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番外編 第四話:裏方はつらいよ

王都ライヒ――その喧騒からわずかに外れた裏路地に、ひっそりと場末の酒場が佇んでいる。

昼でも薄暗いその店内は、酒と煙と人の気配が混ざり合い、どこか淀んだ空気を漂わせていた。


荒くれ者たちの憩いの場。

表では名も出せぬ仕事に手を染める者たちが、ひとときだけ肩の力を抜く場所。


その片隅で、二人の男が向かい合っていた。


リヒトと、マックス。

いずれも王国の“裏”を支える者たちである。


「……今まで、女性の“影”はいなかった」


手にした酒を一口あおり、マックスがぽつりと漏らす。

普段の冷徹な印象からは想像もつかないほど、その顔には疲労が浮かんでいた。


「だが主様に、何としても作れと言われて……」


愚痴は、そこで終わらなかった。


――ああ、こいつ。酒が入ると、わりと喋るタイプだな。


向かいに座るリヒトは、そんなことを思いながら杯を傾ける。

普段は寡黙で隙のない男が、こうして言葉を零すのは珍しい。


日頃、冷徹無比な上司のもとで働く鬱憤を吐き出すかのように、マックスの口は止まらなかった。


「及第点で採用したエリカも……魔力を失った。“影”としては使えなくなった」

「次の女性の影が育つまで、また俺が護衛につくようにと……。長の仕事もあるというのに」


積み重なった負担と理不尽。

淡々と話しているくせに、ストレスが滲み出ている。


それを聞きながら、リヒトは内心で苦笑した。


――こうして聞いてると、普通の役人みてぇだな。


英雄の“裏の右腕”なんて呼ばれてる男だが――


今のこいつは、ただの疲れた中間管理職にしか見えねぇ。


「ほら、飲め飲め。折角の休みだろ」


リヒトは気楽な調子で酒を注ぎ足す。


「俺らみたいな日陰モンがよ、週休二日なんてものを貰えるようになったんだ。今夜くらいは羽伸ばそうぜ」


そう――奇妙なことに、“影”や闇ギルドといった非合法の組織に、最近になって休日制度が導入された。


その立役者は、言うまでもない。


前世の記憶を持つ少女、エレナ。


王都の制度改革にまで口を出し、ついには裏の世界にまで影響を及ぼした異例の存在。

なお、一日八時間労働の実現に向けては、現在も奮闘中らしい。敵は主に官僚である。


「……不思議なお方だよな、エレナ様は」


マックスが、ぽつりと呟いた。


「そうだな」


リヒトも、どこか遠い目をする。


「嬢ちゃんがいなきゃ、俺は今でも南東地区で地べた這いずってただろうよ」


過去を思い出すように、苦く笑う。


マックスはしばし沈黙した後、ゆっくりと言葉を続けた。


「あの方が現れてから……何百年も続いた慣習が、あまりにも容易く変わっていく。それでいて、国は確かに良い方向へ進んでいる。どこまで先を見据えておられるのか……想像もつかん」


そして、ふと視線を落とす。


「……あの瞳を見ていると、不思議と目が離せなくなる」


静かな独白だった。


その顔を見ながら、リヒトは心の中で呟く。


――ああ、こいつも“囚われている”な。


本人は気付いていないだろうが、その言葉はもう十分すぎるほど答えを示していた。


聞くところによれば、マックスは過去に何度も王弟の命令よりエレナを優先して動いたという。

本来であれば処罰は免れない。良くて降格、悪ければ――消されていてもおかしくない。


だが実際には、厳重注意のみで済んでいる。


そして今回。

再び護衛として任じられた。


――つまり、そういうことだ。


いざとなれば、この男は国よりも彼女を選ぶ。

そして、それを許しているのが――あの王弟自身だ。


「すげぇな……」


思わず、リヒトの口から本音が零れた。


「そこまで女に惚れ込むかよ」


呆れ半分、納得半分。


――そりゃ国の一つや二つ、潰そうとするわな。


そう思った瞬間、どこかで苦い感情が胸をかすめる。

何度勝負しても、あの男には敵わない――そんな諦めにも似た感覚だった。


「……おい」


ふいに、リヒトが顔を上げる。


「お前、話長ぇんだよ」


勢いよく杯を叩きつけるように置いた。


「今度は俺の番だ。愚痴、聞け」


空気を切り替えるように、強引に話題を奪う。


「苦労してよ、やっとグラティオラの闇ギルドをまとめ上げたってのに、鬼上司がまた無茶振りしてきやがってな――」


途端に、今度はリヒトの愚痴が溢れ出す。


それを聞きながら、マックスは小さく笑い、再び酒を口にした。


こうして。


裏路地の場末の酒場で、男たちはくだらない愚痴をこぼしながら、酒を酌み交わす。


誰にも知られず、誰にも称えられることもない。

だが確かに、王国を支えている者たち。


彼らは明日もまた、何事もなかったかのように裏の世界へと戻り――

人知れず、戦い続けていくのだ。


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