第十四話:嵐のお茶会と騎士団長の登場
数日後、伯爵邸に一通の豪奢な招待状が届いた。深紅の封蝋には、侯爵家の紋章がくっきりと刻まれている。
侍女のマリアが困惑を隠せない表情で差し出した。
「お嬢様……侯爵家からの正式な招待状です」
封を切ると、優雅な筆致の文字が目に飛び込んできた。
『拝啓 エレナ・フォン・ローゼンバーグ伯爵令嬢殿
来る水曜日、わたくしアマンダ・フォン・ハイゼルブルクが主宰する午後のお茶会に、ぜひお越しくださいませ。
王弟殿下にふさわしい伴侶となられるお方と、親しくお話しできればと存じます。
当日は侯爵家より馬車を差し向けますので、ご安心くださいませ。』
読み終えた瞬間、エレナは意識が遠のきそうになった。
(……これは完全に公開処刑コースでは?)
伯爵家の立場で侯爵家の招待を断ることは難しい。まして王弟の婚約者候補となれば、なおさらだ。
――――
当日の朝。侍女たちは、まるで戦に赴くかのような緊張感でドレス選びに臨んでいた。
「お嬢様、なるべく地味に……ですが、品位は保って……」
「ありがとう、マリア。いつも頼りにしているわ」
やがて伯爵邸の前に、侯爵家の紋章を掲げた漆黒の四輪馬車が到着する。御者に促され、エレナは静かに乗り込んだ。
(前世で言うなら……体育館裏で女子グループに囲まれるやつね)
嫌な予感しかしない。
――――
侯爵邸のサロンには、すでに十数名の令嬢たちが集っていた。中央の長椅子に、ひときわ目立つ桃色のドレスの少女が座っている。侯爵令嬢アマンダだ。
黒髪を高く結い上げた彼女は、エレナを見るなり満面の笑みを浮かべた。
「まあ! ようこそエレナ様♪ わざわざ来てくださったんですね」
その声音に呼応するように、周囲の貴婦人たちがひそやかに笑う。
「伯爵家が侯爵家より後に到着するなんて」
「そのドレス……ずいぶん控えめですこと」
(始まった……)
お茶会が始まると、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「殿下との馴れ初めは?」
「普段はどのようなお話を?」
「将来のご予定は?」
どれも一見無邪気で、内側に棘を忍ばせた問いばかりだ。
そして、決定的だったのはデザートが運ばれた時。
「そういえば」
アマンダがわざとらしく首を傾げる。
「ローゼンバーグ家は最近、とても発展なさっているそうですわね? 何か特別な特産品でも?」
(来た……)
「祖父の代から続く葡萄酒製造で、少しずつ」
エレナは淡々と答えた。
「まあ、そうでしたの」
アマンダは目を細める。
「でもご存じ? ローゼンバーグ家のご先祖は西大陸からの移民だとか」
サロンがざわめいた。
「本籍が曖昧な家系ということですわね」
「王弟殿下の妃に相応しい出自かしら?」
エレナの頬がじわりと熱を帯びる。
(くだらない……本当に)
その瞬間――重々しい音を立て、サロンの扉が開いた。
「失礼する」
そこに立っていたのは、騎士団の正装に身を包んだジャックだった。凛とした佇まいに、空気が一変する。
「殿下……!」
アマンダは即座に立ち上がり、彼に駆け寄った。
「まさかお越しいただけるなんて……」
腕に縋りつき、過剰なほど身体を寄せる。
「触れるな」
静かな声だが、容赦はない。
「アマンダ・フォン・ハイゼルブルク」
フルネームで呼ばれ、彼女の顔色が変わる。
「私の婚約者を貶め、血筋を嘲る発言。それが侯爵家の教育か?」
サロンが凍りついた。
ジャックはゆっくりとエレナへ歩み寄る。
「よく耐えたな」
その声だけが、異様なほど優しい。
彼はエレナの前に進み、片膝をついた。
「大事な人を傷つけられて、黙っているわけがない」
差し出された手を、エレナは無意識に取っていた。
「帰ろう」
囁く声は、甘く、確かな庇護だった。
――――
馬車に乗り込んだ後、エレナはようやく大きく息を吐いた。
「……助かりました」
「当然だ」
ジャックは真剣な眼差しで言う。
「愛する人が苦しむ姿など、見過ごせない。それだけだ」
(また……愛する人って……)
胸の奥がじんわりと熱を帯びる。それが何なのか、エレナはまだ言葉にできなかった。
――――
侯爵邸を離れた馬車は、夕闇に溶けるように進んでいた。カーテンの内側は、静かすぎるほど静かだ。
「……すまなかった」
ジャックの声は低く、感情を抑え込んでいる。
「俺が関わったことで、君は晒された」
エレナは言葉を失う。
その沈黙を埋めるように、頬に触れる手。
「嫌だったか? 俺の傍にいることで、傷つくのは」
答えを待たず、指がそっと滑る。
「君が困る顔をするのを見るのは、好きじゃない」
けれど――
「それでも、離れる気はない」
甘さと危うさが同じ温度で混ざる。
「君を、誰かの悪意に触れさせたくない」
「ジャックさま……」
名を呼ぶと、彼の表情がわずかに緩んだ。
「……その呼び方、反則だ」
額に触れる唇は、祈りのようで、同時に印のようだった。
「覚えていてほしい」
囁きが耳元に落ちる。
「君が怖いと思うほど、俺は本気だ」
背に回された腕が、優しく、しかし確実に逃げ場を奪う。
「俺の傍にいる限り……必ず守る」
それは守護か、支配か。
最後の口付けは、長く静かだった。
「離れる選択肢は、最初から考えないでくれ」
馬車が止まり、御者の声が現実を告げる。
「到着しました」
それでも、エレナの心臓は静まらない。
ジャックの眼差しは、愛おしさと底知れぬ執着を宿していた。
(……甘いのに、少し怖い)
それでも――その腕から離れたいとは、思えなかった。




