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プロローグ:はじまりの物語

暗い地下室だった。

湿った土の匂いと、古びた木材の軋む気配が、息をするたびに胸の奥へと入り込んでくる。


その床に、五つほどの幼い少女が横たわっていた。

小さな身体は泥にまみれ、ところどころに刻まれた傷が、かすかな呼吸に合わせて痛々しく震えている。


お友達と遊んだ帰りだった。

見知らぬ男たちに突然口を塞がれ、抵抗する間もなく縛られ、この場所へと連れてこられたのだ。


路地には入ってはいけないと、何度も言われていたのに。

早く帰りたい一心で、ほんの少しだけ近道を選んだ——ただ、それだけだった。


「かえる」


そう言ったら、殴られた。

蹴られた腹が、いまもじんじんと鈍く痛んでいる。


怖い顔をした男が言った。


——おうひさまを怒らせたんだ。


意味はよく分からなかった。

ただ、その声だけがやけに低く、重く、耳の奥にこびりついて離れない。


少女はぼんやりと思い出す。

母が、優しく髪を撫でながら語ってくれた言葉を。


「あなたは、本当はお姫様なのよ」


あれは、ほんとだったのかな。


母が読んでくれた絵本のことも思い出す。

美しいお姫様が、勇敢な王子様に助けられる物語。


もし自分がお姫様なら。

あの物語のように、誰かが助けに来てくれるのだろうか。


——そんなはず、ないのに。


涙はとうに枯れていた。

声も出ない。

残っているのは、冷え切った身体と、どこにも行き場のない恐怖だけ。


このまま、ここで死ぬのだろう。

幼いながらに、そう悟りかけた、そのときだった。


不意に、外が騒がしくなる。


「騎士団だ!」

「逃げろっ!」


荒々しい声が飛び交い、足音が入り乱れる。

次の瞬間、重い扉が乱暴に開かれた。


差し込んできた光に、視界が白く焼きつく。

眩しさに耐えきれず、少女は目を細めた。


そこにいたのは、銀の髪を持つ騎士だった。

澄んだ碧眼が、まっすぐに少女を見つめている。


「もう大丈夫だ。……よく頑張ったな」


低く、穏やかな声。

その言葉に触れた瞬間、張り詰めていた何かが、ふっとほどけた。


騎士はそっと少女を抱き上げる。

温かい腕の中で、震えていた身体がわずかに安らいでいく。


胸元で揺れる銀のブローチが、差し込む光を受けてきらりと輝いた。


その光は、暗闇の中にいた少女にとって——

世界で、たったひとつの救いに見えた。


——そして騎士は、少女の世界すべてとなった。

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