The battle of darker ⑧
「なんで、生きて……」
「あら? 生きてちゃ悪い?」
ジルは弾丸を撃ち込んだ部位を見る。そこには弾痕すらなく、綺麗な肌があった。まるで、何事も無かったかのように……だが自分は確実に撃った。右手に握られている拳銃と微かな火薬の焼けた匂いがその証明だ。
驚きと焦燥で混乱しているジルへ、彼女は嘲笑うような笑みを浮かべながら口を開く。
「何を驚いているの? 私の事を魔王やテロリストなんて呼んでいるのだから、脳天撃たれても生きている状況くらい、想定しなくちゃ」
そう言って、ヴァルディアは口から長い舌を出した。見せつけるように出されたその舌の上には、鉛色の弾丸が綺麗な形で乗っかっている。それをそこら辺の雑木林に吐き捨てると、彼女は鋭い爪の伸びる人差し指をジルの額に突きつけた。
緊迫感で吐き気すら催してきたジルは、うまく思考が出来ずに、喉を鳴らして静止する。そんな、怯えたジルの顔を見たヴァルディアは、クスリと笑うと。
「貴方、面白い人間だから、どうこうするつもりはないのだけれど……これからデイルやグレイダーツを呼ばれると厄介なのよね。静かに観戦できなくなるもの。さて、どうしようかしら?」
「は? 観……戦……?」
ヴァルディアの一言がひっかかり、思わず呟く。それと同時に、おそらくこの近くに来ているであろう、ダルクの顔が脳裏を過ぎった。まさか、彼女が巻き込まれる?
普通にあり得そうな想像に、頭痛がしてくるジル。
そしてヴァルディアはジルの想像を決定づけるように、耳元に口を近づけて囁く。
「貴方の助手……良い魔法使いよね。面白いし、魅力的な少女だと思うわ」
「……ダルクの事か? 魔王に目をつけられるなんて、とことん運がねぇな」
「ふふふっ、だからそれに免じて……両腕と両足の骨をへし折るくらいにしてあげるわ」
和やかに話し、悟られないように逃げる算段を立てていたジルだったが、ヴァルディアの最後の一文で血の気が引いていくのを感じた。
「ちょ、まてよ」
「いやよ」
「落ち着こう!! 絶対に痛いからそれ!!」
「でしょうね? でも折るわ」
「まてまてまてぇい!! それなら縛るとか、そんなんで良いだろ!?」
「いやよ。だって、人が抗う姿って美しいじゃない。そして心が折れた姿もね」
「ちくしょう、取りつく島もねぇ。そんで良い性格してんなテメェ……」
「魔王だもの」
ヴァルディアの冷たい目が、自身の両手足をへし折る未来が必ず訪れると物語っているようで。来たる未来を想像し吐き気が加速する。
しかし、ジルにとっては『殺す』という選択肢を目の前の魔王が取らなかった事に、とても違和感を感じた。
過去に何千もの人々を殺した魔王が今更人殺しを躊躇うとも思えず、同時に自分を生かしておく価値も無いと考える。それなのになぜ……見逃したら後々で確実に、英雄達へ生きている事実が伝わる。彼女にとって良い事などない筈なのに。
恐怖と思考が反復するジル。そんな彼の心情を読み取ったのか、ヴァルディアはジルの腕を掴みながら口を開いた。
「……貴方をここで殺すのは勿体ない、だから生かすのよ。ふふっ、貴方には多分、幸運の女神がついてるわ」
「どこが。幸運の女神がついてんなら、お前とは出会ってねぇよ」
「それもそうね。それじゃあ、かなり痛いだろうから……良い悲鳴を聞かせてね?」
彼女の腕を掴む力が強くなる。その細い指のどこから、これ程の握力が出ているのか分からない。ただ、ひとつだけ分かることは……きっと、痛みで声にならない悲鳴をあげる事になる、悲惨な未来だけである。
しかし、諦めは誰よりも悪いジルは足掻く。
だが、逃げようと腕を引くも、彼女はまるで岩のようにピクリともしない。拳を振れば、全て片手で受け止められる。足で蹴りをいれると、鋭い痛みだけが返ってきた。
(や、やばい。打開策が全く浮かばねぇ!! 嫌だ、四肢骨折は絶対に嫌だ!!)
さしものジルであっても、流石に恐れと恐怖を抱いた。そんなジルの表情を、ヴァルディアは微笑んで見つめる。
「やっと、絶望の表情が見れた」
ジルは息が詰まるような気分になった。この女が即座に骨を折りに来なかった理由が、自分の絶望する表情が見たいからだと分かったからだ。こちらからすればたまったものではない。
そして、自分はここでボロボロにされて放置される。確定した未来に、軽い吐き気と頭痛を感じる。正直なところ今は恐怖よりも、ざっけんなよ人でなしと罵声が頭の中を占め尽くし、怒りが湧き上がっていた。
(お前お前お前ェ、全治したら草の根かき分けてでも見つけ出すからなァァ!!)
内面が若干キャラ崩壊を起こし始めたジル。奇しくも、思考が若干ダルクに偏っていた。本人に言えば「ざっけんな!!」と憤るだろうが。
そうして、絶望の顔から一転、怒りにより般若の如く表情筋を歪ませていた時だった。
一陣の風が吹き、風に乗るように銀色の何かが飛来して向かってくるのが見えた。
突如として現れたそれは、風切音を響かせ……ヴァルディアの肩を斬り飛ばし、「ガンッ」と勢いそのまま、ジルの真横にそびえ立っている杉の木に突き刺さった。
片腕を無くしたヴァルディアは飛びようにジルの元を離れ、斬り落とされた腕がグシャリと音を立てて落ち、傷口と落ちた腕からは血の代わりに謎の黒い液体が滴る。
それから、斬られた当人のヴァルディアは退きはするものの、やはり腕を押さえたり痛がる素振りをしたりはしていなかった。
……ジルは自分を助けてくれた物体に目を向ける。
視線の先に突き刺さっていたのは、見慣れた西洋剣。
冷気を発し、霜の付いた刀身は間違いなく魔法が付与されている事が素人目に見ても分かる。
それから、剣の装飾から導き出される人物は1人しかいない。
ジルは安堵の溜息を吐くと、杉の木の元にへたり込むと、口を開いた。
「遅いっすよ!!」
「……お前の悲鳴から居場所を特定すんの大変だったんだが。助けない方が良かったか」
「助けてくれて、ありがとうッ!!」
「……ま、なにはともあれ無事で良かったぜ」
グレイダーツは音一つ立てずに動く西洋甲冑を数体引きつれながら、軽く片手をあげ、暢気な様子で登場するのだった。
………………
「級友の腕をいきなり斬り飛ばすなんて、随分と酷い事をするじゃないグレイダーツ?」
「気安く呼ぶんじゃねぇよ。今のお前はもう友達なんかじゃねぇ」
「あら? 昔は友達だと思ってくれていたの?」
「……」
ヴァルディアの戯けた物言いに、グレイダーツは鋭い視線だけを返す。それから視線を逸らさずに、木に突き刺さる剣を抜き取り、地面に落ちているヴァルディアの腕を縫うように突き刺した。
白く漂う冷気が溢れて、腕を瞬く間に凍っていき、やがて小さな軋みをあげ砕け散った。
「やっぱりスライムか、まぁこれでお前が生きてるって証明にはなったし、良しとしよう」
グレイダーツの呟きに、ジルはヴァルディアを銃で撃ってもダメージを受けていなかった事、腕から血が出なかった事、そしてこうして見つけるまでに時間が掛かった原因が分かった。
同時に、あの魔王の身体は分身のような存在だと言うことも理解する。
「……くっそ、徒労かよ」
ここで、倒してしまえれば。そう考えていただけに落胆する彼の呟きに、グレイダーツは剣を鞘に納めながら真反対の声色で口を開いた。
「いいや、これはこれで好都合だ。いつでもぶっ倒せる存在で、なにより本体ほど警戒しなくてもいい。私が投げた剣すら避けれない個体なら、脅威じゃねぇ」
「本当にそう思うの?」
「昔から人を揶揄うのが大好きだもんなお前。それでいて……人類を敵にまわしておいて変な所で紳士だった。自分の居場所を言ってクラウを呼んだりな。いや……欲望に忠実なだけか」
「貴方の中の私に対する評価って、存外高かったのね?」
「悪い意味でな」
グレイダーツはそこで、心底ウザったそうに深く溜息を吐いた。そして、次の瞬間、ヴァルディアの足元から急速に、氷が湧き上がった。その氷はヴァルディアの首から下までを全て凍らせ、完全に動きを封じる。
「……どうせなら聞きたい事を聞いてから、その分身をぶっ壊す事にするぜ。どうして私の弟子やリアを狙う? あとお前本体の居場所を教えろ」
剣の鞘で氷をど突く。氷に包まれたヴァルディアの胴を含めて、ピシッと一筋の亀裂が走った。ある意味で脅しになっていない彼女の行動に驚く事なく、ヴァルディアは平坦な声で返した。
「教えるとでも?」
至極当然の答えに対して、グレイダーツは微かに笑みを浮かべると。
「お前なら……言いそうだからな。言った上で罠を仕掛けて煽ってくるのがテメェだろ? 今になって表に出てきたのはなんでだ?」
挑戦的に質問を重ねて、睨みつけるように瞳を覗くグレイダーツ。ヴァルディアの瞳にはどこか生気は無く、しかし欲望のようなものが渦を巻いているように感じた。
ヴァルディアはグレイダーツの問いを聞くと、くつくつと喉を鳴らす。
「そうね、いいわ。折角の機会だから教えてあげる。私が態々表舞台に顔を出した理由を。私は……人の喜怒哀楽を見るのが大好きなのよ」
「……は? お前が戦争を起こしたのはそれが見たいからだとでも?」
「さぁ? 当時の私は今以上に狂っていたもの。あ、でも、安心して……もう戦争をする気は無いわ」
「……」
グレイダーツの顔から一切の表情が消え、代わりに底冷えするような冷たい雰囲気が包み込む。しかし、ヴァルディアは何も感じていないかのごとく「ふふっ」と意味深げに笑うと、続けて言葉を放った。
「そして今はコレクションをしたいと思っているの。これでも、こんな私でも人という存在が大好きなのよ。だから、一際輝く者を見て、自分の懐に仕舞っておきたいと思ったの」
「……お前の考えは、人をモノとしか見ていない」
「理解しているわ、でもどうしようもないでしょう。これが私の本性で変え難い性なのだから。因みに貴方もコレクションの対象……」
「きっしょいわ、死ね」
ヴァルディアが言い切る前に、グレイダーツは彼女の顔を氷で覆い尽くし、氷を蹴り砕いた。彼女を構築していたスライムは崩れ去って魔力に帰し、綺麗に消える。
まるで、魔王など最初から居なかったかのような静寂の中で、疲れたようなグレイダーツの溜息が響いた。




