第四十九話:鎮魂の誓い
風が肌に冷たく触れ、季節がゆるやかに冬へと移ろっていく。
エレナが目覚めてから、ひと月。
王弟領の外れにある静かな墓地に、二人の姿があった。
そこにいたのは、エレナとジャックだった。
整然と並ぶ墓標の一角に、新たに建てられた白い慰霊碑。
それは、かつて研究施設で理不尽な最期を迎えた子どもたちのためのものだった。
この場所を望んだのは、エレナ自身だった。
冷たい空気の中、二人は並んで碑の前に立つ。
風に揺れる木々の音だけが、静かに辺りを満たしていた。
やがて、エレナがそっと目を閉じ、手を組む。
その仕草には、祈りと“約束”が込められていた。
「ジャック様……私、この子たちに約束したんです」
静かに、しかしどこか弾むような声音で、エレナは口を開く。
「生まれ変わったら……今度は、私たちと家族になろうって」
その言葉には、やわらかな希望が宿っていた。
「今度こそ、たくさんお話をして……美味しいお菓子も作って、それから、お歌もいっぱい歌ってあげるんです」
目を輝かせながら語るその姿は、揺らぐことなく未来を信じる意志に満ちており――同時に、過去の痛みをすべて受け入れた者の強さも、確かにそこにあった。
ジャックはその横顔を、優しく見つめる。
「……そうだな」
低く、穏やかな声が返る。
「その時は、たくさん愛してやるといい」
それは短い言葉だったが、その奥には、彼なりの誓いが込められていた。
ふと、エレナが思い出したように首を傾げる。
「そういえば……夢の中で、不思議な子に会ったんです」
「ほう?」
興味を引かれたように、声を返すジャック。
「銀髪で……ジャック様に、すごくよく似ていて」
くすりと笑いながら続ける。
「早くパパのところに帰って、って言われちゃいました」
その言葉に、ジャックの目がわずかに細められる。
どこか考え込むような、しかし愉しむような気配を帯びていた。
「……なるほど」
小さく呟いた後、ふっと口元を緩める。
「ならば――結婚した後は、賑やかな家族を作らねばならんな」
次の瞬間、エレナの体がふわりと宙に浮いた。
「きゃあっ」
驚きの声を上げるエレナを、そのまま軽く一回転させる。
冷たい空気の中で、彼女の笑い声が弾けた。
抱き寄せたまま、ジャックは眩しそうに彼女を見つめる。
その瞳には、隠しきれない想いがあふれていた。
「俺は、お前の望むことを、すべて叶えてやる」
「子どもをたくさん作り、愛し育て――幸せな家族になろう」
そして、静かに続ける。
「エレナ……お前に出逢えたことは、俺にとって祝福そのものだ」
ジャックは、わずかに言葉を詰まらせる。
胸の奥に溢れた感情が、一度では言い尽くせなかったかのように。
「何度でも言う」
指先に力がこもる。
逃がすまいとするように。
視線が絡み合う。
逸らすことなど許さないとでもいうような、強い眼差し。
「愛している、エレナ」
抑えることもせず、飾ることもせず。
――ただ真っ直ぐに。
その言葉は、確かに彼女へと届いた。
その真摯な響きに、エレナの胸が小さく震えた。
こらえていたものが堰を切るように溢れ、瞳に滲んだ涙が、静かに零れ落ちる。
「あなたに……もう触れることも許されず、このまま消えていくのだと……そう思って、絶望しました」
途切れがちな声で、それでも確かに言葉を紡ぐ。
その一つ一つが、彼女が辿ってきた恐怖と孤独を物語っていた。
ジャックの瞳に、わずかな痛ましさが宿る。それでもなお、エレナへの強い慈しみが溢れていた。
「奇跡のような再会が……今は、ただ嬉しい……」
そう言って、エレナはゆっくりと手を伸ばす。
確かめるように、ジャックの頬へと触れた。
恋焦がれた温もりが、そこにあった。
「生まれ変わっても……あなたと出会いたい」
その言葉に、ジャックはわずかに目を見開いた。
すぐに、その表情には、深く満たされたような笑みが浮かぶ。
差し出されたその手を、彼は壊れ物を扱うように、そっと、握り返した。
「……あいしてる、ジャック」
悲しみも、痛みも――すべてを越えて、二人は今ここにいる。
積み重ねてきたすべてが、この瞬間へと繋がっていたかのように、その絆は、以前よりもなお強く、そして確かなものへと変わっていた。
ふと、かすめる風が、やわらかく頬を撫でる。
その風に乗って――どこか遠くで、子どもたちの笑い声が聞こえたような気がした。




