The battle of darker ⑤
リアは遠くで爆弾を防ぐ触手を見つめる。ビルの破片を防ぎ触手の本数も少ない、更に爆弾は弾丸形状で貫通力が有る筈なのに、明らかに『澱み』中心に突き刺さってはいない。無理やり繰り出したであろう、太い二本の触手や、隙間から伸ばされた触手群が受け止めている。
中途半端な位置でギリギリだ、ここで爆発させて、果たして本体へと確実なダメージが入るのだろうか?
(確実に防がれてるよな……これ。不味い状況なのでは?)
作戦を単純に聞き、此処までいい感じに事が運んだせいか少し気を抜いていたが、ここに来てまさかの展開に心臓が激しく脈打つ。
(爆弾、奥まで突き刺さないと意味無いよな?)
このまま数秒もすれば、再生した触手が爆弾を飲み込み無力化するだろう。
そうなれば、再び『澱み』を討伐する為に活路を開くのに時間がかかる。
それは……まずい。『澱み』にこれ以上時間を与えるのはダメだ。
だからこそ、リアは靴底に魔力を溜めて、一気に解き放つ。鋭く速い、今の自分が出せる最速で駆け抜ける。かなりの距離を走る為に片足ずつの不安定な縮地を繰り返し、鉄塔の作った穴を潜り抜ける。
その時だ、侵入者であるリアに対して、複数の触手が妨害に出始めた。まとめて向かってくる触手群を一瞥して、リアはため息を吐いた。
(『籠手』で、いけるか?)
もう魔力の余力を考えると《葉月華掌》を撃つのは駄目だ。この後、街を守る為に結界を張るという大仕事が残っている。
しかし、突っ込んだ挙句に行おうとしている作戦は、貫通力に長けた拳の突き技である《皐月華戦》で直接爆弾をぶん殴り、撃ち込むというガバガバ作戦である。逃走分の魔力を含めて直感で考えても……一撃で道を開ける可能性が高く魔力消費も最低限である、最後の技に賭けるしかない。
リアは立ち塞がる触手群から一瞬で距離を取り《境界線の狩籠手》を手刀の形に変える。その光景は、さながら纏う大剣のようであった。それを腰横に据えると、リアは飛ぶように上斜めに張った《結界壁》の足場に着地する。そして、そこから《縮地》で急加速し、身体の捻りを加えながら、籠手へ魔力噴出による加速を入れつつ、加速の勢いを乗せて手刀を振り抜いた。
「《一刀睦月》ッ」
青白く淡い光を伴う、その手刀は、三日月のような綺麗な弧を描く。手刀の長さを超え、最早飛ぶ斬撃となった斬撃は、幸運な事に『澱み』が悪足掻きで放った触手を切り抜き通り道を開いた。
しかし……。
「……痛っ。籠手の関節が解けたのか……」
大丈夫だろうと思っていた籠手の隙間が魔力の構築力を失い解けた結果、もろに衝撃が伝わり、肉体にダメージを受けた。骨まで入っていないが、そこそこ強い打身である。
「……クソ」
境界線と名のつく結界魔法の奥義……例え自分の作ったオリジナルだとしても、その奥義に欠陥が出た事に少しショックを受けた。しかし、すぐに考えを切り替えると。
「骨が折れてなければ誤差だ誤差。《皐月華戦》さえ撃てれば良いんだから……なッ!!」
縮地で漸く『澱み』の懐に飛び込むと同時に、爆弾の元へ到達。
「……事前に聞かされてはいたが、マジでデケェな」
そんな事を呟きながら、弾丸状の爆弾の底を《皐月華戦》でぶん殴る。抑えていた触手は再び急加速した爆弾の尖った先端に引き裂かれ、今度こそ奥底に突き刺さった。
「良かった……底を殴ったくらいじゃ爆発しなかった……」
そんな思いで胸を撫で下ろすも、リアにとっての本当の試練はここからであった。
恐らく、仕掛けてあったのだろう。爆弾が計算された海域に到達すれば作動するように……機械質な金属音が響き、ワイヤーのような固定機器が四方八方に発射され『澱み』から引き剥がされないよう固定される。そして無機質に告げる、感情の無い機械音が響いた。
『爆発までのカウントダウンを開始します。10……9……』
「へ?」
『……8』
「ちょ、おま……はぁぁぁあ!? タイマー式とか聞いてないんですけどッ!?」
リアは飛ぶように縮地で駆ける。邪魔をしてくる触手を、至る所に張った足場の結界を使い、上手く避けながら逃げる。
だが、鉄塔で開いた穴を埋めるように、ドロリと『澱み』は触手を垂らす。
入り口に、分厚い触手の壁が形成される。絶対に逃さないという『澱み』の悪意をジクジクと感じながら。
(あっ)
呼吸が詰まる。直感で悟った。
あ、これ詰んだな、と。
しかし、幸運の女神はリアに味方してくれた。
紫に塗装されたブレードが2本同時に突き刺さり、焼けつくようなジリジリとした音を響かせてX状に触手の壁を切り開く。その先に見えるのは、ライラの操るシストラムであった。
『リア!!』
頼もしき先輩の呼びかけに応える余裕はない。リアは間髪入れず、無我夢中でシストラムの肩装甲に飛びつくと、叫んだ。
「全力退避ィィイ!!」
『了解だ、しっかり掴まってろよ!!』
機体を反転させ、一刻も早く、遠くへと後退する為に全てのスラスターを吹かす。リアは強烈な風圧に押されながらも、装甲にしがみつき、座標を定めるべく前を向く。
「《結界壁・円柱》!!」
『澱み』の周囲を取り囲む形で、円柱状の巨大な結界の壁が十数枚、等間隔に展開される。ぶっちゃけ数を数える余裕などない。円柱状にしたのは爆風が街に向かないよう、そして衝撃や熱風を空に逃す為だ。出来るのならドーム状が1番なのだが、抑え切れる自信が無かった。
「ぜーっ、はーぁああ!!」
ついでと言わんばかりに、リアは空中に魔力の光で《結界魔法》の基礎となる魔法陣を描き込み放つ。これで少しでも、《結界壁》が保ってくれる事を祈り……ながら、完全な魔力切れにより、身体から力を抜いた。
「ぁあ……しんど」
(疲れた……もう無理、あとは頼んだレイア)
……………
シストラムがそれなりの距離を駆け抜けて、ライラがダウンし肩の装甲にへばり付いたリアを回収する為に、コックピットを開き外に出た時だった。
太陽の如く、鋭く眩い光が煌めく。起動した爆弾は、突き刺さるビルをも飲み込み天に向かって爆炎を迸らせる。雲をも焦がさんとする勢いで、炎の渦が薄暗い海面を照らす。
更に、遅れて「ドッッ!!」と空気が震える程の爆音が何度も何度も響き、『澱み』の呻き声らしき悲鳴のような声や、《結界壁》が砕ける破砕音が幾つか鳴った。
突然高熱に晒された海水が蒸発し、凄まじい水蒸気が、雲をも突き抜ける程の勢いで吹き荒ぶ。
だが、それでも数枚の結界が、爆風と拡散する瓦礫、吹き飛ぶ鉄柱を防ぎきった。
その光景を、リアはダルそうに首を持ち上げ見ると、ホッと安堵の溜息を吐く。
「最近ぶっ壊されすぎて自信無くしかけてたから、通用して安心した」
「……リアの結界が無ければ少なくとも海に近い私の家は、間違い無く消し飛んでるレベルの爆炎なんだが。リアの頭の中では、どういう結果を想定していたんだ?」
「街に被害が行かない程度に、爆風と波を抑え込めれば上出来かなぁって思ってました。結果……数枚残って驚いてます、すごいです、全部吹っ飛ぶだろうなって考えてたから驚きですよ」
「おいおい、しれっと怖い事を言うな」
「……あはは」
「笑い事じゃないんだがなぁ、まぁ終わった事だしとやかく言わないが。それにしても、事前に聞いていた威力の倍増しはあるぞアレ、凄まじいな」
「……ですね。一応聞いておきますけど、あの爆弾、小型の核とかじゃないですよね?」
「核なんて作ったら普通に刑務所行きだ」
「使ったかどうかを聞いたんですけど、作れるんですね……」
「黙秘権を行使させてもらおう」
ライラは遠くで徐々に鎮火していく火柱を見ながら呟いた。
「でも確かに水爆以上の威力だぞ……暴発したらどうすんだ、人ん家で作んな怖ぇよ」
最悪の事態を想像して軽く震えるライラに、リアはジト目で口を挟む。
「自宅で魔法使い相手に戦えそうなロボットを作った先輩が、言えた言葉じゃないと思いますけど……」
「私はいいんだよ、天才だからな。……しかし、今回ばっかりはな。親友とはいえ、ティオに文句の一つでも言っとかないと」
「結果的には先輩の爆弾が今回の作戦で1番、活躍してますけどね……」
「そこなんだよな……全く難儀な話だぜ。とにかくお疲れ様だなリア。コックピットまで連れてくから、落ちないように服のどっか掴んどけ」
「えっ? うわっと」
顔を痙攣らせて軽く引きながらも、軽やかに機体の肩装甲まで登り、リアをお姫様抱っこで持ち上げ、コックピットまで駆け降り、座席に寝かせる。瞬く間に行われた行為にリアは呟いた。
「サラッとこういうことするのズルいと思います」
「なんか言ったか?」
「いえ何も、ありがとうございます」
「どういたしまして?」
(俺が男だったらときめいていた)なんて言葉が浮かんだが、流石に口にはしなかった。というよりも、素でイケメンな行動するを真面に受けたのは人生初だ。これは正直、同性でそっちの気が無くても赤面くらいはしてしまうのではないだろうかと思う。
そうして顔を赤くして礼を言い身を竦めたリアを不思議に思い首を傾げながら、ライラは礼を受け取った。
その後、大きな水音を鳴らして海原を進む1匹の巨大な蛸と、蛸の背に乗るティオが、シストラムがホバリングし滞空している海面付近にやってくる。彼女の表情は自信に満ち溢れていた。
「いやはや、我が自分で作っておいてなんだが凄まじい威力だな!! ふっ、あれほど威力のある爆弾を思いつきで作ってしまった我の才能が恐ろしい……のはさて置き、すまぬなライラ。流石に一言断りを入れてから作るべきだった。今回ばかりは反省している」
「受け取ってやるよその謝罪」
弾丸のように紡がれる自慢から突然、謝罪されてしまい、行き場のない苛立ちが湧くライラ。文句の行き場を無くした彼女の心中を察して、リアはクスりと笑う。
笑うリアをひと睨みしようと目線を向けるライラだったが、リアのどこか微笑ましく、尊いモノを見るような目つきに押し黙る。やがて行き場のない感情は別の話のすり替えにより、霧散した。
「……これからどうする?」
「俺にできる事はもう無いです、あっ先輩……水薬あります?」
「あるぞー」
魔力の回復を促進させる水薬を貰うと、それに口をつけながらリアは言う。
「……うぇ、苦ェ」
「良薬だからな。さてライラ……先の質問を質問で返すようで悪いが、後の事を考えるなら私達は別の方を心配した方が良いと思うが? 魔道機動隊と話をつけねばならないからな」
「……まぁ、そうだけどよ」
「それに信じたのだから任せればよかろう。残りはレイアとダルクに。あとリア、大役お疲れ様だ。見事な結界だな!!」
「はいっす……どうも」
力のない表情でリアは頷きながら、ライラと視線を合わせる。その目には、2人に向けた信頼の意思があった。
「分かった、レイアと不本意だがダルクを信じて待つとしよう。その間に私はこの後の予定のプロットでも考えとくよ」
「大企業の次期社長らしいモノを期待しておくぞライラ」
「任せろ、お前らも表舞台に引っ張り出してやるからよ」
遠くで炎の光が失せ、熱により白い蒸気を吹き上げ始めた結界を見つめながら、ライラは時を待つ事に決めた。
「……って、ん? お前ら?」
……………
「危ねぇえええ!!」
空に絶叫が響き渡る。爆弾と結界によって天まで登る火柱……の間近で、ダルクは戦々恐々と震えた。
「ざっけんな!! どんな威力してんだよおい!! というかリアっちさぁ!! 結界って言ったらドーム状か豆腐型じゃねぇの!? いや威力を空に逃すって考えなんだろうけどさ!! それなら事前に言っとけよなぁぁあ!? 友達だろうがぁぁあ!!」
ある程度、文句を垂れ流した後で、ダルクは本気で項垂れた。それはもう、FXで有金全部を溶かした知り合いよりも深く。
「心も体も寒い」
鼻をすすり、悲壮感を漂わせながらそんな事を呟くダルク。そんな彼女の元へ4つの人影が向かって行く。それは、ダルクの絶叫で居場所に気がついたレイアであった。
「先輩!! 無事かい!?」
「……ッ!? レイア!?」
「は、はい?」
「今私の事、心配してくれた?」
「しましたけど……それが何か?」
「ありがとうッ!!」
大声で感謝を叫ぶ先輩。あまりにも大袈裟な言動に、レイアは(意味が分からなくて怖い)と若干引いた。




