少しだけの僕
「見ない顔だけど、ここに来るの初めて?」
彼女が僕に喋りかけて来た。
「あ、うん初めて来る」
僕は彼女にぶっきらぼうに答えてしまう。
彼女は続けざまに僕に喋りかける。
「へ〜こんな所に?」
彼女は少し前かがみになって、僕を見た。
別に僕だってこんな所に来たくて来た訳じゃない。
ただそんな事を思いながら口には出さない。
「偶然来ただけだからすぐ帰るよ」
彼女は露骨にテンションが下がった、何故見ず知らずの僕に興味を示してるんだろう?
多分子供が雪に興味を示すように見ず知らずの人を見るとテンションが上がってしまうんだろうな。
僕は心の中で勝手に納得し視線をスマホに戻し小説を読み直した。
小説を見ていると、彼女が隣の椅子に座って来た。
「何読んでるの?」
視線を落としたまま、短く答える。
「……小説」
「へぇ、面白い?」
「……まあ」
うまく説明するのも面倒で、曖昧に答える。
「そっか」
彼女は少しだけ嬉しそうに頷いた。
「じゃあさ、こういうの好きなら――」
一瞬だけ言葉を区切る。
「景色とかも、好き?」
僕は彼女に一言だけ答えた。
「嫌いじゃないよ」
「そっか」
少しだけ間が空く。
彼女は何か考えるように、視線を外した。
「じゃあさ」
彼女はぽつりと呟いた。
「いい景色、見れるとこ知ってるんだけど」
少しだけ間を置く。
「一緒に行かない?」
「……学校は?」
制服姿の彼女を見て、そう聞いた。
「人の事言えないでしょ?」
彼女は少し微笑みながら僕にそう言う。
図星だ、僕は逃げ出して今ここにいる。
彼女もそうなのかもしれない。
ただそんな淡い気持ちで彼女に踏み込んで良いのかわからなかった。
ふと時計を見た、そろそろ電車が来る時刻だ。
それでも僕は――
「少しだけなら、付き合うよ」
気付けば、そう答えていた。
彼女は一瞬目を丸くしてすぐに、少し笑った。
「ほんと?」
小さく弾むような声だった。
その時ホームにアナウンスが流れ、電車が到着した。
「ちょうどいいね」
彼女は立ち上がり、僕の手を掴んだ。
振り返って、少しだけ笑う。
「行こ」
短くそう言って、歩き出した。
彼女の後を追って、電車に乗り込んだ。
車内には人はほとんどいなかった。
向かいの窓からは見慣れない景色が流れていった。
彼女は隣に座り、何も言わない。
ただ、静かな時間だけが流れている。
時折、彼女の方を見る。
目が合いそうになって、すぐに逸らした。
窓の外に視線を逃がす。
さっきまでのことが、少しだけ遠く感じた。
「もうすぐだよ」
小さく、彼女が呟く。
やがて電車が減速し、静かに停まった。
彼女は立ち上がる。
僕も少し遅れて後を追った
駅を出ると、ひんやりとした空気が頬に触れる。
「こっち」
振り返りもせずに、彼女は歩き出した。
数十分歩いた先で、思わず足が止まる。
風に揺れる桜が、そこにあった。
しばらく、言葉が出なかった。
胸の奥にあった何かが、少しだけ軽くなる。
理由なんて分からない。
それでも——
「……いいな」
気づけば、そう零れていた。
都会では感じたことのない空気だった。
隣にいる彼女は、何も言わずに桜を見ている。
田舎の君と都会の僕。
その距離はほんの少し縮まった気がした。




