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にんじん娘の誕生日

時系列は前々話の続きです。

近衛隊所属騎士ディートリヒは、王城周辺の警護を担当する。

王都で華やかな祭りが行われる際や、王城で舞踏会が開かれる際は近衛隊全体で警護にあたるため、勤務が集中することもざらだ。



他国の王族を迎えた週、そして王城で宴が行われた週、約2週間ディートリヒは王都で集中勤務となった。



つまり、2週間、ディートリヒはハルに会えないでいた。




「ハルーッ!久しぶりだな、元気だったか?」


集中勤務が明けたその日、ディートリヒは早速山あいの町を訪れた。もちろん魔術師カミルによる転移だ。

久しぶりにハルに会えるということで、疲労はどこかに飛んでいく。いや疲れが溜まっているからこそ色々吹っ切れやすいかもしれないが、ディートリヒは気づかない。


「ディー、久しぶりだね」


今日もハルは働いていた。ミリアムさんの酒場に向かうところで、相変わらずにんじんのように真っ赤なおさげが背に揺れている。


「ああ、ちょっと王城警備に詰めてて。はい、これ、記念に作られたクッキーだって」

「へえ。美味しそうだね、ありがとう」

「……ハル?」


ディートリヒは、ハルの様子に違和感を感じた。いつもこうして細やかな贈り物をすると、申し訳なさそうにでも嬉しそうに表情を綻ばせるハルだが、今日はなんだかその表情が固い。

「ハル?なにかあった?俺、力になれる?」

「…なんもないよ、ありがとうディー」


健気なハルも可愛いっ!と言いたいディートリヒだが、やっぱりハルの表情は固い。いや、これは固いというより、なにか怒っているような…


「じゃあ、ミリアムさんのところに行ってくるから。ばいばい」

「え、あ、うん。俺も少し休ませてもらうよ、またね」


ハルの様子に疑問符だらけのディートリヒは、ハルを思わず見送ってしまった。

こんなときはどうしたらいいか、答えはひとつだ。


「ミリアムさん!どうして?!どうしてハルはちょっと怒っているの?!いや怒っているのかわからないけど機嫌が悪い?!ちょっと表情が固いハルもなんだか初々しくて可愛いんだけど俺どうしたらいい?!」

「…騎士様よ、あんたまず医者に行ったらどうだ」


酒場のミリアムさんは、客としてやって来たディートリヒに思わず言い返してしまった。

開口一番になんだ、これ。惚気か心配かはっきりさせろ。


「あー、その、なんだ、騎士様よ。俺から言うのも色々憚られるんだが、あんたハル大好きな割に詰めが甘いよな」

「大好きだなんてそんな本当のこと言うなよ照れるだろ。…ん?詰めが甘いって?」


ミリアムさんは、ディートリヒに酒でなく水を出した。

ハルは、今酒場の裏口で野菜の皮剥きだ。カウンターにはまだ誰もいないし、そもそもまだ店開きもしていないので、騎士様には水で十分だ。


「それに比べて、魔術師ってのは抜かりないよな。俺はその地獄耳に恐れ入ったぜ」

「魔術師?カミルが来たのか?」

「ああ、一週間前に、きちんとな。騎士様のことを笑ってたよ」


ディートリヒは、ミリアムさんが示すことが理解できないでいた。

一週間前に、きちんと、カミルが来て。俺のことを笑って。詰めが甘い。


「……一週間前って、なんの日なんだ」


ディートリヒは、恐る恐るミリアムさんに聞いた。

声が震えてしまったのは、ひとつの可能性に気づいてしまったからだ。


「一週間前、ハルは11歳になった」


ミリアムさんから告げられた死刑宣告に、ディートリヒは気を失いそうになった。

可愛い可愛いハル。10の歳とは聞いていた。年の差も小さな体も、ハルがハルだから気にしていなかった。


「ハルは、最近牛乳をよく飲むんだ。早く大きくなりたいんだとよ」


ミリアムさんは、ディートリヒに二度目の刃を振るった。

可愛いハル。早く大きくなりたくて、1つ歳を重ねるその日を心待ちにしていたのだろう。

都市では11歳になると寄宿制の学校に通えるようになる。ひとつの節目の歳でもある。


「騎士様が仕事なのも、自分の誕生日を知らないことも、きちんとわかっていたよ。頭のいい子だ。まあ、それと気持ちは別だから、今日は態度がおかしいんだろう」


ミリアムさんは、ハルを雑用に雇って数年経つ。親代わりとはいかないが、孤児の身で頑張ってきたハルのことをよく知っている。


「俺ぐらいの歳になれば誕生日なんてってなるがなあ。まあ、そうやって甘えたい気持ちが出たことはよかったなあと俺は思うわけよ?…おい、聞いてるか騎士様よ。騎士様?」



ミリアムさんは、カウンターに突っ伏したディートリヒに声をかける。返事がない、ただの…ただ、気絶しているだけのようだ。やれやれ、気絶するなら部屋に行ってからにして欲しいもんだ。


しくしくしくと、流れ出るディートリヒの涙で汚れるカウンターをミリアムさんはさっと拭き取った。





「……ハルッ!!」

「ディー、休んでたんじゃなかったの?」


数刻後、目を覚ましたディートリヒは一も二もなくハルのところに駆けつけた。

体の大きいディートリヒをミリアムさんは移動させられなかったらしく、店開きまでカウンターに放置されていた。

先ほど乱暴に叩き起こされたのだ。ミリアムさんに、店開きするから退け、ハルが家に帰るぞ送ったらどうだと言われて飛び起きたのだ。


「う、うん、なんか寝てたみたいだけど店開きするからって起こされた」

「ふうん」

「えっと、家まで送るよ、ハル」

「…ありがと」


ディートリヒが言うと、ハルは少し考えたあと、ぷいっと後ろを向いて歩き出した。

ディートリヒは慌ててハルの後ろをついていく。何を喋ればいいのか、普段ならとめどなく出てくる話題も今に限って何も思い浮かばない。


とうとう一言も話さないまま、ハルの家の前についた。

ディートリヒが以前修繕した塀や扉もそのままだ。それを見てなんとなくほっとしたディートリヒは、ハルの右手を取って跪いた。


「え?ディー、どうしたの?」

「ハル、これ」


ディートリヒが差し出したのは、少し萎びた1本の花。

酒場を出たところで花売りの娘から残った1本を買い取った。ここに来るまでの間、ポケットにしまっていたので、萎びてしまったようだ。


ハルは、そっと左手を伸ばして受け取った。

おそるおそる、というハルに、ディートリヒは告げた。


「…先週、誕生日だったんだな。おめでとう、ハル」

「ミリアムさん、喋っちゃったんだ」

「ああ。……今日は、こんなだけど、俺、次はもっとお祝いしたい。来年も、再来年も、その次も次も。俺、ハルの誕生日をお祝いしたい。ハルのこれからに、あっていきたい」

「え?これから?」

「うん、これからずっと」


ディートリヒがにこりと笑うと、ハルは顔を真っ赤にして俯いた。突然手を振り払われたディートリヒはびっくりする。


「ハル?どうした?」

「どうしたって、いや、だって、ディーの言葉、なんだか」

「なんだか?」


ディートリヒは自分の気持ちを素直に言葉にしただけだ。なにかおかしなことがあっただろうか?


ハルは、ディートリヒのぽかんとした顔を見て、言葉に深い意味はないのだと思った。

息を大きく吸って、吐いて、気持ちを落ち着かせようとする。


「……あのね、ディー。今日は、変な態度をとってしまってごめんなさい、お花、嬉しい、ありがとう」

「うううううううん!!ハルはどんな態度でも可愛いよ俺そんな笑顔向けられたら止まんないよ?!」


ディートリヒはハルの言葉に悶絶した。

素直になるハル、可愛い!可愛すぎる!!


「その、別に、変な態度を取ってしまったのはね、私も気づいちゃったの」

「……なにに?」

「私も、ディーの誕生日知らないなって」


ハルは、俯きながら喋っていたので気づかなかったが、この瞬間ディートリヒは思い切り前屈みに震え始めた。

両手で自分の体を抱きしめて、大きすぎる衝動をおさえようとしていた。


近所のおばさん達が、そんな2人を遠巻きに見ていた。

その両手には箒があり、いつでも退治できる姿勢で見ていた。


周りの様子に気づかないまま、ハルは言葉を続けた。


「……それで、私が1つ大きくなっても、ディーも1つ大きくなるでしょ。だから、年の差は変わらないんだなあって気づいた」

「……うん」


ディートリヒは精一杯落ち着いた声で返事をした。体はもう崩壊しそうに震えている。


「なんだか、早く大人になりたかったみたい。ディーは、親のいない私を心配してくれているから、大人だって見せたかったんだなあって。そう考え始めたら、今日はディーの顔を見れなかった。ごめんね、ディー」


ハルは、気持ちを込めて謝った。

ディートリヒが優しい人とはいえ、なにもない自分に親切にしてくれたんだ。両親はもうずっと前にいないけれど、お礼や謝罪はきちんと言うように、育ててもらった。


「……ディー?」


ハルがそっと顔をあげると、目の前のディートリヒは地面に突っ伏して悶絶していた。膝も頭も伏してぶるぶると震えている。


「ああああハル!!なんでそんなに可愛いの!可愛すぎるよ!早く大人になりたいだなんて、俺はいつでもハルを大人にしてあげ……いや待ってまだしません!しませんから!箒を構えないで!!」

「ほうき?」


ディートリヒは叫んだ。

声の限り叫んだ。

近所のおばさん達は武器(ほうき)を構えてじりじり近寄る。

子供は町の財産だ。近所一帯で守らないと。


「ああ!!神様俺になんて試練を!俺に遣わされた天使は可愛すぎます!」

「ディー?大丈夫?」


いつもに増して様子のおかしいディートリヒに、ハルはそっと手を伸ばすが、途中で止められてしまった。


「ぶ………くくく、ダメだよハル。今のディートリヒに触ったら危ないよ」

「カミル様!」


突然現れた魔術師カミルが、ハルをそっとディートリヒから遠ざける。

ディートリヒをこの町に転移させたのはカミルで、もちろん彼はきっと面白いことになるだろうと、今日の様子を遠くから見ていたのだ。


「もう笑いすぎて腹筋が砕けそうだ。ハル、ディートリヒは連れて帰るよ、またね」

「え?あ、はい」

「カミルーーー!!ハルに触んなーーー!!」

「うるさいよ、俺とお前は違うんだ。じゃあ、ハル。また明日ディートリヒを連れてくるからね〜」



「は、はい、また明日ーーー」


ハルが言い切らない内に、カミルはディートリヒを連れて転移した。

もう彼らは山あいの町にはいない、王都に着いていた。


ハルは、ディートリヒから貰った花の香りをそっと嗅ぐ。摘んでから時間は経っているのだろう、それでも、少しだけ甘い香りがした。


「また明日……会いに来てくれるかなあ」


ぽつんと言ったひとり言は、誰にも聞かれることなく。

その後、ハルは近所のおばさん達に「男に家まで送らせるのはいいが、家に入れなかったあんたはエライ」と謎のお褒めをいただき、「都会のお嬢さんは男と二人きりにならないよう気を遣う。あんたも覚えておきな」と忠告までいただいた。

素直に受け止めたハルが、しばらくディートリヒと二人にならないようにしたため、ディートリヒは原因が分かるまで深刻なハル不足に陥ることになったという。





最後に思いついたサブタイトルは「ディートリヒはいつも元気」(こら)


ディートリヒの想いが大きすぎて、ハルはまだ理解できていないようですw


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