよそしくなくて、なんか友達っぽい!!)と思ったが故の提案だ。彼女はリアの言葉に、ちらりと八重歯を覗かせながら微笑んだ。


「そうかい? なら、僕の事もレイアって呼び捨てにしてくれよ。そっちの方が、その……友達っぽいし」


 彼女はリアの右手を両手で包み込みながら言う。

 そんな彼女、レイアが友達になろうとしてくれた事がとても嬉しかった。

 頭の中でブレイクダンスをしながら叫び回る程に喜びつつも、どうにか涼しい表情を保ちながら口を開く。


「分かった、これからよろしくな、レイア」


 レイアが両手で包んだ右手の上から、そっと左手を重ねた。


「うん、改めてよろしく、リア」


 お互いにギュッと手に力を入れ2、3度握手を交わしてから手を離す。


 これが、初めて同年代の友達ができた瞬間だった。


 しかしだ。幸先は良いが、ぶっちゃけ男のままだとレイアとは出会う事もなく、こうして自己紹介しなかったかもと考えると、女になっててよかったとまた思ってしまった。

 そんな事を考えてしまったリアは、今すぐ布団に潜って悶えたい気分になるのだった。

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