表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/75

第十九話:ご機嫌な王弟とざわめく執務室(ジャック視点)


「なんですか……その顔」


執務室に入るなり、レオンハルトが怪訝そうに眉をひそめた。甥の視線には、あからさまな警戒心が漂っている。


(まったく失礼な奴だ)


自分でも分かるほど唇が緩んでいる。昨夜、エレナの隣で眠れた幸福感が全身を満たしていた。


「叔父上がそんなに上機嫌なのは珍しいですね」


探るような口調。碧眼が値踏みするように細められる。


(ああ、この甥は聡い。何か感じ取っているのだろう)


敢えて肯定せず、デスクに着席する。積み上げられた書類の山を見ても、気分は晴れやかだった。


「確かに今日の団長、おかしいですよ」


副官が背後でぼそりと呟く。普段は厳しい彼の顔にも困惑が滲んでいる。


「何故だと思う?」


わざと挑発的に笑いかけると、レオンハルトの瞳が一瞬鋭くなった。


「……まさか」


彼の顔から血の気が引く。どうやら気づいたらしい。副官はまだ理解できていない様子だ。


それを横目に、俺は悠然と宣言した。


「エレナを我が家に迎えた」


室内が水を打ったように静まり返る。一瞬の沈黙の後、騎士団員たちがどよめいた。


「え!?」「昨日婚約式でしたよね?」「早すぎだろ!」


「団長……いくらなんでもやりすぎでは?」


副官が狼狽しながら忠告する。レオンハルトは青ざめていた。


「嘘ですよね? 婚約式の次の日に同棲って……何考えてるんですか!」


「何が問題だ?」


澄ました顔で問うと、彼は叫んだ。


「常識的に考えて!」


「恋愛に常識などいらん」


唸るような声が返ってくる。


「エレナ嬢はどう思っているんですか!?」


核心を突く質問だ。内心で笑みが浮かぶ。


「満更でもなさそうだ。昨晩も――」


「聞きたくありません!」


真っ赤な顔で遮られた。


(やはり気になるのか)


副官が小声で確認する。


「……伯爵家の了承は得てますよね」


(事後承諾だがな)


「あんまりです……」


レオンハルトが呻く。団員たちのざわめきが大きくなる。


「団長、本気で籠絡にかかってる……」

「エレナ嬢、完全に飼われる運命だな」


「煩い。聞こえているぞ。仕事を続けろ」


一喝で騒ぎは収まったが、好奇の視線は消えない。


(構わない。目的のためなら手段は選ばない)


「確かにエレナに溺れているな」


率直に言うと、レオンハルトが唖然とした。


「信じられない……」


(それがどうした)


「心配するな。国政には影響させん。だがプライベートは好きにさせてもらう」


そのとき、ふと疑問が浮かぶ。


(レオンハルトは、まだ諦めきれないのか?)


以前から甥が彼女に特別な感情を抱いていたことは知っている。だが今の態度は、未練が残っているようにも見えた。


(まあ、譲るつもりはないが)


「エレナ嬢のためにも、節度を持ったお付き合いを……」


レオンハルトの掠れた声。


(節度など知るか)


「……既に共寝しているぞ」


副官が震えだした。


「まさか……同じ部屋に……」


「無論だ」


「犯罪です」


レオンハルトの目つきが変わる。


「婚約者なのだから当然だろう」


副官が小さく声を上げた。


「エレナ嬢は成人しているとはいえ、まだ十五歳です……」


レオンハルトは不機嫌を隠さない。


「何が不満だ?」


真正面から返すと、彼は言葉に詰まった。


(分かりやすいな)


「エレナ嬢は迷惑しているかもしれませんよ……」


(これでも意思は尊重している。最低限は)


「なら本人に聞けばいい」


冷淡に言い放つ。


「だが、エレナは疲れている。昨日の婚約式で消耗していてな。安静が必要だ」


「……卑怯です」


レオンハルトの口調に口惜しさが滲む。


机の抽斗を開ける。そこには昨日、魔道具で撮影した写真があった。窓際で読書するエレナの後ろ姿だ。


「美しい……」


そっと指で撫でる。


副官がぎょっとした。


「団長……それは盗撮では?」


「職業柄、護衛確認だ」


誤魔化しながら次の計画を練る。


(晩餐の後、散歩に連れ出そう。庭園の噴水は夜景が美しい)


窓の外、城下町を見下ろし微笑む。


(エレナの幸せのためなら、どんな犠牲も払おう)


周囲が狂人と呼ぼうとも構わない。


「団長……こないだまで恋愛不要って言ってましたよね」


(過去など価値はない)


エレナと出会い、世界は一変した。


副官が畏敬と恐怖の入り混じった目で見る。


「団長、本当に別人みたいだ」


(そうだな)


氷の王弟と呼ばれた日々は終わった。


立ち上がり、執務室を後にする。廊下の向こうからエレナの笑い声が聞こえた気がした。


(幻聴だろう)


それでも足は自然と早くなる。


(早く会いたい)


執着? 否。


これは――運命だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ