表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/46

第十二話:王弟殿下の秘めた思い(ジャック視点)


エレナを伯爵邸で抱きしめた後の帰り道。

馬車の窓から見える王都の街並みが、どこか色鮮やかに感じられた。


(……なんという幸福感だ)


つい先ほどまでの緊張が、嘘のようにほどけている。

エレナの髪から漂った微かな香りと、腕に残る温もりが、今も指先に蘇っていた。


「殿下、もうすぐ王宮に到着いたします」


御者の声に我に返る。


「ああ……わかった」


自分でも呆れるほどだ。

エレナに出会うまでの俺は、今とはまるで別人だった。

騎士団長としての厳格さを崩すことなど、ほとんどなかったというのに。


(昨日の件があったからこそ……いや、あれが決定打だったのだろう)


王宮へ戻ると、背後から声を掛けられた。


「叔父上!」


振り向けば、レオンハルトが足早に近づいてくる。


「捜しましたよ。事件の調査結果をお持ちしました」


「早いな」


差し出された封筒に目を通す。

そこには、容疑者の証言が簡潔にまとめられていた。


《『伯爵令嬢が原因だ』》

《『ローゼンバーグ家が王室を侵食している』》


(……やはり、エレナを狙った動きか)


「叔父上」

レオンハルトが、低く慎重な声で続ける。


「内部に協力者がいる可能性もあります。どうか、お気をつけください」


「分かっている」


(まったく……政争の道具に使うとは、許し難い)


レオンハルトの様子が、どこか歯切れ悪い。


「どうした?」


一瞬の逡巡の後、彼は口を開いた。


「……叔父上と、エレナ嬢のことですが」


やはり、その話題か。


「心配するな」

努めて平静を装い、言葉を切る。


「彼女の安全は、私が守る」


レオンハルトは複雑そうな表情を浮かべ、小さく頷いた。


「……ええ。もちろんです」


(……興味を持っているのは、間違いないだろうな)


血縁であろうと、油断はできない。

レオンハルトは賢く、行動力もある男だ。


執務室へ戻り、書類に目を走らせながら思考を巡らせる。

エレナと出会ってから、ここまでの流れは、あまりにも早かった。


最初の印象は、正直に言って奇妙だった。

庭園で、あんな言葉を放つ伯爵令嬢がいるとは思いもしなかった。


『クソッタレ』


今でも思い出すと、口元が緩む。

貴族社会に染まり切っていない率直さと、芯の強さ。


(……他の女たちとは、まるで違う)


エレナと共にいると、胸が熱くなる。

彼女の一挙手一投足、そのすべてが愛おしく感じられた。


(こんな感情を抱くのは、初めてだ)


ふと鏡を見ると、そこに映る自分の表情は、信じられないほど柔らかかった。


「……情けない」


独りごち、机の引き出しを開ける。

中には、数枚の紙片。

彼女の好きな花、興味を示した場所――密かに集めた情報が、丁寧に書き留められていた。


(……まるで思春期のガキだな。だが、理性で抑えられる程度の想いなら、ここまで深くはならない)


苦笑しつつも、彼女のために練ったデートの段取りを思い浮かべる。

本来なら、時間をかけて距離を縮めていくつもりだった。


だが、昨日の事件で、その考えは完全に変わった。


(……悠長なことは言っていられない)


一刻も早く、彼女を妻として迎え入れる必要がある。


(彼女を守れるのは、私だけだ)


同時に、胸の奥で黒い感情が蠢く。

レオンハルトがエレナを送ったこと――

配慮としては正しい。理解もしている。


それでも――否、だからこそだ。


(……彼女を抱き寄せるのは、俺でありたかった)


王太子としての責任だと、頭では分かっている。

だが、理性は感情を完全には抑えきれない。


(……くそ)


嫉妬とは、これほどまでに甘く、そして醜いものだったか。


窓の外を見ると、いつの間にか雨が降り始めていた。


重く垂れ込める雲を見つめながら、自嘲する。


(騎士団長としての自分と、一人の男としての愛情……その狭間で揺れるとはな)


雨は静かに王宮の屋根を叩いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ